過剰診断より先に有効性評価の話を

NHKの番組で、福島での甲状腺がん検診が採り上げられ、そこで過剰診断の考えも紹介されたようです。

私は番組を観られなかったので、その内容自体には触れませんが、twitterでの反応を見ると、やはり過剰診断の語に、よく着目されているようです。

ここで以前から書いているように、検診の議論において、過剰診断にばかりクローズアップされる事は、好ましく無いと思っています。検診の話をする時に、有効性評価の説明を疎かにして、過剰診断がどうこうと進めるべきでは無いと。

検診(に関わらず医療介入)は、害と利益のバランスを鑑みて、実施が検討されるべきものです。だから、過剰診断が起きる検診でも推奨される訳です。と言うか、推奨されるがん検診は、日本では5種類ありますが、いずれの検診でも過剰診断は発生します。ガイドラインでも、必ず害の評価の1つとして検討されているものです。推定は難しいので幅が大きいですが、乳がん検診でも、見つかったものの内、数十%は過剰診断であろうとの推計もあります(小さめの場合でも十数%)。

過剰診断がたくさん起きるから甲状腺がん検診をすべきでは無い、との意見は、その検診に効果が無いのを前提としているのでしょうが、それは簡単に理解できるものではありません。リードタイムバイアスやレングスバイアス(前提として、統計的推測におけるバイアスの考えかた)、死亡率と致死率の区別、RCTの理屈、といったものが解ってやっと、有効性評価の基本が認識出来、それが出来て初めて、実際に具体的な検診についてどの程度の検討がなされているのか、と考えを進められます。

過剰診断があっても検診したほうが良い、というのとは逆に、過剰診断が少なくても検診しないほうが良い場合もあります。予後を左右する時点の前で捕らえられなかったり、有効な治療法が無かったりすれば、無症状時に見つけても寿命を延ばせません。そういった疾病は、検診しないほうが良いのです。検診に伴う害は、過剰診断だけでは無いのです(検査に伴う身体的・心理的負担など)。

福島の甲状腺がん検診は、特殊な環境に置かれた地域での話ですが、有効性評価や過剰診断といった話は、検診一般に共通する考えです。他の検診についてもきちんと冷静に検討するには、そもそも有効な検診とは何かとか、評価するにはどうしたら良いのか、といった所を学ぶ必要があります。それをせずに、単に過剰診断に着目し、それを中心にして話をしようとすると、建設的な議論は望めないでしょう。

良性腫瘍の余剰発見に至るプロセスと、ラベリング効果

私が余剰発見の例としてちょくちょく採り上げるのが、血管腫です。
血管腫とは、血管の集まった良性の腫瘍で、健診(健康診査)における腹部エコーにて、結構高い割合で発見される(保有割合が高い)事が知られているようです。

文献によると、エコーを受けた100人に1人程度は発見されるくらい保有割合が高いそうですが、それによる症状が発現する事は、かなり少ないとあります。ですから、通常はそのまま経過観察となる事が多いと言います。

もしこの病気が発見されて、処置もせず症状が出ないまま他の原因で亡くなったとすれば、それは、血管腫の余剰発見(過剰診断)であると看做せます。また、肝血管腫良性腫瘍ですので、もっと一般的な表現をとれば、良性腫瘍の余剰発見であるとも言えるでしょう。

良性腫瘍であり、症例がよく見つかる事、また、症状がほとんど出ないので、診断されても良性腫瘍が見つかったと認識出来、医師も、そこまで心配するものでは無いと言ってくれます。その意味では、余剰発見される事の害は相対的に小さいと言えるでしょう。

ただ、その診断に至るには、まず腹部エコーを受けて、それから精密検査を実施する必要があります。当然、健診の結果が返ってきた時、そこには要精密検査的な内容が書かれています。どんな検査でも、やはり要精検と言われるのは、不安を惹起します。人間、ネガティブにものを考える側であれば、より悪い結果を想像します。あるいは、将来の心構えを作るために想像しておく、と言ったほうが良いでしょうか。今はインターネットで色々検索出来ますから、ひどいケースの情報も得られます(正確な情報に至る事もあるので、良し悪し)。

