【お勉強】リードタイムバイアスと、罹患期間によるバイアス
勉強も兼ねて、手許にある疫学の教科書から引用。
スクリーニングプログラムの評価に影響するかもしれない他の種類のバイアスは,リードタイムバイアス lead time bias である.この種のバイアスを理解するために,リードタイム lead time の概念をまず理解しなければならない.それは,通常の発見より早期に疾病を発見することによる余分な治療期間である.スクリーニングの場合には,リードタイムは,スクリーニングを受けることによる前症状期での疾病の発見と臨床期での発見との比較によって獲得される余分な時間である.リードタイムの延長が疾病のよりよい予後を導くなら,スクリーニングはリードタイムを延長するゆえに有益である.リードタイムバイアスは,予後を改善しない早期診断により生存時間が過大評価されたときに起こる.
リードタイムバイアスを例証するために,肺がんで推奨されている新しいスクリーニング検査を取り挙げる.その検査は,通常,肺がんの徴候と症状によって発見されるより1年(12ヶ月)早く潜在的な肺がんを検出する.
肺がんの患者が通常は診断後平均18ヶ月以内で死亡するなら,スクリーニング検査は30ヶ月までこの時間を延長するとされる(12ヶ月+18ヶ月=30ヶ月).しかしながら,早期の段階での治療が生存の延長に効果がないのなら,早期発見からの利益はない.患者は,診断後18ヶ月の代わりに30ヶ月後に死亡する傾向があるが,生存時間は実際には変化しない.
別の例として,同じ年齢の2人の個人が同時に肺がんを発症したと仮定する.一方が,新しいスクリーニング検査によって49歳で肺がんと診断されるが,51歳半までに死亡する.もう一人は,症状があって医師に受診し,50歳で肺がんと診断される.その後,51歳半でがんのために死亡する.最初の人は,より早く診断されたが生存時間にまったく違いがなかった.両方はまさに同じ年齢で死亡した.言い換えれば,スクリーニングは予後を改善しなかった.リードタイムバイアスは,一見,生存時間が増加したように見えるが,単に早期に発見され,予後の改善がないときに生じる.
スクリーニングの有効性評価のためのスクリーニング群と非スクリーニング群の生存時間を比較する研究において,リードタイムの概念を考慮しないならば,リードタイムバイアスを生じるかもしれない.Charles H. Hennekens と Julie E. Buring はこの種類のバイアスを最小にする2つの方法を勧めている.一つ目の方法は,生存時間よりもむしろスクリーニング群と非スクリーニング群の年齢特異的な死亡率を比較することである.もう一方は生存事象を比較するとき,リードタイムを考慮に入れることである.肺がんについての前述の例では,スクリーニング群における30ヶ月の生存率(5章参照)を非スクリーニング群における18ヶ月の生存率と比較できるであろう.この方法は,比較に際して,平均リードタイムを考慮している.これとは別の方法は,非スクリーニング群の5年生存率と比較する前に,通常報告された5年生存率を使用して推定したリードタイムをスクリーニング群に追加することである.潜在的リードタイムバイアスを処理する手順をふまなければ,この種類の誤差により,スクリーニングプログラムは実際より有効性があるように見える.
罹患期間によるバイアス length bias は,スクリーニングプログラムの評価で起こる可能性のある別の種類のバイアスである.発生する可能性があるのは,(a)個人により疾病の進展の程度が異なる,そして,(b)疾病がゆっくり進行する個人は,よりよい予後をもつ傾向がある,からである.疾病の進行速度の遅い人(前症状の段階がより長い人)の割合が,非スクリーニング群よりスクリーニング群で不均衡に多いとき,罹患期間によるバイアスは起こる.これは,急速に進行する疾病がその前臨床段階に発見できないことによる自然な傾向である.罹患期間によるバイアスは,スクリーニングの評価を過度に楽観的な方向に導く.例えば,乳腺がんは,乳腺撮影によって早期に検出することができるが,もし,進行速度の遅い,進行性ではない乳腺がんのケースが,非スクリーニング群よりスクリーニング群でより多い傾向があるなら,かつてエール大学医学部の研究者チームによって示されたように,罹患期間のバイアスは,陽性バイアスによりスクリーニングの有効性評価の結果を歪める.言い換えれば,それはスクリーニングと帰結との関連を事実よりも好ましく見せる.たとえ乳腺撮影によるスクリーニングが,乳腺がんによる死亡率を防ぐ効果的な手段であっても,罹患期間によるバイアスは,それを真実よりも効果的に見せ,その結果,比較の妥当性を危うくする.不幸にも,このバイアスや他のバイアスを認識できないと,いくつかのスクリーニングプログラムの有効性を過大評価させる.
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これは、リードタイムバイアスと、罹患期間によるバイアス、の、より具体的な説明。次に、より簡潔な説明。
- バイアスの例
- 主なものにリードタイムバイアス,レングスバイアス(疾病期間バイアス),自己選択バイアスがある。リードタイムバイアスとは,一般にスクリーニング検査では,患者の自覚症状が発生する前に疾病を発見できるので,疾病の診断から帰結(死亡)までの時間が長くなり,自覚症状により受診した場合よりも予後が良く見えることをさす。レングスバイアスとは,一般にスクリーニング検査では,同じ疾患でも経過が長い患者を見つけやすいことをさす。これはスクリーニング検査では急性発症・急性転帰の患者を発見することが少なく,したがって検査で発見した患者の予後が見かけ上良く見えることになる。自己選択バイアスは,スクリーニング検査に参加する人は,参加しない人より健康意識が高く,その他の生活習慣も良好で,長生きしやすいと考えられることをさす。
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生存時間、生存率、罹患期間、リードタイムバイアス、レングスバイアス、等の概念が絡み合っているので、それぞれの用語の定義をよく理解し、説明されている現象がどのような構造であるか、を正確に把握する事を心がける。
また、自分が直観している現象を説明しようとする際に、安易に、厳密な定義のある用語を持ちだそうとしない、のも念頭に置く事。以前に採り上げた、死亡率と致命率の違いもそう。同じ言葉なのに異なる概念を指している、というのでは議論も何も成り立たないので、術語の場合には、当該専門領域における定義をよく踏まえる。
術語の内容の説明に別の術語が用いられる、というのはよくあり、その時には、1つの用語の誤解が、全体の理解を妨げる危険性を孕む。