スミスさんの子ども

anond.hatelabo.jp

ある夫婦に2人子供がいる。片方の子が男であるとき、もう片方が女である確率は?

この種の問題の定番として、男女の生まれる確率が等しい(1/2)とします。実際の出生性比は異なるようですが、こういう問題では現象をシンプルに構成し直して、数学的構造に一致させて理解を促す訳ですね。要するに、完璧な(理想的・仮想的にしか設定し得ない)コインを2回投げたベルヌーイ試行を考えるって事です。だから、そうするよとちゃんと言って共有しなければなりません。

この前提だと、いまいる世界は、ある夫婦に生まれた2人1組の子どもが

  • (女, 女)
  • (男, 男)
  • (男, 女)
  • (女, 男)

のいずれかの世界であってそれ以外では無く、それぞれ全く等しい機会で与えられます。ここで、片方の子が男であるとき、なる条件が与えられるので、いまいる世界の可能性は、

  • (女, 女)
  • (男, 男)
  • (男, 女)
  • (女, 男)

こうなります。そして、問われているのはもう片方が女である確率です。確率は割合の事なので、

(男, 女)か(女, 男)
÷
(男, 男)か(男, 女)か(女, 男)

です。それぞれの世界にいる可能性は等しいので、割合は2/3です。

片方の子が男であるときとの表現が微妙なので、少なくともどちらかいっぽうが男のように書く場合もあります。ただ、直後にもう片方がと訊いているから、そんなに読み取りにくいものでもありません。

表現が女, 男だと、結果が順序対で構成されるのを理解しない向きもあるので、

  • (姉妹):しまい
  • (兄弟):きょうだい
  • (兄妹):けいまい
  • (姉弟):してい

としても良いです。漢字だとごちゃごちゃしますね。そうすれば確率は、

(兄妹)か(姉弟)
÷
(兄弟)か(兄妹)か(姉弟)

と表現出来ます。これだったら、その家の子たちは姉妹では無いと言ったほうが良いですね。どちらかが男の子であるなどと、意地の悪い言いかたをするものです(片方がどちらかがと言われるとXORで読みそうになる)。

この種の問題って、最初にひっかけ問題に違い無いとか問題文の細かい所を指摘しようみたいな心理も働きますね。だからこそ面白い、のかも知れませんが。

この問題、別の出しかたもあります。

ある夫婦に2人子どもがいる。その夫婦が子ども1人を連れて歩いているのを見た所、男であった。もう片方が女である確率は?

こんな感じ。答えは1/2です。何故なら、あり得る世界の可能性は、その夫婦の子どもの構成と実際に見た子どもとが

  • 兄弟で兄を見た
  • 兄弟で弟を見た
  • 姉妹で姉を見た
  • 姉妹で妹を見た
  • 兄妹で兄を見た
  • 兄妹で妹を見た
  • 姉弟で姉を見た
  • 姉弟で弟を見た

の8通りに分かれるからです。もちろんここでは、それぞれの子どもを見る確率は等しいという、よく解らない前提が必要です。で、男の子を見たのですから、いまいる世界は、

  • 兄弟で兄を見た
  • 兄弟で弟を見た
  • 姉妹で姉を見た
  • 姉妹で妹を見た
  • 兄妹で兄を見た
  • 兄妹で妹を見た
  • 姉弟で姉を見た
  • 姉弟で弟を見た

この4通りに絞られます。訊かれているのは、もういっぽうが女の子である確率(割合)なので、それは、

兄妹で兄を見た か 姉弟で弟を見た
÷
兄弟で兄を見た か 兄弟で弟を見た か 兄妹で兄を見た か 姉弟で弟を見た

となり、1/2です。

こういうので納得行かないのは、どうしても日常的現象に近づけて理解しようとするからですね。子どもが2人いると知っているのに男女構成や年齢を知らない事があるのか、などです。都合よく情報が無い訳です。だから、だとしたらと、現実からかけ離れた設定を、そういうものだと受け入れるのがポイントかと思います。

