続・おにぎり食中毒を聞いた事が無いという医師の意見について

続き

おにぎり食中毒を聞いた事が無いという医師の意見について - Interdisciplinaryの続きです。
前のエントリーのコメント欄を見れば解るように、onodekita氏は、製造後に菌が増殖して食中毒が起こった事自体を疑っているようです。そして、次のようなつぶやきを書いています。まずonodekita氏のつぶやきを貼り、次に、onodekita氏が賛同していると思われるRT(twitterでの公式転載機能)先のつぶやきを貼ります。

つぶやき群

ここからonodekita氏のつぶやき。

おにぎりが犯人ではないんだろう。断定するのが早過ぎる。何か変な食材が混ざっていたんだろうな。
http://twitter.com/onodekita/status/237867903528103936

食中毒が起こるほど菌が増殖しているんだったら、だれがみても腐っているとわかるはず。少々腐ったご飯を食べたところで、おなかを下すものではないことくらい、みんな知っているだろう。ブドウ球菌が少々ついていたって、食中毒はお菌ぞ。無学者共よ
http://twitter.com/onodekita/status/237870899938856962

ブドウ球菌が食中毒が起きるレベルに増殖するまでに一体どれくらいの時間がかかるのか、細菌学でも勉強してみろ。
http://twitter.com/onodekita/status/237873013612232704

ブドウ球菌が100個あったくらいじゃ、人間なんてびくともしないんだぞ。通常は。
http://twitter.com/onodekita/status/237873224900284416

ここから、賛同と思われるRT。

@onodekita 先生の「不思議だ」の呟きに私も同感。元々おにぎりは素手で握っても塩で殺菌作用ある古来からの食べ物。梅干し入れてご飯炊いたりと昔のお母さんは工夫もしていたが、、、。那須の集団食中毒もだけど最近罹患者数が多すぎる。
http://twitter.com/malityo/status/237855973002338304

@onodekita おにぎりなんて滅多に食中毒おきませんよ。過去に一度だけ聞いた事ありますが、手作りで古かった上、手洗いも十分ではなかったようです。元々おにぎりは保存食ですから。商品おにぎりなら余計リスクは減るでしょう。余程古かったか、保存状態が悪く中の具が傷んだか。
http://twitter.com/sparky_sparking/status/237856858067578880

@genkinekojp @onodekita ですね。私が聞いた症例は手洗い後に拭いたタオルが不潔だったようです。 問題のおにぎりは商品おにぎりで工場からは菌が出ていないとの事で、2時間で具が腐ったのかと。確かに暑いですが、2時間でそこまで傷みますかね?お弁当が心配になります。
http://twitter.com/sparky_sparking/status/237872773844856832

検討

ここから、それぞれのつぶやきを検討してみます。重要そうな所に強調を施します。

おにぎりが犯人ではないんだろう。断定するのが早過ぎる。何か変な食材が混ざっていたんだろうな。
http://twitter.com/onodekita/status/237867903528103936

変な食材が混ざっていたのではないか、と憶測しています。全く憶測以上のものではありません。

食中毒が起こるほど菌が増殖しているんだったら、だれがみても腐っているとわかるはず。少々腐ったご飯を食べたところで、おなかを下すものではないことくらい、みんな知っているだろう。ブドウ球菌が少々ついていたって、食中毒はお菌ぞ。無学者共よ
http://twitter.com/onodekita/status/237870899938856962

ここでの主張は、

  • 食中毒を起こすほど菌が増殖していれば見た目で「腐っている」と判断出来る
  • しかし渡された人は見た目で気づかず食べた
  • という事は、ブドウ球菌がついていたとしても少数だろう
  • 従って、ブドウ球菌による食中毒は疑わしい

というように要約出来ます。
ここの中心的な部分は、「食中毒が起こるほど菌が増殖しているんだったら、だれが見ても腐っているとわかるはず。」という所でしょう。つまり、黄色ブドウ球菌が増殖しているのならば、「見た目からして“腐っている”」はずだ、と言っている訳ですね。
そこで次の資料を示します(強調は引用者)。

食中毒
· 食品や容器その他を介して人体に入った病原性微生物などによって引き起こさ
れる病気。食品の見た目や臭いは普通と変わらない。
腐敗と食中毒との違い(PDF)

 これに対して、食中毒は食品衛生上問題となる特定の病原微生物が食品中で増殖、または毒素を生産し、それを食べた人にその微生物特有の症状をおこすもので、食品は外見上、著しい変化を伴わないことが多いので、臭いや見かけで判断することは難しい。
(2010年7月発行)腐敗と発酵、腐敗と食中毒はどう違うのか?

