ホメオパシーと化学物質過敏症

再び、NATROMさんの主張を検討してみましょう。
NATROMさんが化学物質過敏症ホメオパシー*1を並べて話をするのは、
現在の知見、つまり理論からすればありそうに無いと思われる
から、と思いますよね。で、それがおかしいな、と感ずる人はおそらく、
化学物質過敏症ホメオパシーとでは、あり得なそうな度合いが異なるではないか
と認識しているのではないでしょうか。ありていに言ってしまうと、馬鹿馬鹿しさの度合いが全然違うだろう、と。だから、それらを同列に並べるNATROMさんは悪質な印象誘導をしているのだ、と評価される。
しかし、NATROMさんが敢えてその二つを並べているのは多分……
現在の知見からあり得なそうに思える事がまず一つある、というのはその通りだと思います。けれど、それ自体は核では無いというか、本質的に重要なのはそこでは無くて、
その説を否定する実証的な証拠がある
という所なのです。そこをNATROMさんは意識しているはず。ですから、理論的なあり得なさの度合いの違いは、ここの議論では主眼では無いのですね。
ホメオパシーが荒唐無稽で馬鹿馬鹿しいと思っている人、もしかして、理論的におかしいから馬鹿馬鹿しいのだ、と考えてはいませんか? そうではありません。
ホメオパシー効かないという事が自信を持って言えるようになったのは、かなり最近です。この議論で重要な研究とされる Shang らの論文が出たのは2000年代です。理論的にはそんな事ある訳無いだろうと思われたような説でも、そのくらいの時期まで、効かないと自信を持って言いにくかった訳です。理論的な考察は後回しにして、メカニズムの検討は措いておいて、入力と出力の因果関係を確かめる、というのが科学的に重要なのです。
そして、化学物質過敏症です。そもそもNATROMさんが言っているのは、理論的にはあり得なそうなものでも、実証的な証拠があれば、その因果関係は認められるであろう、という事です。で、ホメオパシーほどの荒唐無稽なものであってもそれは変わらない。実際、ホメオパシーは実証研究が行われて、比較的最近に効果が否定された。
そして、結果的に、化学物質過敏症に関しても、主張されるような因果関係が無いという証拠が出たとNATROMさんは考えておられる。
NATROMさんは、ホメオパシー化学物質過敏症のあり得なさ(あり得なそうな度合い)を同一視しているんじゃ無いのです。いくら理論的にはおかしくても、実証的に確かめられなければ因果関係について強い主張は出来ない(理論的にあり得そうに無い→だから因果関係に無い とすぐに主張出来ない)、というのをまずNATROMさんご自身が認めておられるのです。その上で、化学物質過敏症に関する因果関係に否定的な証拠が挙がっている、と主張なさっている。
だから、NATROMさんへの有効な反論は、ホメオパシー化学物質過敏症を一緒にするな、というものでは無くて、NATROMさんが出した証拠は弱いという方面からのアプローチです。NATROMさんが因果関係が無い証拠として挙げているものの質が良くない事が判明すれば、NATROMさんの主張は、少なくとも、因果関係があるとは言えない辺りまで後退させなければなりませんから。
NATROMさんは、臨床環境医学に関わる人達自体が二重盲検法(正確にはRCTが前提される)を用いた負荷試験が最も有用な方法であると言っていて、そして、色々な研究が実際に行われた結果、意義がある違いが見い出されなかった、等の事を、因果関係が無い根拠としていますので、それらで検討された資料の質が低いのを指摘出来れば、NATROMさんの主張は崩壊します。NATROMさんの言っている事が完全に的外れなのであれば、医学医療にとっても損失なので、そうであるのなら、科学の言葉でもって徹底的に崩壊させてあげれば良いのです。
ただし、それには知識が要ります(当然、NATROMさんのような立場の人もです)。これは臨床的な話であって、医学的な因果関係の検討の事とか、実験計画法の論理とか、疫学的なものの考え方とか、複数の実証研究をまとめて評価するメタアナリシスとか、エビデンスレベルとか、それらについて知っていなければなりませんから、簡単では無いでしょう。でも、それが無いと、話にならないのです。何故RCTが重要か、プラセボ対照でダブルブラインドを行う意味は何か、有意とはどういう事か、等々。
ところで、Shang らの論文に対してホメオパシー支持者は批判的なようです。当然と言えば当然ですが。医学は経験科学を基盤にしていますから、完全に効果が無いとか因果関係に無いといった事を証明出来ません。従って、いかなる研究結果が出ようとも、いくらでもそれに対して批判や反論を行う事は可能です。研究方法が悪かった、実は研究対象が本来対象となるべき人では無かった*2、等、どのようにでも言えます。証明というものに徹底的な厳密さを求めるのならば、立場としては、あらゆる細かい部分を見て不備があれば、それを不充分と看做す見方はあるでしょう。その見方で言えば、ホメオパシーが効かないとは言えないとなるでしょう。しかし同時に、ホメオパシーが効くという主張も出来ません。化学物質過敏症に関しても同じような話になります。効くとか効かないとか、因果関係があるとか無いとか、その辺りの話自体が出来なくなります。
さすがにそこまで極端な立場は採らない、という人も多い事でしょう。それならそれで、効く/効かない 因果関係がある/無い といったものについて、このくらいの証拠があれば認めるとか、そういった所に関する了解を得ておく必要があります。で無いと、いくらでも細かい部分の不備を衝いて反論をするのが可能です。そして、そのような反論はしばしば、ad hoc なものと看做され、まともに相手にされない事でしょう。

*1:正確にはこれは、ホメオパシーレメディの話です

*2:例:薬が効くような対象では無かった。一流の治療者では無かった。