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【メモ】関連、因果関係、血液型性格判断

  • 強い関連があるからといって因果関係にあるとは限らない(「非原因的」な関連)。例:小学生くらいの年代における、身長と学力(一定水準の教育システムが構築されている社会を前提とする。そもそも「学力」自体がそれに依存する概念と思われる)。
  • 実際の現象について、「関連が全く無い」(相関係数がゼロとか連関係数がゼロとか)は、恐らく証明出来ない。実際の現象が理想的(数理的)な確率分布に厳密に従っていると考える事自体に無理がある、とも言える。
  • 母集団で強い関連があるとしても、標本ではそれが見出されない場合がある。理由は、1)偏った標本が採られた 2)無作為性を確保した標本を採ったけれども、たまたま関連が見られないような標本が構成された
  • 逆に、母集団で強い関連が無いのに、標本ではそれがあるように見える事がある。理由は上と同じ。
  • 因果関係が無くとも関連が見出される場合はある。そして、「予測」を行う場合には、必ずしも因果関係が成り立っている必要は無い。現象を生起させる構造が一定しているのであれば、関連を手がかりにして現象を予測する事が出来る。
  • ここで、「血液型と性格の関係」という話題を考える時に、その「関係」を大きく二つに分ける事が出来る。つまり、1)「血液型と性格とは因果関係にある」 2)「血液型と性格という変数には強い関連がある」
  • 1)は、a)生物学や心理学的な機構によって、血液型と性格とが結びついている、という考え、つまりメカニズム的な視点 b)メカニズムはブラックボックスのままに、血液型と性格という二つの質的変数について、他の要因を統制しても関係があると見出されれば因果関係がある、と考える見方  に分けられる。自然の構造ことごとくを詳らかに出来ないという知的・資源的限界を持つ我々にとって、本質的には後者が重要と思われる。※科学哲学や因果推論、疫学の方法等が絡む
  • 2)は、因果関係はひとまず措いておいて、ある時点(もしくは幅を持った期間)、ある地域において観察される、興味ある二つの変数の関連のみに着目する。
  • 血液型性格判断」と表現される場合に、1)と2)のどちらを指すかを意識する必要がある。つまり、その語が用いられる場面や、用いる人の認識に興味を持たなくてはならない。そこには、言語論や社会学等の知見が応用出来ると考える。
  • 恐らく、日常的にはこれらが明確に区別されずに使われていると思われる。「予測が当たる」事に着目したり、「仕組みがあるに違いない」と主張したりされるが、それは、その人の知識等の経験に依存する。
  • 科学の議論としては、「血液型性格判断」という語から考えて、「血液型から性格が(あるいは逆方向に)高い程度で予測可能である」と解釈して、ひとまずはそれを考察する、という見方が出来る。「因果関係は措いておいて」関連のみに着目する。強い関連がありさえすれば、限られた時間と空間を対象とすれば、高い程度の予測というのは可能だからである。
  • どのくらいの程度を「高い」と考えるかも重要である。心理学的な所が絡んでくる。確率概念についての知識も関わるだろう。
  • 母集団を何と考えるか。人間全体か。人間全体として、それは過去・現在・未来をも含んだ無数の対象か。あるいは、限定的な時間・空間を対象とした集団なのか。
  • 柴内氏のページだったと思うが、もし母集団全体を調べて関連が見出されたとしたらその時はどう解釈するか、といった話があった。
  • それを考えて、「関連がある」という表現自体に、あまり意味が無いのでは、と言う事も出来る。実際の現象を調べれば、「あるに決まっている」(ゼロでは無い)かも知れないから。
  • この場合には、「ある」即ち「ゼロで無い」と解釈するかどうか、という見方も出来る。つまり、「ある」という表現に、「少ないがゼロ付近ほど微小でも無い」のような前提を入れるなど。日常的にはそういう使い方はある。同じように、「無い」が「ゼロ」と同義と考えるかどうか。この辺りは、「言葉の使い方」の問題だから、すり合わせて了解をとっていく必要がある。同じ言葉を使っても意味が違っては「話にならない」のだから。無頓着であってはならない。もちろん、術語については、専門的な定義を踏まえているかが最重要。