効果と太極拳と鍼と

http://blog.livedoor.jp/ytsubono/archives/51815071.html

大変面白い研究。内容は、

太極拳が心理的健康におよぼす影響を調べた論文40件を総合評価

というもの。システマティックレビューによる評価。全体的に見れば、それほど良質なデータとは言えない模様。評価に用いられた尺度・指標が一貫していない、また、出版バイアスもかかっているであろうと考察されている。

さて、武術に興味を持つ者としては、これらの研究において、「動作の質」とでもいうべきものに着目せざるを得ない。それが考慮されてるのか、はとても重要と考えられる。
武術論に不案内な方はピンとこないかも知れないけれども、武術では、外形的に確認しやすい動作(型や套路)が出来ているか、という視点とは別に、上記のような「質」に焦点が当てられる。具体的には、全身のリラックスの程度であり、用語としては、「脱力」などが挙げられるだろう。尤もその語は、比較的近年広まったものと思われる。古来の語で流派間を一貫して用いられるものはちょっと思いつかない。また、中国武術で同様の概念を指すものとして、「放鬆」が挙げられるだろうか。ちなみに日本武術では(別の武術ではそうしないという意味ではない)、「気」の語を用い、その状態が維持出来ているかをモニタする場合もある。※全身がリラックスしている状態を、「気が通っている」などと表現する

いずれにしても、そのような概念が、修行者の上達の程度を示す指標として用いられている。それはつまり、脱力などが不充分なものを、「出来ていない」と評することであるとも言える。出来ていない者は「分かっていない」「方向を誤っている」と看做される訳だ。

全身のリラックスを志向し、それが実際の生理的状態に反映されているかどうか、が評価の分かれ目になるのだから、実際の修行者の状態も、その観点から層別することが出来ると考えるのは有用な視点であると思われる。運動生理学的に見ると、リラックスの程度は主に、筋肉の収縮の度合いに関わるものであるから、それを、メカニズム的に、血液循環や代謝等の状態にも繋がってくるものとして捉えられるからである。

その観点で層別して比較すれば、なんらかの興味深い差が見られる可能性がある。運動が心理的健康に与える影響の程度を調べたいのだから、運動のメカニズムのより一般的な部分に着目するのも無駄ではないだろう。

古来、武術の習慣が健康増進・維持 に役立つと伝えられてきた、いわば経験則の集積についての根拠となる可能性。そして、層別に見て違いがあるのならば、「漫然とやるだけでは意味がない」という可能性もある訳だ。※漫然と行った場合にもそれなりの意味合いはある、ともなるのだろう

少し話題を替える。
kikulog読者ならご存知と思うが、しばらく前に、あるエントリーのコメント欄で、鍼治療について議論があった。すなわち、「鍼に効果はあるか」という議論。かなり盛んに議論されたが、そこで出てきた論点として、主に中国の鍼治療を対象とした研究を参照した『代替医療のトリック』での検証は不充分で、日本の鍼治療には独自の方法があり、また、熟練の術者で確かめればまた異なった結果が出たかも知れない、というものがあった。

つまり、全体として見れば効果がない、という結果が得られたのだとしても、それは違うものを「一括り」にしてしまっているのでは、という指摘である。なるほどこれには一理ある。そして、私が上で書いた武術についてのことも、実は同様の論理構造だと言える。「一口に”太極拳”をやると言っても、そこには区別すべき質的違いがある」可能性を指摘しているのであるから。

だけれども、その後の主張の方向性が少し違う。鍼治療に親和的な人は、上記の理路でもって、鍼治療に効果がないと言うのは早計ではないか、と言っているのだが、私の場合は、「たとえ”効果がある”と看做されたとしても」、層別すれば、ある層では効果が消失する可能性があるので、それを考えずに不用意に効果を喧伝してはならない、と主張している訳である。

そもそも私は、ここで書いたようなことに着目しており、世間で喧伝されるような「武道の健康効果」のようなもの自体に懐疑的(つまり”運動の質”を考えていないから大雑把に過ぎる)であるので、このような考え方になる。
もし、武道をやる人は健康、という主張があるならば、「武道をやっても健康でない人」を調べたり、他の習慣について調べたり、運動の質で層別したり、バイオメカニカル・運動生理学的な観点から理論的に考察したり、というように、疫学的・メカニズム的 の両方の仕方でアプローチする必要がある。

「効果」について語る際に、「どの部分が」効くか、という問いは極めて重要なのだから。

中国武術の健康効果(今回の研究は、心理的健康ということで、用いられたのは心理測定尺度のようですが)についてということで、id:complex_catさんにコールしてみたり。