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「真の罹患率の上昇」⇒

福島の甲状腺がんに纏わる議論において、NATROMさんなどは、スクリーニングによって起こる見かけの罹患数や率が上がる事と区別するために、本当に、通常の状態に較べて病気を持っている人が増えている事を、真の罹患率の上昇(増加)のように表現しておられます。
けれども、議論が込み入ってくると、同じ罹患率という語が多義的に用いられるために、話が噛み合いにくくなります。今の議論では、スクリーニングが見かけ上の数を多くするのかどうか、というのが中心的な話題ですから尚更です。
そこで私は、疫学の定義に倣い、このような場合に用いる語として、流行を提案します。疫学上の定義は以下の通りです。

「流行(epidemic)」とは,異常な高頻度で疾病が発生することをいう.「異常な高頻度」の定義は状況次第で,流行とより小さい変動との間に明確な区分はない.この高頻度の発症とは,流行のない集団において,流行期より低頻度であっても,依然として疾病が発生し増加することを意味することがある.もしくは「集団発生(outbreak)」,つまり普段はまったく,あるいはほとんどみられない疾病の発生が突然増加することを意味することもある(図4-4).
 流行が原因物質への曝露が唯一の源から生じた場合,「点源流行(point-source epidemic)」であると考えられる.点源流行の例は,汚染された食事を出された飲食店の客に生じた食中毒や,広島や長崎の原子爆弾の被爆者に生じたがんなどである.これらの流行の時間軸は,疾病の性質と原因によって著しく異なるが,どちらの例でもすべての人がその疾病をもたらした同じ原因構成要素に曝露していたということである.レストランの汚染された食事や爆風による電離放射線がそれである.典型的には環境に新しくもたらされたもので,それがその流行の原因となっている.

ロスマンの疫学―科学的思考への誘い

ロスマンの疫学―科学的思考への誘い

P78-79
※強調は引用者

 疾患の多発または流行(epidemic)は,上記の例のように(引用者註:アデノウイルス由来の急性呼吸器疾患の集団発生の例),通常予測される発生数に比べて,一定期間,一定場所における患者発生が明らかに増加する状態をいう.

しっかり学ぶ基礎からの疫学

しっかり学ぶ基礎からの疫学

P4
流行(epidemic)部の強調は原文

(略)ここで“流行”とは,通常に比べて高い頻度で疾病が発生する状態,すなわち,多発現象のことであり,必ずしも疾病の伝播を意味するものではない.ただ,かつては流行病といえば,病原微生物の感染により人から人へ伝播する伝染病が主要なものであったが,公衆衛生,医学の進歩により,人類に恐怖を与えてきた多くの伝染病への対策が進むに伴い,いまや関心は非感染性,慢性の疾患の多発要因を解明することに移りつつある.また,疫学の対象は疾病のみにとどまらず,自殺や事故の多発現象にも広げられ,さらには健康の疫学という分野も開発されている.

保健統計・疫学

保健統計・疫学

P150
※強調は引用者

流行あるいはエピデミックと言えば、想起されやすいのは感染症かも知れませんが、一般的な疫学の定義に従えば、特にそのようなものに限定されるものでは無いようです。また、ロスマンにもあるように、期間的長短にも限定はありません。
参照した文献にもあるように、流行と同様の意味で多発も用いられますが(津田敏秀氏など)、多発だと、ぱっと見て、沢山見つかる事との区別がつきにくいようにも思います。つまり、多数見つかる事と多数起こるとを区別する事が肝要なので*1流行が適当なのではないでしょうか。
これまでを踏まえて、今着目している議論を見るならば、問題は、
福島県において、放射性物質(から発せられる放射線)曝露による甲状腺がんの流行は起きているか
と表現する事が出来るでしょう。ロスマンを借りれば、点源流行は起きているか。もちろん、流行は起きているが放射性物質曝露由来では無いという事も論理的にあり得る訳ですが、情況から考えるに、それを想定する必要は特にありません。
そして、流行が起こっている証拠として、沢山見つかるというのは、十分では無い、という事です。注でも書いたように、元々あったものが、改めて調べる事で多く見つかるというのがあり得るからです。ですから、少なくとも、調べたら何倍見つかった、という話が出てきても、そこからすぐどうこうは言えない、事は押さえておくのが重要ですね。罹患数や罹患率の語が、起こった数と見つかった数の両方の概念を指し得る、つまり、本質的には前者を指す語だが、調べ方には限界があるから便宜的に後者を指す場合がある、というのがややこしい所です。

 罹患率は疾病異常の発生を直接示す指標であり,疫学的にすぐれたものである.しかし,慢性疾患の発生時ないしは発病時の決定は,心筋梗塞脳出血などのように正確につかめる場合もあるが,精神病やがんなどのようになかなか難しい場合もある.慣例として,精神病は初診時を,がんは診断時を発病時として処理している.
 なお,一部の感染症および食中毒については法で医師の届出が義務づけられており,罹患率が公表されている.

最新保健学―疫学・保健統計

最新保健学―疫学・保健統計

P48
強調は引用者

*1:元々あるものを改めて調べてみれば、増えていないのに沢山見つかるという事が、理論的にあり得る