検診の意味と有効性評価――前編

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本エントリーは、検診について説明した連載記事の一部です。
連載は、以下の記事からなっています。

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はじめに

検診をおこなった人々の 5 年生存率は◯◯で、おこなわなかった人々の生存率は△△%でした。このように、がんは早期発見が大切です。忘れずがん検診に行きましょう。

こういった記述を、検診を勧める文書で見かける事があります。
一見すると、なるほど、検診をすると生き残る人が多くなるのか。では検診によって早期発見する事が大事なのだな、と思わされるものです。
しかし、このような説明は、実は注意して見なくてはなりません。

しばしば、マスメディアによって、有名人が重い病気に罹った事が報じられ、その度に、検診の大切さが強調されます。そして、見聞きする側は、重大な病気を少しでも早く見つけて治療しよう、と思うものです。 けれど、検診という言葉をよく見聞きする事があっても、その内容を詳しく知っている、という方は、あまりおられないのではないでしょうか。
実は、検診というのは、ただおこなえば良いというものでは無く、その内容をきちんと把握した上で、受ける事を選択するべきものなのです。

本記事では、意外に知られていない検診に関する事柄について説明を試みます。だいぶ長くなると思いますが、お読み頂ければ幸いです。

検診とは何か

そもそも検診とは何でしょうか。何となくは知っていても、その内容について、あまり深く考えた事の無い方もおられるのではないかとおもいます。まずは、検診という言葉の意味について見ていきましょう。

大まかに、あるいは日常的な使い方では、検診とは、病気に罹っているかを診察や検査で調べる事であると言えます。
しかし、私達が今考えている所の検診というのは、いわゆるがん検診などを指していますので、そのままでは意味が広過ぎます。ですから、もう少し限定した意味で言葉を捉えます。つまり検診を、

症状の無い人の集団に対して検査をおこない、特定の病気を持っている人を探す事

と考えましょう。
ここでポイントは、症状の無い人におこなうのが検診である、という所です。症状がまだ無い人が持っている病気を見つけよう、というやり方ですね。

ところで、同じ音の、健診という言葉もありますが、こちらはいわゆる健康診断の事で、身体の色々の部分を調べて、異常が無いかどうかを診るものですので、区別しておきましょう。

それから、検診と同じような意味を持つ語として、スクリーニングもありますので、こちらも憶えておきましょう。

検診の流れとしては、たくさんの人を検査して、まず病気がありそうな人を拾い上げる事が必要です。
これは、最初の検査では、病気を持っているかどうかを確定しないという事です。
そうでは無く、この人は病気を持っていそうだ、この人には病気は無さそうだ、とまず判断して、病気がありそうな人は精密検査に回して、より詳しく調べる、という流れです。検診を受ける人全員に、初めから詳しい検査をして確かめようとすると、膨大なコストがかかってしまいますし、時間もかかり過ぎます。ですからまずは、比較的簡便な検査で、病気を持っていそうな人を判断して、その後により詳しく検査をする、という二段構えのやり方です。
陽性陰性といった言葉を見聞きした事のある方も多いでしょう。
病気に罹っているかを最終的に決める事を、確定診断と言い、最初の検査を一次検診と言ったりもします。

また、先に紹介したスクリーニングの語で、一次検診のみを指す場合もあります。その場合には、スクリーニング→確定診断 の一連の流れを指して検診とする、という事になります。

検診の対象と病気の進み方

検診は、まだ症状の無い人が病気を持っているのを調べて治療に繋げる、という方法ですから、その対象は原則、慢性疾患です。たとえば、風邪のような急性の、しかもすぐ治るような病気を対象にしてもしょうが無い、というのはすぐに解ると思います。
ですので、検診の対象は、高血圧や糖尿病、骨粗しょう症、がんなどです。この記事では、報道などでも耳目を引く、がんのような病気を対象に検診をおこなう、と想定します。

病気に罹ってから症状が出るまでに見つけるのが検診ですので、病気に罹ってから死んでしまうまでの流れを把握するのが大切です。以下に、それを図示します。

青山[監修]『今日の疫学 第 2 版』P 213 を参照して作成
疾病の自然史

医学的な処置や治療をおこなわない場合に病気が辿る経過を、疾病の自然史と言い、図でその流れを表しています。まず病気に罹り、それが医学的検査によって診断する事が可能になって、それから症状が出るようになる、という流れ。病気によっては、そのまま重症化して死に至ってしまいます。症状が出る前を前臨床期と言い、症状が出てからを臨床期と呼びます。

