いざ抜かん

マンガやアニメを見ていると、抜刀の達人が今にも、抜き付けにて相手を両断せんとす、という場面がしばしばありますね。鞘に刀を納めたまま気迫が発揮され、並々ならぬ雰囲気を漂わせている、的な。たとえばこんな風です。

※クリックで拡大。以下画像は同様

正面


どうでしょう。「いかにも」って感じではありません?*1マンガなんかで剣の遣い手がこういう体勢で構える、というのは結構見るように思います。
このポーズ、見るからに、

  • 力を溜めている
  • 弓かパチンコを引き絞るような
  • 抜刀によって爆発的に威力を放出する
  • いかにも攻撃を繰り出す準備をするように身体を捻っている

という感じではないでしょうか。語感からすると、「溜める」「引き絞る」「捻る」「バネが縮むよう」という印象を受ける人もいるかも知れません。

けれど、私などからすると、こういうのは違和感を憶えます。
さて、どうしてでしょうか。

私としては、より「怖い」のはこちらです。


正面

どうです? えっ、てなりませんか? なんか突っ立ってるだけと言うか、むしろ緊張感が無くてだらしないんじゃ……というように。
でも、より恐ろしいと私が感ずる(他の人は知らない)のはこっち。

もう一度、最初の構えです。

剣を腰につけ、脚を大きく開いて腰は落とし、胴体を後方へ(反時計回り)捻っていますね。いかにも「力を溜めている」風。先にも書いたように、弓かあるいはパチンコを引き絞ってエネルギーを溜めるような、そんな感じ*2
でも、よく考えてみて下さい。刀は刃物です。棒などであれば、より大きく回転させ、身体を充分に捻って威力を出す、というのはまだ解りますが*3、今考えているのは、「鞘に納められた長大な刃物」です。「抜いた刀をぶん回す」という情況とも異なります。
要するに、納刀の状態なのですから、攻撃するには一旦刀身を鞘から抜く局面が必ずあります。という事は、身体を捻って腰を落として……という動作は、「無駄」です。あるいは、その溜めを生かそうとすると、刀は「抜けない」と言う事も出来ます。刀は真っ直ぐに近い曲線で、それが鞘に納められている訳ですから(鞘も同じような形状)、刀を抜くまでは回転運動に制限を受けます。真っ直ぐ抜いていく必要があるという事ですね。見方を換えると、そのような「円い」運動を生かして滑らかに抜いていこうとすると、「思い切り右側」に抜刀されます。

対してもう一方です。

剣は前に出ていますね。そして、ほぼ突っ立っている。もしかすると、これを見て、「そんなので威力が高められるのか」という疑問が沸くかも知れません。
ところがそれは違います。今は鞘に剣が入っています。ですから、まずそこから抜く必要があります。また、刀は刃物ですから、なるだけ時間をかけて威力を高めるよりは、「出来るだけ”早く”相手に届かせる」必要がある訳です。
それには、出来る限り早く鞘から刀を抜かねばなりませんから、出来る限り鞘を「速く引く」のと剣を「速く出す」のを協調して働かせる必要があります。居合や抜刀と言えば「デコピン」のイメージみたいなものを思い浮かべる人も多いでしょうが*4、それよりは、身体(+刀)の真ん中から「引き裂かれる」とか「割れる」といったイメージです。スナック菓子を皆で食べる時、背側から袋を引き裂きますね。あんな風です。
ですから、「右半身は出し」つつ「左半身は引く」ような運動が重要なのです。そうすると、右手と左手が綺麗に真っ直ぐ(に近い曲線状)離れていきます。もちろん、手が腰付近にあっても上手く操作すれば良いですね。ただ、前にあった方が運動としては合理的かも知れません。
参考資料