これらを参照すれば明らかなように、そもそも食中毒が起こるくらい増殖しているならば腐っているはずだ、というonodekita氏の論理は通らないと言えます。
考えてみれば、毎年沢山の食中毒事件が起こっている訳ですが、onodekita氏の論が正しいのであれば、「食中毒を起こした人の多くは、見た目からして腐っている物を食べた」のでなくてはいけないはずです。しかし食中毒とは、見た目やにおいでは解らないという所が怖さの一つでしょう。2つ目の参考資料では、

例えば、図1は腸炎ビブリオと腐敗細菌の増殖を対比して示したものであるが、腸炎ビブリオは3時間後に食中毒発症菌数(10g食べたと仮定)の10/gに達しているが、この時点では魚の菌数は103/g、揮発性塩基窒素も5mg/100g程度でまだ十分可食の状態にあり、気づかずに食べてしまうことになる。

とあります。

ブドウ球菌が食中毒が起きるレベルに増殖するまでに一体どれくらいの時間がかかるのか、細菌学でも勉強してみろ。
http://twitter.com/onodekita/status/237873013612232704

勉強してみろ、という事なので、勉強してみました。
ここで知るべき事は2点あります。つまり、

  • 黄色ブドウ球菌が食中毒を起こすレベルはどのくらいの数か
  • そのレベルに達するにはどのくらいの時間がかかるのか

この2点。そこで、食品安全委員会の資料(ファクトシート)にあたってみました。
ブドウ球菌食中毒 (Staphylococcal foodborne poisoning)(PDF)
これによれば(改行等を適宜修正します)、

黄色ブドウ球菌が食品中で増殖し105〜109/g 程度になると、その過程で産生されるエンテロトキシンが発症毒素量に達すると考えられています1)。

との事です。つまり、1g辺り105から109程度の菌数である、と。また、国立医薬品食品衛生研究所の資料にも次のようにあります

ヒトが発症するのに必要な菌数は、食品中に106個/g以上と推定されている
Ⅰ.ブドウ球菌食中毒の概説

これらから、ヒトが発症するには、1g辺りおよそ100万くらいの菌数が必要である、と考えられます。
次に、菌がそこまで増殖するにはどのくらい時間がかかるのか、という所ですが、これについては、あまり良い資料が見つかりませんでした。あったのは、たとえばこのような資料です⇒くらし科学研究所/「おにぎり」に付いた黄色ブドウ球菌による食中毒リスクの調査
これは、

試験方法 : 市販のレトルトご飯に黄色ブドウ球菌培養液を接種し、25℃及び35℃で保存した場合の黄色ブドウ球菌数とエンテロトキシン産生の有無(RPLA法)を調整しました。

という内容で、数時間おきに、菌数と毒素産生の有無を調べたもののようです。これを見ると、35℃、7時間程度で、菌数は1.8*10^6個に達しています。やはり温度の条件がかなり効いていますね。
しかし、このような現象には、他にも色々な条件が関わってきてばらつくと思います。この試験がどのくらい他の事例にも当てはまるのか、というのは私には判断出来かねる所です。

ブドウ球菌100個あったくらいじゃ、人間なんてびくともしないんだぞ。通常は。
http://twitter.com/onodekita/status/237873224900284416

これはその通りですね。

@onodekita 先生の「不思議だ」の呟きに私も同感。元々おにぎりは素手で握っても塩で殺菌作用ある古来からの食べ物。梅干し入れてご飯炊いたりと昔のお母さんは工夫もしていたが、、、。那須の集団食中毒もだけど最近罹患者数が多すぎる。
http://twitter.com/malityo/status/237855973002338304

塩に殺菌作用があるから食中毒は起こしにくいのではないか、という事のようです。しかし、先程も参照した食品安全委員会の資料(PDF: http://www.fsc.go.jp/sonota/factsheets/09staphylococcal.pdf )によれば、