この図の流れを踏まえれば、診断可能な時から症状出現の時の間に病気を発見する事が検診です。

次の画像を見てください。

青山[監修]『今日の疫学 第 2 版』P 213 を参照して作成
診断可能前臨床期

症状が出る前(前臨床期)の内、いまの診断技術で病気が発見出来ない時期のものは、当然見つかりようが無い訳ですから、検診というのは、画像にある診断可能前臨床期の病気を発見する事である、と言えます。

検診の目的

検診が、診断可能な時から症状が現れる時までに病気を発見する事である、というのを説明しました。では、そもそも検診によって、何をもたらしたいのでしょうか。つまり、検診のメリットとはそもそも何だろうか、という事です。
おそらく、直前の文を読んだ方の中には、一体何を言っているんだ、と思われた方もあるでしょう。検診というのは、病気を早期発見して治すためにあるに決まっているではないか、と。実はここに、病気が見つかるのは、早ければ早いほど良いという、強い先入観があるのです。
そこについて考える前にまず、病気の発見され方の違いを図示しましょう。

通常の発見

これは、通常の発見のされ方を示した図です。先ほど示した病気の発生から進行の流れ(疾病の自然史)を表した図を簡略しています。つまり、病気に罹り、何らかの症状・徴候が出てそれに気づき、医療機関を受診して、病気を持っている事が発覚する、という流れです。
いっぽう、

早期発見

これが早期発見、つまり、症状が出る前(診断可能前臨床期)に検診で見つかる、という事の図です。

治療効果

ここで、通常の発見、つまり、症状が現れてから発見される場合の、治療の流れを考えてみましょう。

通常発見治療

これは、症状が現れてから病気を発見した後に治療をおこなった場合の図です。が治療を表しています。

図の上側は、治療の結果、すっかり良くなった事を示しています。取りやすい場所に出来ていて大きさもそれほどでは無かったので綺麗に手術で取り去る事が出来たり、化学療法などによって症状が無くなり、病気を上手くコントロール出来るようになった状態(寛解)です。もちろん、再発の可能性を持つ場合などもありますが、あまり複雑になっては解りにくいので、単純化してあります。

次に下側ですが、右端を見ると、何もしなかった場合より、死亡する時点が先に延びています。つまりこれは、治療によって寿命が延びた事を示しています。死亡する原因は、診断された がんの場合もあるでしょうし、他の病気や事故の場合もあるでしょう。これは、がんの進行度合いや治療方法の在り方によっても、寿命を数年延ばせる事もあれば、数ヶ月延ばすに留まる、という場合もあるでしょう。
このように、診断(発見→治療)の結果、寿命を延ばすように持っていく(ここではこれを、延命と表現します)のが、治療の目的です。

もちろん、寿命が延びさえすればそれで良いのか、という議論はあります。どのくらい延びれば良いのかとか、延びたとしても、治療に伴う苦痛や経済的負担を受け容れる事は出来るのかとか。一応ここでは、話を簡単にするために、ひとまずその辺りの事は措いておくとします。

次に、治療が無効な場合を示します。

治療無効

これは、治療をおこなったにも拘らず、寿命が延びない場合です。手術なりをしたのに、それが何の影響も無かったら、寿命は延びませんので、それは効かなかったと判断されます。

検診に期待される役割

ここまでを踏まえて、再び、検診の目的とは何か、という事について考えていきます。

まず、先ほど載せた、通常検診の場合の図を、もう一度御覧ください。

通常発見治療

この下側は、治療によって寿命を延ばせた事を示しています。それでは、検診によって、次のようになれば、検診に効果があったと言えるでしょうか。

検診延命

症状が出る前に病気を発見して治療した結果、寿命が延びたので、その検診には効果があった……とは実は言えないのです。何故でしょうか。

下に、全く同じ経過を辿る人が、通常発見された場合と検診発見された場合の双方を並べてあります。

無効検診

死亡の所に注目ください。長さが変わっていません。何もしない場合に比べれば延びていますが、早期発見と通常発見とでは、延び方に差がありません。これはつまり、早く発見しようが後から発見しようが、治療効果は同じという事を表しています。ですからこの場合、検診は無効なのです。

では、検診が有効な場合とはどのようなものでしょう。それは、下のようなケースです。

有効検診

右側を御覧ください。通常発見の時よりも、更に死期が延びています。つまり、症状が出てから発見・治療をおこなう場合よりもまだ長く延命出来る時に、検診が有効だったと評価出来る訳なのです。
もちろんこの他にも、通常発見であれば死期を数年延ばすはずだったものが、早期発見なら、治す所まで持っていける、というような場合にも、検診が有効だったと言えるでしょう。むしろ、巷で言う早期発見・早期治療とは、それを目指しているとも看做せます。

