効果と害

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この記事を見ていて気になった所。

、HPVワクチンの有効性を否定しようと思ったら、その実験内容に疑義がついて撤回されたわけですから、つまりHPVワクチンは有効だ、という意味になります。

ここの部分、誤っています。どうしてか解るでしょうか。

まず、言及されている論文は、マウスにHPVワクチンを投与したら、神経病理学的な損傷と運動機能の低下が認められた、というものです。そこから、いわゆるHANSなる疾患概念の神経学的メカニズムの説明となるのではないか、と言っている訳ですね。
ですから、この論文は、HPVワクチンの有効性を否定しようという内容では無く、HPVワクチンの害だと思われる症状のメカニズムを確認しようとしたもの、とするのが正確な所でしょう。

そして、その論文が取り下げられた(Retracted)事をもって、つまりHPVワクチンは有効などとは言えません。ワクチンの害と目される症状の神経学的機序を動物実験で確認しようとした、という論文が取り下げられたのですから、そこから言えるのは、HPVワクチンの害を補強する証拠とは言えない(証拠として不充分)と判断された、くらいです。

押さえておくべき重要な事として、医薬品等の医療介入は、効果があり、かつ害もある場合があります。効果と害は、排他的ではありません。いわゆる主作用と副作用がそうです。ニキビ薬で、ニキビを減らした(主作用)が、その過程で皮膚に赤みやかゆみが生じた(副作用)、といった場合などを考えると、解りやすいでしょう。
また、集団レベルで考える事も出来ます。ワクチン接種や検診をおこなう事によって、罹患や死亡を減らす(効果)が、他の好ましく無い身体症状(害)や、検診における誤陽性や余剰発見(害)が生ずる、といった具合です。

医療介入というのは、発揮される効果と生ずる害とを比較して、実施されるかが決まります。ここをきちんと理解する必要があります。

これらを踏まえて、再び最初の引用文を見ますと、

、HPVワクチンの有効性を否定しようと思ったら、その実験内容に疑義がついて撤回されたわけですから、つまりHPVワクチンは有効だ、という意味になります。

ここで、有効性を否定しようと思ったとするのは適切で無く、害の証拠を得ようと思ったとでもすべきで、当然、それが取り下げられた事から導かれるのは、HPVワクチンは有効だでは無く、HPVワクチンの害の根拠とはならない、辺りが妥当な所と言えるでしょう。

では、HPVの有効性が否定されるとはどういう場合かと言えば、それは、これまでなされたRCTなどの研究に不備が見つかって取り下げられたとか、質の良い研究によってワクチンの効果が無い証拠が次々に見つかったとか、そういう場合です。

つまり、効果を見るプロセス害を見るプロセスとは、別に考えるべきで、混同してはならないのです。

ちなみに、もしも当該論文の方法が妥当であったとして、そこから、HPVワクチンは害を及ぼす、と言えるでしょうか。
言えません。害を確認するには、RCTのような介入研究や、コーホート研究のような観察研究などによって、つまり、ヒトを対象とした臨床研究によって証拠を集めなくてはなりません。マウスを使ったような動物実験は、細かい生物学的機序の確認や、ヒト対象の研究に示唆を与えるもの、くらいで考えなくてはなりません。

麻しんによって「日本では未だに年間50人の子供が死ぬ」という記述について

麻しん流行については、あまり情報を追っていなかったのですが、いくつか目に入ってくる記事等はありました。
その中で気になったものを採り上げます。

twitter上で、次のようなつぶやきが、注目を集めたようです↓

簡単に言うと、麻しん(はしか)の脅威について注意喚起する内容、という感じです。

で、ここに対し、情報の不正確さを指摘するものがありました↓

日本で麻疹で年間50人が死んでいるという嘘が流布されている

ここでを書いたと指摘されているのは↓

予防接種(麻疹・風疹)について - 医療法人社団俊智会 みやたけクリニックWeb

。致死率は10,000人に1人程度で、日本では現在でも、年間約50人前後の子供が麻疹で死亡しています。

この部分です(強調は引用者)。この記述への指摘は↓

>致死率は10,000人に1人程度で、日本では現在でも、年間約50人前後の子供が麻疹で死亡しています。 であるなら、今でも年間50万人の子供が毎年罹患している事になる。

実際、

人口に占める、ある病気で死ぬ人の割合

は、

人口に占める、ある病気に罹る人の割合×罹患者における、その病気で死ぬ人の割合

ですので、もしその病気に罹ったら死ぬ人が 1/10000 であり、年間その病気で死ぬ人が 50 人であるのなら、その病気に罹る人は 50 万人に上る、という勘定です(10000×50)。実際には確率的なものですから、ちょうどこのままという訳ではありませんが、それにしても、ちょっと考えてみても、近年において年間で麻しんに罹る人が 数十万人というのは、直感的におかしく感じられます。

そこで、他の資料を参照します↓

麻疹とは

これは、国立感染症研究所の資料です。引用します。

。先進国であっても麻疹患者約1,000人に1人の割合で死亡する可能性がある。
。わが国においても2000年前後の流行では年間約20~30人が死亡していた。

見ると、

  • 罹った人の内、死ぬ人の割合:1/1000
  • 人口に占める、麻しんで死んだ人の割合:20から30/人口 ※2000年前後

このようになっていて、みやたけクリニックの記述とは全く異なります。

「麻疹の現状と今後の麻疹対策について」(国立感染症研究所 感染症情報センター)

↑ここを見ると、1950 年以降、患者数のピークは 20 万よりも少ないようです。併せて死亡数を見ると、明らかに、10000 人に 1 人というような事は無さそうです。単純に考えると、20 万人罹ったら、死亡者は 20 人くらいとなるはずですが、グラフ上明らかに、数千人は死亡しています。

比較的新しい数値を見ると、

感染症発生動向調査年別報告数一覧(全数把握 五類)-2016-

↑ここの麻しん報告数は、2008 年で 11013 人です。それ以降は激減していますから、麻しん罹患者が麻しんで死亡する割合が 1/1000 であるとしても、毎年 50 人が麻しんで死亡していると考えるのは、到底無理があります。逆に見ると、もし、麻しん罹患者が数百人であるのに死亡者が 50 人もいるのであれば、麻しんに罹った人は十数%も麻しんで死ぬと考えなくては勘定が合いませんが、それほど高いのはすさまじい事ですし、1/1000 や 1/10000 といった数値はどこへ行ったのだ、となるでしょう。

以上のような事から、みやたけクリニックにおける記述は、極めて不正確なものであると判断出来ます。死ににくい病気と考えると、罹っている人がとてつもなく多いとなりますし、罹っている人が少ないとすれば、とんでも無く死にやすい病気としないと、数値が整合しないからです。

私は、麻しんの予防接種の重要さを疑っていませんが、かと言って、その重要さを主張するのに誤った情報を根拠とするべきでは無い、と考えます。当該クリニックの記事は、単に情報が古いという事に留まらず、矛盾している、整合的では無い、と評価出来ますので、参照には注意を要すると思われます(端的に言って、参照しないほうが良い)。