因果関係とメカニズム

以前にtwitterで見かけた主張。※以下、引用文の強調は引用者による

因果関係の証明は、実験で薬液成分の体内での挙動があきらかにして、体内で起こることを画像や測定値として現わすこと

端的に言って、この主張は誤っています。正確に言えば、そのようなものをしか因果関係解明とは看做さない、という見方は違います。臨床疫学―EBM実践のための必須知識より引用しましょう(P193)。

生物医学系の研究者が疾患の原因を研究する場合には,病理学的機序や疾患の本態を探求する。鎌状赤血球症を例にとると,ヘモグロビンSの遺伝的変異が原因で,ヘモグロビンSが酸素に触れた際に鎌状化や連銭化が生じる。さらに近年,いくつかの癌の原因が胚細胞の遺伝子変異に関連することがヒトゲノム研究により明らかにされた。一方,循環器疾患の病因解明の分野では,スタチンがHMG CoA還元酵素阻害作用によりLDLを低下させ,心血管系の転帰を改善することが明らかにされた。

 しかし疾患は,環境や行動因子のような,非特異的で間接的な原因や危険因子によっても引き起こされる。このような因子が病理学的機序よりも重要なこともある。たとえば,米国における癌と心血管系疾患による死亡の大部分は,環境や行動因子に影響されている。当初,AIDSは安全でない性行動と薬物使用によって広がった。暴力や事故による死亡は,銃の使用,飲酒運転,シートベルトの着用などの社会状況が根源にある。原因を細胞レベルやそれより細かいレベルだけでみることは,有益な臨床介入の可能性を限定してしまう

 病理学的機序が明らかでなくても,危険因子に関する知識によって非常に効果的な治療や予防法がみつかることがある。したがって,産科医は手洗いをするべきであるというHolmsの主張は,細菌に対する概念がほとんどなくても正しいのである。さらに新しい例をあげれば,1996年にはじめてその病因メカニズムが報告される数十年も前から,喫煙が肺癌の原因になるというエビデンスは確立されていたのである。

 多くの疾患では,病理学的機序と非特異的な危険因子の両方が,疾患の蔓延にも制御に関しても重要である。ときに,多くの原因が複雑に相互作用することもある。

引用した文の一段落目が、いわゆるメカニズムに関するものです。何らかの物質なりが生物学的に作用して、その結果、特定の疾病に罹患する、というもの。もちろん、それを解明して、治療や予防に役立てる事が重要であるのは、言うまでもありません。
しかるに、ある病気とその原因との因果関係を見出すというのは、疾病発生のメカニズムを明らかにする事のみを意味するのではありません。引用文にもあるように、原因となる細菌などの実態(実体)と、それが疾病を起こす仕組みが明らかになっていなくても、(未解明の)何らかの物質を含む飲食物などに触れた(曝露された)頻度と、疾病など興味を持った現象(帰結・転帰)の頻度との関連を見出し、他の曝露の影響を制御して分析すれば、因果関係を立証する事が出来るのです。

いわゆる原因物質が明らかになっていなくても因果関係を見出した例として、以下のようなものがあります。

曝露 帰結
(疾病)
原因物質 解明・改善した人
ある種の食事 脚気 ビタミンB1(の欠乏) 高木兼寛
井戸水の摂取 コレラ コレラ菌 ジョン・スノウ
医療従事者の不潔な手指や汚染された器具 産褥熱 感染症を惹き起こす細菌 イグナーツ・フィリップ・ゼンメルワイス

これらはいずれも、原因となる物質なり細菌なりが発見されていない時に、それが含まれる物体が疾病の感染経路である事を突き止め、それら(曝露因子)を制御する事によって、疾病に罹患する頻度の改善に成功した例です。高木は食事内容を変更し、スノウは井戸水のポンプ使用を止めさせ、ゼンメルワイスは、さらし粉の水溶液による手洗いを徹底させる事で、疾病の発生を減らしました。ちなみに、引用文中のHolms(ホームズ)は、ゼンメルワイスに先んじて、産褥熱の感染経路が医療従事者である可能性に着目した医師です。

このように、原因物質の細かい特定や、それが疾病を惹き起こすメカニズムの解明がなされていなくとも、飲料水や食事などの要因が原因と看做す事が出来れば、疾病の予防や改善に役立てられます。これは、公衆衛生上、極めて重要な所です。そして、そのような因果関係解明についての方法を追究・洗練させてきたのが、疫学という分野なのです。

最初に引用した文にあるような主張、つまり、因果関係解明とは、対象の疾病が引き起こされるメカニズムを解明・記述する事である、といった主張は、時折見かけます。しかし、ここまで見てきたように、因果関係とは、そのような狭い意味で捉えるようなものではありません。メカニズム解明に拘ると、どこまで詳細な仕組みが解れば解明と言えるのかといった難問にもぶつかりますし、近年問題になっている、生活習慣病や がんなど、複数の原因と複数の結果が対応するような、沢山の要因が複雑に絡み合った現象を相手にする場合は、疫学的な考え方を押さえておく必要があります。

