読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

調味

私が作った料理を食卓で調理しなおす夫
醤油をかけたりして味を調整するのは、自分にとって出来るだけ美味しくしたいという操作だから、その事を「嫌がらせ」と表現するのは当たらないでしょう。自分にとって不味くしてまで調味し直すのを見せつける、というのなら嫌がらせでしょうけれど、そういう話では無いのでしょう?
もちろん、せっかく相手が作ったのだからそれの味を変えてしまうのは気が引ける、というのはあるのでしょうが、友人等に招かれて食事を提供されたのならともかく、長期的・習慣的な関係の家庭内なのであれば、味付けし直すのを嫌がるのは、好みに合わないのを我慢して食べ続けるのを強いる事になる訳で(それを「パワハラ」と表現するのが妥当かは知りませんが)。
「レシピ」に忠実、と仰いますけれど、これが本やWEB上に掲載されている調理法や量の事だとすると、そういうものは、おそらく世間の人が平均的に満足する辺りに設定されているのであって、料理を提供する対象が特定の人(自分や家族)なのであれば、それに合わせて調整するのが当然でしょう。
もし、同時に食事をとる家族の中で味の好みの差が大きいのだとしたら、初めから各人に合わせた味付けをするか、あるいは、それぞれの好みの平均辺りに作っておいて、後はそれぞれが調味し直す、というようにするのが一つの方法でしょう。そのどちらもが困難なのであれば、夫君の言うように、食事を作らないという手もあります。家庭内で誰が料理をするかというのは、それぞれの家庭内における分担の問題ですから、こうすべきだ、とは言えませんが、互いに合意出来る所を探る事は出来るでしょう。
私は、家族に料理を作ったり家族の作った料理を食べたりしますが、それが美味いか不味いかは、はっきり言いますし、味付けを変える事も変えられる事もあります。もし、完成時点で相手が美味しいと感ずる料理を作る、というのが目的なのだとすれば、不味いと思われたり味を変えられたりするのは「失敗」に他ならないので、そうされたら、それをフィードバックして次に繋げます。美味しく無いと思うのに遠慮して言わない、とこちらには解らないので、口に合うかどうかをきちんと訊きます。
料理というのは技術で、味には好みの個人差があります。偏食の人もいるでしょう。私の家族にも偏食はいて、そもそも同じ料理が提供出来ない場合があります。ですからどうしても、相手の好みに調整するという配慮と工夫が重要になってきます。
醤油をどばどばかけたら塩分過多になるのでは、とか、それで無いと満足出来ないのは味音痴なのでは、というような観点で無いのなら、上で書いたような所を考慮するのが現実的ではないかと思いますが、どうでしょうか。