生存割合

ここでやっと、冒頭で挙げた例、つまり、

検診をおこなった人々の 5 年生存率は◯◯で、おこなわなかった人々の生存率は△△%でした。このように、がんは早期発見が大切です。忘れずがん検診に行きましょう。

このような主張の検討に入ります。

まず、生存率とは何でしょうか。それは、

病気と診断された人の内、特定の期間内にその病気で死亡しなかった人の割合

です。たとえば、胃がんに罹った人が 10 人いるとしましょう。その人達を一定期間追跡して、最終時点で 4 人が死亡し、6 人が死亡しなかったとしたら、その生き残った人の割合は、6 / 10 = 0.6 となります。それが生存率です。
ここで、当該尺度が割合である事から、表記も生存割合とします。注意した方が良いのは、同じ意味であっても、解説するテキストによって、割合の両方の表現が用いられる事です。ですので、文献を調べる際には、違う言葉のようだが同じものを指しているのか、という所を、きちんと確認しておきましょう。

ところで、最初の例は、5 年生存率でした。したがって、生存割合の特定の期間を 5 年として計算します。

また、生存割合は、いわば生き残った割合ですが、当然それには、対となる、死亡した割合もあります。これを、致死割合(致死率)もしくは致命割合(致命率)と言います。生存割合と致死割合は、同じものを違う視点から表した尺度だと言えます。分子を生存した人か死亡した人かにして、分母はそのままなのですから。したがって、生存割合 + 致死割合 = 1 となります。
致死割合は、対象の病気の脅威の度合いを示す場合などに用いられます。たとえば、感染症などです。今の議論は、検診がどのくらい命を救うかを考えている訳なので、生存の割合に着目しているのです。

ここで重要な事ですが。
対象の内、死亡する人の割合の事を、死亡した人だからといって、死亡割合と表現してはなりません。後で出てきますが、これは、別の尺度を表す言葉です。

生存割合による比較

例では、

検診をおこなった人々の 5 年生存率は◯◯で、おこなわなかった人々の生存率は△△%でした。このように、がんは早期発見が大切です。忘れずがん検診に行きましょう。

こうなっていました。つまりこれは、検診した人とそうで無い人とで、

  • 検診した人の生存割合:◯◯%
  • 検診しなかった人の生存割合:△△%

この 2 つの生存割合を算出し、検診した側のそれが大きいので、検診が有効だと評価した、という事です。一見これは、尤もそうに見えます。しかしここに、落とし穴があるのです。

仮想の検診

ここで、議論を単純かつ明確にするために、一つの思考実験をおこないましょう。つまり、
全く同じ集団に対して、検診をおこなった場合とおこなわなかった場合が比較出来たとしたら
と考えるのです。先に、もし早期発見をしたらどうなるか、といった想定をしましたが、それを集団に対しておこなって見る訳です。

次に、仮想的な結果を設定しましょう。それは次のようです。

  • 検診(の後治療)した場合の生存割合:100 %
  • 検診しなかった場合(症状が出てから治療)の生存割合:0 %

少々極端ですが、敢えて極端な設定をおこなう事によって見通しがよくなる場合がありますので、了承ください。
なおこの場合、検診をおこなった場合も、有症状での場合も、全ての人が がんに罹っており、それが必ず見つかるとします。

さて、今の例、生存割合が、100 %と 0 %です。どう見ても、検診をした方が良さそうに見えます、が。

リードタイム

生存割合は、一定期間内での、生き残った人の割合でした。期間なので当然、始点終点があります。終点はもちろん、(5 年生存割合であれば)始点から 5 年後となります。では、始点はどの時点でしょうか。それは、

診断時もしくは治療時

です。出来れば、病気の発生時点からの期間を知りたいのですが、当然、それは不可能です。また、症状が出た時点とすると、その自覚のしかたは まちまちですし、記憶も正確とは限りません。何より、検診で見つかるという事は、症状が出る前なのですから、比較が出来ません。ですから、記録もきちんと残る、診断時や治療時が始点とされる訳です。そして追跡する期間は、治ったという事の確認の目安として、5 年や 10 年が設定されます。
この事を頭に入れて、話を進めましょう。