参考資料として、当ブログにおいて、疫学における因果関係について紹介した記事を紹介しておきます。

interdisciplinary.hateblo.jp interdisciplinary.hateblo.jp

福島の甲状腺がん検診について、NATROMさんに訊いてみる

id:NATROM さんに反論する人の中には、疫学の教科書を読む事を放棄したようなかたもあり、そういうかたによる主張は、あまりにも的を外している場合があります。

そこで、私のような、少しばかり疫学や検診の勉強をした人間が疑問に思う事を質問してみる、というのは、全く勉強していない人の質問よりは、幾らか意義があるような気がするので、ここで、NATROM さんにうかがってみたいと思います。

2 巡目以降の誤陰性

一般に、大規模な検診を継続しておこなう場合、最初におこなわれるのは保有割合調査であり、それ以降におこなわれるのが、発生割合調査である、と考えられると思います。

先行調査によって、その時点での甲状腺がん保有者割合(の推定)が判明し、そこで陰性であった人が、発生可能性者の分母、すなわちリスク下人口と看做されます。
そして、そのリスク下人口内で検診された、2 巡目以降で判明した割合が、累積発生割合(がん発生をイベントとした場合のリスク)です。

しかるに、これはあくまで、先行調査によって判明した保有割合が正確であった前提です。実際には、先行調査で陰性であったが、実際には病気を持っていた人が存在し得ます。それが誤陰性(偽陰性)です。

誤陰性の見積もりかたには、いくつかの考え方があるようですが、場合によっては、保有割合調査の次の調査によって判明した保有者と、そのあいだに有症状で発見された疾病全部(がんの場合は、インターバルがん)を含めるそうです。

では、福島県において、誤陰性はどのくらいあった、と考えられるでしょうか。

診療ガイドラインを参照すると、これまでの研究によって判明している甲状腺検査の感度は、かなり高いようです。それをそのまま当てはめれば、先行調査で得られた数値は ある程度正確であって、保有割合と看做して良く、それ以降の数値を(累積)発生割合と捕えるのが適切、という事になります。

しかし、実際におこなわれた超大規模な検診における検査の性能を評価する、事を考えると、保有割合調査の次回までに発見された疾病の、ある程度の部分を誤陰性に含めるという考え方も可能ではないか、と思う次第です。

罹患期間

仮に、いま判明している先行調査および 2 巡目における結果をそのまま、保有割合と累積発生割合(リスク)と考えるとすれば、甲状腺がんの罹病期間は、かなり短いと考えられますが(保有割合÷累積発生割合で近似)、それはどのように解釈出来るでしょうか。

たとえば、パターンとしては、

  • 実際に罹病期間が短い
  • 罹病から DPCP 開始までの期間が短い

などがありそうですが、どうでしょう。1 だとすると、実際に病気に罹る期間が短い訳ですから、短期間で消退する事になり、それは、死亡か退縮、のいずれかになると思います。
ものの本によれば、喘息などは、若年者の罹病期間が短く成人の罹病期間が長いという無介入経過(natural history)を辿るそうですが、甲状腺がんでもそういった可能性もあるのでしょうか。
※前にうかがったのは、若年者で退縮するのが多いのでは、というものでしたが、今回は、若年者と成人とで経過の質が異なる可能性、ですね

2 であれば、病気を持っているが検査によって発見不可能な時期に最初の検診がおこなわれ、次回検診時までに発見可能になったと言え、結果的にそれは、誤陰性だったという事になりますね。

転移や浸潤があり、かつ余剰発見の場合

私はそもそも、検診によって無介入経過のありようが判明する面がある、という理解です。
つまり、実際の具体的な症例から一般化しても分からない事が多いので(経過を正確に予測出来ないので)、曝露(ここでは検診による DPCP 内発見)と帰結(ここでは、反実仮想モデルによって把握された余剰発見の程度)との関係を見、様々な経過を辿るnatural history の様相が(個別例の経過をブラックボックスにしたまま)推測出来る、という論理。

で、それはそれとして、現在総体として分かっているのは、

  • 転移や浸潤があっても、症状発現の後に治療しても間に合う:クリティカルポイントが臨床期にのみある
  • 転移や浸潤があるのに、一生のあいだ症状が出ない:臨床期に移行しない

これらの例が、それなりの頻度で生ずる、という事だと思うのですが、それについて、その推測される経過と矛盾しない既知の症例というのは、どのくらいあるものなのでしょうか。

おそらく、NATROM さんに対して懐疑的な向きの認識としては、いま挙げたものの内、前者はまだしも後者の理屈が解らない、というものだと推察します。
つまり、若年者が甲状腺がんに罹り、転移や浸潤があるのに何十年も経ってから症状が出る、というのはまだ解る(もちろん、これ自体が納得出来ない人もいる)。けれども、一生出ないというのはどうしても解らない、と。

従って、実際に、

転移や浸潤が伴う がんが若年の時に発見されたが、無処置のまま経過観察され、数十年症状が発現しなかった

という症例報告があれば、それを知りたい、という人は結構いるように思われます。甲状腺以外でも、そのような がんの例があれば、資料として有用であると考えています。

神経芽細胞腫の場合は、退縮する例が多い、という事のようで、成長してから消えるパターンですが、成長してずっと、症状が出ないままそこにある例は、直感的に理解しにくいように思っています。

最後に

以上、疫学を少し勉強しているが、具体的な臨床の知識に乏しいが故にまだ解消出来ていない疑問、について書いてみました。もしよろしければ、教示頂ければ幸いです。