もう1つ面白い所。

先ほど書いたように、男, 女だと、結果が順序対というのが現象的に解りにくいです(慣れれば何とも無いですが)。同じように、コイン投げで表, 裏としても解りにくい。でも、子どものペアの場合、姉弟兄妹と、生まれた順序で表現を変える事が出来ます。更に同時に、現実的にはちょっと無理があるとは言え、目撃しても区別がつかないとの条件をも設定出来る訳です。これをたとえば、コイン投げで区別をつけようとして、金貨と銀貨を投げるとしたらどうでしょう。結果は、

  • 金表
  • 金裏
  • 銀表
  • 銀裏

このように区別しやすいですが、目撃するほうの問題を設定しづらい。だって、金貨と銀貨は一般に区別出来ますからね。これを区別出来ないよう設定するとなると、視覚を制限するような設定が必要となり、それは色々デリケートだし、思い浮かべる状況が、無駄に複雑となります。

2022年11月4日追記

増田についているトラックバック等を見て、片方なる表現について、もうちょっと考えてみました。

たぶん、問題を見て1/2と言う思う人は、

縦に切っている

のではないでしょうか。つまり、

  • 男-男
  • 男-女
  • 女-男
  • 女-女

↑これを縦に切って、

上の子
下の子

↑こう捉える。で、片方が男なので、

上の子
下の子

↑このように絞られ、上の子であるか下の子であるかも絞られると解釈する。そうすると、前者でも後者でも、もう片方の子が女である確率は1/2です。と言うか、その場合は、単に女の子が生まれる確率は?と問われているのと同じなので、問題に含まれる前提そのものです。

われわれはどの世界にいるのか

cruel.hatenablog.com

たいへん面白い話だと思いましたので、書いてみます。

まず、モンティ・ホール問題については、こちらで図示を試みましたので、興味のあるかたは参照ください↓

interdisciplinary.hateblo.jp

山形さんは、モンティ・ホール問題の説明そのものは解ると言い、その上で賦(原文ママ)に落ちないと主張します。そして、

もう一人別に参加者がいたらどうなる?

と想定して展開して行きます。つまり、山形さんが参加してAのドアを選んだら司会者はCのドアを開けた。いっぽう、ハギーワギーくんもそのゲームに参加しており最初にBを選んでいたと想定し、

あなたが、このハギーワギーくんには何と助言するだろうか?

と問います。

問うているのですが、実はここで、山形さんは状況設定を誤っています。 山形さんは、場合によっては司会者がBのドアを「ハズレでした」と開けてしまう場合もある。とか、視聴者はと書いています。つまりこれは、

ハギーワギーくん(や視聴者)は、山形さんがゲームに参加しているのを観察している

のを意味します。この時点で、ハギーワギーくんはゲームに参加などしていません。実際に参加している山形さんのゲーム展開における情報を得る事が出来、それを判定に使える立場にあるのです。

したがって、ハギーワギーくんにもし助言するならば、選択を変えようでは無く、

Bのドアを選ぼう

となります。要するに、山形さんと同じ選択をすべきです。もし、山形さんの言うあなたが、山形さんでもハギーワギーくんでも無く、ゲームを観察している視聴者の1人を指すのであれば、

いまわれわれがいるのは、山形さんがAのドアを選び司会者がCのドアを開けた世界だと知っている

のですから、その情報を使えます。と言うか、使わない手はありません。

起こり得る結果のすべてを要素とする集合を全事象と言います。ゲームを見るわれわれは、山形さんの選択と司会者のドア開けの情報を得た、すなわち条件が与えられた(given )事により、

検討する全事象が狭まった

のだと考える事が出来ます。このように、条件を得る事によって全事象を狭めて新しく確率の分母を定めた上で得る確率を、条件つき確率と言います。

山形さんは、他の人にこの話をした際に、山形さんの選択とハギーワギーくんの選択は独立だ、というような事を言われたと書いていますが、当然そうではありません。ハギーワギーくんや視聴者は、山形さんの選択(と司会者のドア開け)の情報を知っている時点で、独立ではあり得ないのです。その意味では山形さんが言っている事は正しいです。しかし、具体的に検討する時の設定がズレてしまったのだと言えます。

もし、ハギーワギーくんが実際にゲームに参加すると考えると、次のような設定が必要です。

  • ハギーワギーくんと山形さんは同じドア群から選択し、同じ司会者がドア開けをする
  • ハギーワギーくんと山形さんは情報共有が出来ない(互いにどのドアを選ぶかなどを知り得ない)
  • 司会者はハギーワギーくんと山形さんに対応する時、それぞれの選択に一切の影響を受けない
  • ゲームのルールは全く同じものである