今考えているのは、全く同じ集団に対して、検診をおこなった場合とそうで無い場合の 5 年生存割合を比較する、というものです。そしてその数値は、100 %と 0 %だったのでした。
ここで、情報を追加しましょう。今見ている集団は、症状が出てから受診した場合、全員が

86 歳で症状が出て治療し、90 歳で死亡する

とします。
そうすると、検診を受けなかった場合、つまり通常の、症状が出てから治療を受けた場合は、全員が 4 年間しか生きられないのですから、5 年生存割合は、当然ゼロになります。これが、検診しない場合は 0 %であるという事の、もう少し詳しい中身です。

次に、検診を受けた場合です。
全員が検診を受けた所、通常の発見よりも 2 年早く発見出来た、とします。そして、検診を受けなかった場合と同じく、90 歳で死ぬ事とします。
そうすると、86 歳で発覚するはずだった病気が、84 歳で見つかります。その後 90 歳で死ぬので、全員、5 年と少し生きられます。という事は、検診した全員が 5 年間生きられる。つまり、5 年生存割合は 100 %です。

ここで、先ほどの仮定をもう一度見てみましょう。検診を受けた人は、検診を受けなかった場合と同じく、90 歳で死ぬ、です。これは、検診を受けた場合と受けない場合とで、延命の度合いが全く一緒である、つまり、検診は無効であるのを意味します。上の方の画像を再掲しましょう。

無効検診

このように、早期発見をしても延命効果は変わらなかったにも拘らず、生存割合という尺度は、全く異なっています。
既にお気付きの方もあると思いますが、このカラクリは、次のようです。

まず、通常発見時の流れを図示します。

通常発見集団

簡単のため、全員が同じ経過を辿るとしています。
この画像を見ると、5 年の幅が、診断時から死亡までのそれより広くなっています。つまり、5 年生きられないのを表しています。
次は、早期発見の場合です。

早期発見集団

この場合、スクリーニング(病気がありそうな人のふるい分け)→病気の確定 という流れ、つまり検診によって病気が早く発見され、それから死亡までの幅が、5 年よりも広くなっています。

それでは、この 2 つを重ねてみましょう。

リードタイム

灰色の丸は、症状が出てから発見されるはずだったタイミングです。そして、そこから早期発見時の分、生存割合算出の始点が早まります。この、早まった期間の事を、リードタイムと言います。

通常発見時と検診時とで、延命効果が変わらない、つまり、死亡時期は同じなので検診は無効であるのに、生存割合は変化する。このカラクリは、

早期発見によって見かけ上の生存期間(診断もしくは治療から死亡まで)が延び、その結果、定められた期間以上生存する割合が大きくなった

という事だったのです。

最初に、5 年生存割合が 0 % と 100 %なのだから、後者の数値を出した検診は有効なのか、と書きましたが、そのような見方は、単なる集団が診断時または治療時から特定の期間生存する事の尺度であるものを、延命効果の尺度であるかのように扱ってしまった事による誤りです。このように、検診でリードタイムが発生し、それによる見かけ上の生存期間(と、それの集積の指標としての生存割合)の向上を延命効果の改善のように見てしまう事を、リードタイムバイアスと言います。バイアスとは、調べた数値なりが、ほんとうの値から一方向にズレてしまうような見方、つまり偏りの事です。医学のみならず科学では、この考え方を念頭に置く必要があります。

今は、同じ集団で検診をおこなった場合とおこなわなかった場合とで比較出来たら、という仮想的な話でしたが、実際には、検診を受けた集団と受けなかった別の集団との比較となります。その場合に、リードタイムバイアスを除いて評価するには、検診した集団のリードタイムを加えた期間の生存割合を出したりといった方法があります。また、比較の尺度自体を別のものとする場合もあります。それは後ほど出てきます。

先にも書いたように、実際には、病気が発生してから死亡までの期間を比較出来れば、正しく検診の効果を評価出来ますが、もちろん、そんな事は出来ません。病気の種類や進行度合いなどから逆算して、当たりをつける事はある程度可能かも知れませんが、それは一律のものではありませんので、正確な所を知るのは困難です。したがって、期間がはっきりと解るように、診断時や治療時から、死亡などの帰結までの期間を見る訳です。ところが、そこにリードタイムによるバイアスがかかる余地があるのがむつかしい所なのです。

ところで、リードタイムが発生する事の別の表現として、ゼロタイム・シフトというものもあります。ゼロタイム、すなわち、生存期間計算の始点が、早い方(早くて診断可能直後→遅くて症状出現直前)に移動する、という事で、直観的にはこちらの方がピンときやすいかも知れません。

中編へ続く