疫学の考え方を学ぶ――アピタルがん夜間学校第5回「がんの統計とエビデンス」

朝日新聞アピタルが、「自習室 - アピタルがん夜間学校」という番組を配信しています。内容は、がんにまつわる色々な問題について、がん治療に関わる専門家が講師となって、講義形式で進めていくというものです。
その番組で先週、“アピタルがん夜間学校第5回「がんの統計とエビデンス」”(アーカイブ※動画再生注意)が配信されました。
これが大変に良い内容だったので、今回採り上げて紹介します。
この講義の講師は、国立がん研究センター山本精一郎氏で、がんについての統計情報の読み方や、疫学の考え方を解りやすく説明する、という内容です。
これは、とても良くまとまっています。がんの原因や死亡率の話――粗死亡率と年齢調整死亡率の違い、死亡と罹患の違い等――参考になる統計情報を掲載しているWEBサイトの紹介等から始まり、がん研究の様々なアプローチの種類と、それぞれの研究の重要さの違い――たとえば、一般に理論研究や動物実験より臨床研究が重要――が示され、ヒトを対象とした研究の方法である疫学の説明に入ります。
まず、疫学の方法は、メカニズムをブラックボックス化して現象の因果関係を解明するものであるというのが説明されます。そして、大豆の健康影響を例にして、メカニズム的な考察や動物実験の結果の当てはめと、疫学的な観察研究の方法の仕方とが示されます。大豆に含まれる成分の与える生化学的なメカニズムの検討や、乳がんの有無と生活習慣の聞き取りとの関連を調べる観察研究等ですね。
ここから、後者のような方法(症例-対照研究)の詳細の説明、それが有する問題点――つまり、乳がんの有無を訊いてから生活習慣を聞き取るのでは、記憶違いによる内容の不正確や標本の偏り、等が出る――の指摘、と進み、より信頼出来る方法であるコホート研究の説明に移ります。この辺のやり方はとても上手で、一気に研究の信頼のレベルを一覧として見せてそれで終わらす、というのでは無く、まず一つのやり方を説明して、その欠点をきちんと理屈で示してから、より優れた方法の説明に移る、という風になっています。
コホート研究というのは、ある観察集団を設定してから、時間的に前向きに調査して、ある条件(今の例だと、大豆製品、イソフラボンの摂取と、乳がんの罹患)がある者と無い者とを比較して関連を見ていく、という方法ですが、その方法的な欠点(時間がかかる。巨大な標本が必要)もきちんと説明されます。また、コホート研究で見出された結果を結論として見るには慎重にならなくてはいけない事も示されます。つまり、

  • 食事調査は正確だったか
  • 他の要因(初潮年齢・出産歴・他の食品等)が関係しているのではないか
  • その研究がたまたまそうだったのではないか

等を考える必要があるという事です。そして、より信頼出来る方法である「ランダム化」と、それを適用したRCT(ランダム化比較試験)が紹介されます。つまり、集団同士で、調べたい要因以外のものが偏らないように振り分け、その上で比較するという方法です。これによって、興味を持つ要因が効いているかどうかを、より正確に調べやすい訳ですね。
当然、この方法の限界、たとえば倫理的な問題や、試験協力者の理解が得られるか、等の問題も示されます。
そして、ここまで説明された上で、「エビデンスレベル」の考えが紹介されます(エビデンスは証拠の意)。これは、色々な方法について、信頼のおける度合いをレベルとして示したもので、たとえば、権威者の意見が低く(ここで山本氏は、「データに語らせる」のがいいと言っている)、RCTが高いとされています。
上でも書きましたが、最初にエビデンスレベルを示すのでは無く、まず色々な方法を詳しく説明して理屈で解ってもらってからまとめる、という流れがとても良いと思います。不案内な人にとっては、まず専門用語を示されて説明される、つまり定義から始めるよりも、まず考え方を示されその理屈を理解した後で名前を教えられる、つまり概念から始める方が解りやすいものです。
そして、これまで行われた研究のエビデンスレベルを参照出来るページ(エビデンスの評価 | 生活習慣改善によるがん予防法の開発に関する研究 | 国立がん研究センター がん予防・検診研究センター)の紹介等がされます。
次に、得られたデータが不充分な場合にはどうすればいいのか、という事が説明されます。実践的にはここはとても重要だと思います。つまり、行う事によって考えられるメリットデメリットを、その時に得られているエビデンスを参照しつつ勘案して判断する。で、それを行うには知識が無いと無理だから、そのための知識の習得・準備が、そこまでの講義で行われた、という事だと思います。
がん検診についてのエビデンスも紹介されます。検診にもリスクは考えられますし、費用もかかるので、その事もきちんと考えて判断するのが重要ですね。
このような流れで、いわゆる代替療法に関するエビデンスの話もされます(アガリクスやプロポリス)。そこまでの、メリットデメリットを比較して評価するという話を踏まえ、それらの方法はやるべきでは無いと判断されます(ある部分ついてのメリット(ベネフィット)が示されているとしても、別の部分で大きなデメリット(リスク)が解っている場合がある)。

この講義、一つ一つのトピックについてスライドが用意されていて、それに合わせて進むので、非常に解りやすいです。グラフや表を参照しながら話が進むと、理解のしやすさが違います。
また、生徒役の、町亞聖氏とアピタル編集長の平子氏とやり取りしつつ展開するのが良いと思います。講師の山本氏が質問をふったり、クイズのような問いを出したりして、それに生徒役の二人が答えて山本氏が詳しく説明するという形なので、視聴者も一緒に考えつつ観る事が出来、理解が深まります。山本氏の説明も大変明快で解りやすいと思います。実に構成がうまいですね。何度か書いているように、理屈で理解した上で専門的な用語が出てくるのが良いです。
という訳で、大変勉強になるし解りやすい番組なので、必見です。科学の講義とはかくあるべき、という見本を見た気がしました。