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歪みの無いコイン

歪みの無いコインという表現でもって、(コインを投げるなりして)表と裏の出る確率が等しく、ともに1/2である事を示す場合がありますね。
しかし、です。
何故、表裏の出る確率が等しい事を、歪みが無いなどと表現する、あるいは、それで表現出来る、と考えるのでしょう。
コインというのは、貨幣としての価値を持たされている物体ですよね。そもそも、賭け等に使うために造られる物では無いはずです。これがサイコロであればまだ、その道具は各面の出る確率が等しくなるという目的で製造される、という前提があるでしょうから、理想的なものとして、各面の出る確率が等しいサイコロという物を、歪みの無いと表現しても、概念としてあまり違和感はありません。
けれど、コインについては、先にも書いたように、そもそもそれは貨幣という物です。それに、もとより表裏には異なる彫刻が施されているから、物体として(形状や、重量の分布が)表裏で対称になっている、という前提自体がありません*1
コインが順番決めなどに用いられるのはたぶん、それが身近にある道具である事と、小さい物体であるので、表裏の構造の違いがそれほど(運動の結果としての)表裏の出る可能性に及ぼす影響は無かろう、という経験的な認識から、なのだと思われます。
以前も書きましたが、こういう言い回しがあった時、それは、歪みが無いという言葉を、表裏の出る確率が等しい事と定義しているのでしょうね。ほんとうは、歪みというのは、その物体なりの理想的な情況・状態に対して用いられる表現で、コインに関して言えば、理想的状態というのは、そもそもそれが与えられた役割からして、表裏の出る程度という事とは関係が無いはずですね。
もちろん、コインという物体を、勝負事などで、機会を公平に与えるための道具みたいな物として捉えるのならば、そこでは、表裏の出る可能性の度合い・程度の大きさが同じである事が、理想的なものとなるのでしょう。その場合は、コインが定義され直される、と言えます。歪みでは無く、ね。
もしも、コインの理想的な状態が、表裏の出る可能性が同じ、というのを含むのなら、製造過程において、それをテストするはずですが、私は寡聞にしてそういう話を知りません(参考:独立行政法人 造幣局)。重要なのは、量目とかそういう要素なのだろうと思います。

*1:もちろんそれは、各面の穴の数が違うサイコロでも同じ事が言えるのであって(大村平『確率のはなし』でも触れている)、その辺も考えると面白いと思います。