また、食塩濃度16〜18%でも増殖し、他の条件が適当であれば食塩濃度10%でもエンテロトキシンを産生します

との事です。つまり、黄色ブドウ球菌には耐塩性があり、ある程度の食塩濃度であっても増殖するらしい。
そして、おにぎりにつける程度の食塩は、そもそもそれからしても、ごく微量でしょう。特にそれが有効な役割を果たしているようには思えません。また、塩をつけるのは普通、おにぎりの表面のはずです。

@onodekita おにぎりなんて滅多に食中毒おきませんよ。過去に一度だけ聞いた事ありますが、手作りで古かった上、手洗いも十分ではなかったようです。元々おにぎりは保存食ですから。商品おにぎりなら余計リスクは減るでしょう。余程古かったか、保存状態が悪く中の具が傷んだか。
http://twitter.com/sparky_sparking/status/237856858067578880

滅多に食中毒が起きないというのは、前回示したように誤りですね。たとえば、国立感染症研究所の資料には次のようにあります。

ブドウ球菌食中毒の全食中毒事例に占める割合は、1984年以前は 25〜35%であったが、1985年以降25%以下となり漸次減少傾向を示し、1995 年には約10%、1997年には3%まで減少した。その理由は、ブドウ球菌食中毒の最大の原因食品であった「にぎりめし」による食中毒が激減したためであ ると考えられている。
ブドウ球菌食中毒とは

ここには、「にぎりめし」が黄色ブドウ球菌食中毒の「最大の原因食品」であった、と書かれています。これが減ったのは、衛生管理の発展や、知識の周知などによるのでしょうか。ともかく、これを見れば、上の「元々おにぎりは保存食」というのは、かなり疑わしい主張であると言えます。「元々」とは「昔から」という事でしょうから。以前におにぎり由来の食中毒が沢山あった、という事と整合しません。

@genkinekojp @onodekita ですね。私が聞いた症例は手洗い後に拭いたタオルが不潔だったようです。 問題のおにぎりは商品おにぎりで工場からは菌が出ていないとの事で、2時間で具が腐ったのかと。確かに暑いですが、2時間でそこまで傷みますかね?お弁当が心配になります。
http://twitter.com/sparky_sparking/status/237872773844856832

このつぶやきをonodekita氏がRTしている所を見ると、これらの人々は、「2時間でそこまで菌が増殖するのか」というのを疑っているようです。
しかし、何故「2時間」なのでしょうか。おそらくこの発言者は、各記事の見出しに注目し、本文中でもそこにフォーカスしたものと思われます。たとえば、

これらの記事には、タイトルに2時間と入っています。件の発言者は、これらを見て、「輸送から2時間後におにぎりを食べた」と判断したのでしょうか。そう考えたから、2時間でそんなに傷むのか、という発言が出てきたのだと推測出来ます。
しかし、普通に記事を読めば判りますが、おにぎりは、業者から受け渡されて2時間で住民に食べられたのではありません。上の朝日の記事にも、

 市災害対策本部によると、市は15日午前9時半ごろ、おにぎり322食分を製造業者から受け取った。

おにぎりを載せたヘリが炭山地区に飛び立ったのは午後1時55分

こう書いてあるのです。業者から受け渡されて、少なくとも4時間以上は経っています。毎日の記事を見ると、

午前9時半ごろ、納品され、ヘリが発着する府立山城総合運動公園内に止めたワゴン車内にクーラーを付けて保管

とあります。つまり、資料から得られる情報では、冷蔵していたのでは無く、クーラーをつけた車中に入れていたという事です。そしてその後に屋外に置いていた、と。追記:下の資料を見ると、ダンボールで梱包していた事が解ります その屋外に置いていた時間が2時間。また、これについてもっと詳しい資料情報が、宇治市の発表資料にあります⇒(PDF)「おにぎり」による食中毒事象の概要
ここに、「食料調達の経過」として、時系列に沿った説明が書かれています。見やすいように適宜成形して引用します。