腹部エコーだと、受ける側の最悪の部類の結果として、

  • 肝がん
  • 胆のうがん
  • 膵がん
  • 腎がん
  • 腹部大動脈瘤

などに繋がりますから、精密検査しましょうと言われたら、この辺りを(漠然とでも)思い浮かべて、心配します。

肝臓であれば、エコーで所見が見られ、判別がつきにくい場合には、造影CTなどによる精密検査が促されます。肝がんとの鑑別等のために実施する訳です。
これは、心理的経済的に結構な負担がかかるものです。造影剤をうつ場合には、それによるリスクも説明されます(小さいながらも死亡リスクが判明している)し、うたれた後、何とも言えない感覚を覚えます(全身いたる所が熱くなる。嫌いな人はかなり嫌いなはず)。

精密検査が済めば、しばらくの期間をおいて、結果をクリニックなどに訊きに行きます。そこでようやく、肝血管腫なる良性腫瘍である事が説明されます。それほど心配しなくても良いと言われ、ほっとします。

ここまで説明してきたように、一つの良性腫瘍の診断がなされるまでに、結構なプロセスを経ます。そのあいだ、色々調べて考えたりして、人によっては、落ち込む事もあるでしょう。年齢や生活習慣、それまでに得た医学に関する知識も関わってくるでしょう。

ここで挙げた例は肝血管腫で、健診で発見される比較的頻度の高い疾病であり、症状の出にくい事も判っているものです。無症状時に検査して発見されたのであれば、広い意味で*1検診による発見とも言えます(健診と検診の意味は異なる所に注意)。

そして、先述したように、それが無処置で症状をずっと現さず、他の病気等で亡くなった場合には、余剰発見であった事が判明します。がんと違ってすぐに処置するほうが少ないので、こういう良性腫瘍であれば、余剰発見例の判明が頻繁に起こると言えます。

私が、肝血管腫を余剰発見の例として挙げるのは、

  • 良性腫瘍である事
  • がんと鑑別すべく精密検査がおこなわれる事
  • 保有割合が大きい事
  • 健診で腹部エコーがよくおこなわれる事

上記の理由により、例として解りやすいと考えるからです。健診を受けた中で、ああ、あれか、とか、自分もそう診断された、という経験を持つかたも、結構いらっしゃるでしょう。

そしてもう一つの理由は、

自分もそう診断された

から。まさに実例として恰好のものです。説明してきた検査の流れや心理的状態も、概ね自分の経験に基づいて書いています。
私の場合、検査の順序を詳しく書けば、

  • 健診でのエコー
  • 要精密検査の案内
  • 近所のクリニックでのエコー
  • より詳細な精密検査の案内
  • 総合病院での造影CT
  • クリニックで検査結果説明。肝血管腫診断確定

このような流れです。

私は、このブログで色々書いているように、おそらく非・医療者としては異常なくらい、検査に関する知識を有していると思います。余剰発見の概念についてもそうです。それであっても、要精検となり、要CTとなった時には、結構な不安感を懐いたものです。元々が、ネガティブよりにものを考える心理傾向がありますし、常にあらゆるパターンを想定しておく思考の癖もあります。それを、そこまで深刻にならないよう知識で抑えておく、と言っても良いのかも知れません。

検査の結果に伴う心理的な影響をラベリング効果と言う事は、ここでも何回か説明しました。本記事は、その実例、つまり、結果が陽性だった時の悲観ラベリング効果の例と言えるでしょう。これも、最終結果(診断確定)が良性腫瘍であったから(最終的な楽観ラベリング効果)、こうやって冷静に振り返って分析出来る訳です。

同じような内容のものとして、医療統計のエキスパートである新谷歩氏による記事があります。

www.igaku-shoin.co.jp

↑この記事は、各検査指標を説明するものですが、その導入として、新谷氏自身がマンモグラフィにて陽性判定を知った時に心理的衝撃を受けた、とのエピソードが書かれています。相当な知識を持っていても(新谷氏は、専門家にレクチャーするような立場のかた)、冷静に考える前にこういう衝撃を受けた、というのは示唆的です。

ラベリング効果は、検診によって生ずる害の一側面です。経済的な負担もかかります。こういう害を定量的に評価して、得られる効果と比較し、実施して良いかを検討する訳ですね。検診の事を考える際には、そこも押さえておくのが、とても肝腎です。

参考資料:

腹部エコーで肝腫瘍の診断 – 兵庫県医師会

肝臓の血管腫 - 04. 肝臓と胆嚢の病気 - MSDマニュアル家庭版

www.jsum.or.jp

*1:検診は、計画的におこなうものや、ターゲットの疾病を定めて見つける、という狭い意味合いの場合もありますが、ここでは広くとります