ところが、このような事は実現出来ません。何故なら、もし山形さんがドアを選んで司会者がドアを開けたら、同じようにハギーワギーくんがドアを選んでそれに応じて司会者が別のドアを開く、という事を実行出来なくなるからです。つまり、このゲームはそもそも、

1人しか参加出来ない

のです。

もしハギーワギーくんが他の情報を遮断され、、司会者がドアを開ける状況しか見る事が出来ないとしましょう。山形さんのゲーム進行が影響を与えないようにするには、そのように考えるしかありません。そうすると、ハギーワギーくんがやっているのはもはや、別のゲームです。ですから、山形さんが参加しているゲームの設定とも異なるし、得られる情報も違います。判っているのはCのドアが開けられた事のみですから、残りのAとBどちらを選んでも、当たる確率は1/2です。つまり、想っただけでは確率に影響を与えません。何故なら、ドアCが開けられたとの情報を得ただけでは、ハギーワギーくんは自分が

  • 山形さんがドアAを選択した
  • 山形さんがドアBを選択した

このどちらの世界にいるのかを定められないのですから。その条件をgiven出来ないので、全事象を更に狭める事が出来ないのです。

ここで誰かが、山形さんの選んだドアを教えるとしましょう。そうすると、話は最初に戻ります。つまりハギーワギーくんは視聴者と同じ立場となり、山形さんと同じ情報を得られます。ドアCが開けられたとの条件に、山形さんがAを選んだ条件が加わり、それに基づいて全事象を狭める事が出来ます。ハギーワギーくんに安心して、Bのドアを開けたほうが良いとアドバイスしましょう。

「選んだカードを変えますか?」という問題ではなく「最初の選択をご破算にして、どっちか選びなおしてください」という問題設定にしよう。

↑これは設定が曖昧です。最初の選択をご破算にして、どっちか選びなおしてくださいとは、どのタイミングで言われるのでしょうか。

それが、司会者がルールにしたがってドアCを開けた後であれば、確率は1/2ではありません。状況は通常のモンティ・ホール問題と何も変わりません。最初の選択を無かった事にしたら、司会者はドアを開けられないからです。つまり、ご破算が実際には何を無かった事にしているのかを、明らかにすべきでしょう。もしかすると山形さんは、サヴァントが言ったというUFOの喩えを持ち出そうとしたのかも知れません。しかしそうだとすると、最初の選択をご破算にしてなどと言う事は出来ません。ご破産にすると言われるのは、

自分がどのようなゲームに参加しているのかを知っている

からです。ルール自体を知らない事にして選ばせると言うのなら、

  • 山形さんの記憶を消す
  • ルールを一切知らない人に選ばせる

このいずれかで無ければいけませんが、前者は不可能です。ルールに関する記憶が消えるのなら、選び直すなどという現象は起こらないからです。後者はUFOの喩えであり、私が先程設定した、情報を遮断されたハギーワギーくんの事例に相当しますが、それがもはや山形さんの参加しているゲームとは別物であるというのは、既に説明した通りです。

でも、「選ぶ」と言ったって何かを変えたわけじゃない。「こっちかなー」と思っただけだ。

ゲームの参加者(ここでは山形さん)は、思っただけではありません。司会者に思いを伝えたのです。そして司会者は、その思いに応じ、ルールにしたがってドアを開けました。すなわち、山形さんが司会者に思いを伝える事によって、司会者の行動の可能性を制限した訳です。

余談。

ある人に対し、特異度は同じだが感度の違う(病気を見つける)検査をおこなったとします。そして、両方の検査が陽性でした。検査は別々に実施され、結果は共有されていません。その時、それぞれの検査結果から得られる病気を持っている確率(事後確率。術語は陽性適中度)は異なります。しかし、その事で世界が変わったとは思わないはずです。言えるのは、自分がどの世界にいるかの蓋然性についての量的な評価をした、というものです。ちなみに、双方の検査結果を共有すれば、新しく指標を求める事が出来ます。このように、複数の検査を同時におこなって評価するのを並行検査と言います。