8 月15 日

9 時30 分頃
A業者が安心館におにぎりを納品する。(発泡スチロール箱)
10 時00 分頃
安心館3階の大会議室でパンとおにぎりを段ボール箱に梱包する。(ヘリコプターでの輸送のため)
10 時30 分頃
太陽が丘に向けてマイクロバス・キャブに分乗してパンとおにぎり、飲料水等救援物資を積載し、安心館を出発する。(運転手1名、職員3名)
10 時40 分頃
太陽が丘に到着する。
11 時00 分頃
ヘリ 1 便目到着。
炭山の着陸地点の安全確認及び誘導のため、救助隊員2名が先行搭乗する。
マイクロバス・公用車に救援物資を積載した状態で車内で待機する。
11 時10 分
ヘリ離陸。炭山(元工芸高校グラウンド)に到着。現地を確認し、救助隊員2名を下ろす。
11 時30 分頃
ヘリ2便目到着。
さらに救助隊2名(池尾の要員)、市職員2名(炭山の現地要員)が搭乗する。マイクロバス・公用車は救援物資とともに車内で待機。
11 時40 分
ヘリ2便目離陸。炭山で市職員2名を下ろし、さらに救助隊員2名を池尾に下ろす。
燃料補給のため基地(横大路)に戻る。
12時10分頃
物資を下ろす作業に着手。12 時20 分頃下ろし終える。
重量のチェックと物資の仕分けを行う。
12 時30 分頃
にわか雨があり、濡れないように、物資の上にブルーシートを折り返してかぶせる。
12 時55 分頃
3便目到着。
13 時05 分
物資(飲料水)を搭載し、離陸。炭山にて地元住民に引き渡す。(車両に積み込む)
13 時30 分頃
4便目到着。
13 時38 分
物資(飲料水)を搭載し、離陸。炭山にて地元住民に引き渡す。(車両に積み込む)
池尾に陸路にて運搬する車両が到着したため、池尾分の食糧を引き渡す。
13 時45 分頃
5便目到着。
13 時55 分
物資(食糧)を搭載し、離陸。炭山にて地元住民に引き渡す。(車両に積み込む)

〜 昼食物資の搬送が終了したため、ヘリは基地に戻る。〜

これを見ると、やはり受け渡しから4時間以上は経っています。ちなみに、京都新聞の記事(食中毒原因おにぎり、宇治市が保冷怠る 府南部豪雨 : 京都新聞)によれば、

業者は15日午前9時半ごろに保冷車でおにぎりを市対策本部に運び込んだ。

とあるので、製造から受け渡しの時点までは適切な管理が行われていた事が窺えます。各社の報道でもそのように書かれています。
また、13時55分は、地元住民に引き渡された時点であって追記:「離陸」した時点かな? だとすれば、住民に渡ったのはもっと時間が経ってから、という事になります 、全員が渡されてすぐに食べた訳では無いでしょう。宇治市の資料にも、避難住民の方への早期喫食の注意喚起の欠如が問題点として挙げられています。これらを勘案するならば、冷蔵等の適切な温度管理を行わない状態が4時間以上は続いたと考えられますし、到着から食べるまでの時間にもばらつきがあると思われます。
2012年8月22日追記:読売の記事 宇治豪雨 食中毒市へ募る不信 支援物資原因か : 京都 : 地域 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)に、

おにぎりなどの支援物資が15日夕から夜にかけて各世帯に配られ、食中毒症状を訴える人が相次いだ。

とあります。詳細は不明ですが、やはり、届いてから配られ、食べるまでの時間に、ある程度幅があった事が推測出来ます。
更には、屋外に置いていたという、食品にとっては相当過酷な状態が2時間あったという事で、それが菌の増殖に悪影響を与えた可能性があるのでしょう。また、商品も、いわゆるコンビニ弁当おにぎりのような工業製品的な、フィルム包装で密閉されている物では無かったようなので(参照:京都・宇治 食中毒は支援物資が原因か NHKニュース)、その事も拍車をかけたのかも知れません(当然、業者は製品がそんな杜撰な管理をされる事など想定していなかったでしょう)。

まとめ

このように考察していくと、私には、onodekita氏(と、賛同者)の主張というのは、あまり説得力を感じない、根拠の弱いもの、と見えます。当然これは、私の論がことごとく妥当と言っているのではありません。そもそも周辺の知識が足りないので、総合的に判断して自信を持って主張する、という事は出来ません。そうでは無く、onodekita氏らの主張にはこのように返す事が出来る、というのを示したのです。少なくともいくつかの論に対しては反論足り得ている、と認識しているのですが、いかがでしょうか。
この資料の信頼の度合いは薄い、とか、より詳細なデータがここにある、あるいは、この解釈はおかしい、誤っている、などの情報・批判があれば、教示頂ければ幸いです。