これは、武術界で特に名の知られる黒田鉄山氏の動画です。50秒付近と1分38秒付近を御覧下さい。
いかがでしょうか。私が上で説明したような事が、何となくでも解って頂けるのではないでしょうか。
このように、達人の抜刀というのは、「溜め」を感じさせるような動作とは無縁です。事は武術ですから、ただ攻撃するというのだけでは無く、相手にいかに攻撃されないか、という目的も含まれます。そして、鞘に入った刃物という道具を扱っている。それらの条件を考えるならば、黒田氏の運動の如きがより合理的である、と看做せるでしょう。

ところで、最初の方の構えを見て、「いかにも」と思った人は、もしかすると、抜刀術というものを、「刀が鞘に”納まっているからこそ”」強力な攻撃が出来るのだ、という風な想像をしてはいないでしょうか。つまり、抜刀術ならではの特別なメカニズムがある、と。いわゆる必殺技系のイメージですね。それが、「溜める」イメージに繋がっているのではないか、と私は見ています。
マンガなんかでも、気を発しながら待ち構える、というシチュエーションが見られますね。でもよく考えてみて下さい。そんな時間的余裕があるのなら、「刀を抜けば良い」のです。抜いて構えれば良い。納刀状態の方が有利である、という道理は特にありません。抜刀術というのは、不意に襲い掛かられたりする際の対処、という目的が大でしょうから、「抜刀のために悠長に構える」というのは、情況設定からして不合理な訳です*5

とまあこんな所です。再び書くと、抜刀と同時に斬りつける、つまり抜きつけるという事は、本質的には、「より早く刀を敵に届かせる」のが目的です。そのためには、刀が早く鞘から抜かれる事、刀は相手に近い所にある事*6、が重要なのは、ちょっと考えれば当然の話です。後は、刀の着け方や、直前にどういう体勢をとっていたか、などによって具体的な運動は変わってくるでしょうが、基本的な事としては、いかに鞘引きを速くし、刀身を真っ直ぐ出していくか、です。もちろん、いくら刃物と言っても、ちょこっと触れただけでは切れませんし、敵がどういう装備をしているかも関係するでしょう。ここには力学的・工学的な検討の余地があります。より疾い抜刀は、「刀を真っ直ぐ加速させる(納刀という拘束的条件による)」→「刀が鞘から出たら回転運動を加える」というメカニズムによって威力が与えられると考えられますが*7、それが具体的にどう働き、どのくらいの威力まで発揮し得るのか、というのは興味深い題材です*8

以上、かなり主観的で、学術的論拠には乏しい考察でした。異論もあろうかと思いますが、多分、それなりには合理的だと認識しています。きちんと科学的に検証されて欲しいものです。

追記
用いたアプリケーション:MikuMikuDance.exe Ver.7.30
用いたモデル:Lat式ミクVer2.3_Sailor冬服エッジ無し専用

*1:ちなみに今は、上でも書いたように、「抜きつける」、つまり、抜刀と同時に斬りつける、という動作を想定しています。抜く→構える→斬る、というのは別の話

*2:居合は近場の弓鉄砲である、みたいな言われ方もあるようですが、由来とか知らない。

*3:武術の目的を考えるならば、相手に攻撃される可能性があるので、時間をかけて威力を出すというのは、「隙を作る」事とのトレードオフとなる。

*4:実際、同じ原理と紹介しているサイトがある。

*5:もし、「抜刀だからこそ良い、相手が剣を構えていても納刀状態”の方が”有利だ」、という合理的な理由があれば教えて下さい。

*6:ただし、あまり前だと今度は前側の身体で作られる威力が小さ過ぎるのではないかと思うし、鞘引きの占める割合が大きくなる。

*7:だから、バイオメカニクス的には右手前腕の運動が要であると推察している。真剣でもって鋭い抜刀をする人の内、前腕が発達していない人は恐らくいないでしょう。

*8:経験的には、「抜き付けの試斬」を行なって確認するというのが考えられるが(そうすれば、片手の抜刀での威力が検討出来る)、あまりポピュラーでは無い様子。