過剰診断・スクリーニング効果・前倒し

この種の議論は、まず用語の指し示す意味内容について了解を取っておかないと、全く噛み合わないものとなる虞があります。

整理しておきましょう。整理する際に有効なのは、専門用語を使わずに概念的な理解を優先する事です。

まず、興味を持った特定の病気、という対象があります。それを、症状が出ない内に検査して、病気を有しているかどうかを判断します。これが大前提です。

次に、対象の病気について、

  • 生きている内に、その病気による症状が出る
  • 死ぬまで、その病気による症状が出ない

という可能性があります。後者は言い換えると、その病気による症状が出る前に、別の原因で死ぬと表現出来ます。ある種の がんなどは、死んだ後に発見される場合があります。死後の解剖でその病気が発見されたが、生前、それによる症状で受診したという記録が無ければ、その病気による症状が出る前に死んだあるいは、死ぬまでにその病気による症状が出なかったと推察されます。

ここまでを踏まえると、症状が出る前に病気が発見される事には、

  • その病気による症状が出るはずのものを、症状が出る前に発見出来た
  • その病気による症状が出る前に死ぬはずものを、検査により発見した

この二種類がある、と考えられます。
ここで重要なのは、このどちらかであるかは、発見した時点では判らないという事です。何故なら、症状が出るかどうかは、その人が病気に罹った年齢や、罹る病気の種類、他の病気への罹りかた、などの条件が絡み合っていて、現代の科学では、それを完全に予測する事が出来ないからです(研究が進んで、予測の性能が上がる事はあっても)。

これで準備が整ったので、用語を導入します。

ある病気を、症状が出る前に発見する事を、早期発見と言います。
注意してください。今考えている早期発見というのは、

  • 症状が軽い内に発見した
  • 病気の進行が早い内に発見した

というような意味では無いという事に。要するに、ここで言う早期とは、症状発現前であって、病気の進行度が初期というのでは無いのです。だから、進行したものであっても、症状が出ていないものを検査で発見したのであれば、早期発見と呼ばれ得る訳です。もちろん、それが、病気の進行の度合いの話と紛らわしいと考えるのであれば、別の表現を検討しても良いと思います(私は紛らわしいと感ずるので、何か他に無いかと思案しています)。

病気を早期発見しました。その発見は、先に見たように、

  • その病気による症状が出るはずのものを、症状が出る前に発見出来た
  • その病気による症状が出る前に死ぬはずものを、検査により発見した

このどちらかでしかありません。この内の後者を、過剰診断と呼びます。過剰診断の診断とは、病気を持っていると診断する事。言い換えれば、発見です。ですから、がんの場合などでは、過剰発見とした方が、意味は取りやすいかも知れません*1。私はこういう事情を踏まえ、がんについての議論では、余剰発見と表現する事があります。

次に前者です。これは、症状が出るはずのものですから、いずれ症状が出て発見されるような病気です。ですから、それを早期発見(症状発現前発見)したという事は、発見が前倒しされたと考えられる訳です。従って、これを前倒し効果と表現する人もいます。ただし、早期発見や過剰診断は専門用語として見かける場合がありますが、私の知る限りでは、早期発見の内、症状が出るはずだったものに対して用語が充てられているのは、疫学の教科書では見た事はありません。概念を整理するための便宜的表現と言った方が良いかも知れません*2

これまでを整理すると、議論の対象として、症状発現前に発見するという事があり、それは、症状が出るはずだったものとそうで無かったものとに分かれる、つまり、

早期発見─┬─発見の前倒し
          └─過剰診断

このような関係・分類になっている、と言えるでしょう。

ところで、議論の前提は、

症状が出ない内に検査して、病気を有しているかどうか

を判断する事、でした。これにも用語を充てます。このような事を、検診と言います。
検診は、症状が出ない内に発見しようとする事であるのを、押さえておきましょう。つまり、

検診による早期発見には、発見の前倒し過剰診断がある

という事です。

議論を整理するには、これらの意味的・概念的関係を理解しておけば充分です。この後に重要なのは、

議論に参加する論者が、どの概念にどの語を充てているか

を理解しておく事です。
たとえば、今考えている前倒し過剰診断を併せてスクリーニング効果と呼ぶ人がいます。いっぽう、前倒しのみをスクリーニング効果と呼ぶ向きもあります。後者は、発見の前倒しとスクリーニング効果が同義ですし、前者は、早期発見とスクリーニング効果を同義に扱っています(上での整理を思い出してください)。スクリーニングというのは、検診とほぼ*3同義なので、語義からすれば、前者が整合的と思いますが、結局それは、早期発見を言い換えているのと同じなので、私は今は、スクリーニング効果という語を用いる事はありません。

ここまで見てきて、ある程度、概念や用語の整理は出来たのではないでしょうか。
この議論で難しいのは、それぞれの用語が、必ずしも厳密に定義されたものでは無く、専門家同士でも異なった意味で使用される場合がある、という所です。まして、専門家だけでは無く、非専門家も強い関心を持っているトピックです。
ですから、この語はこう使おう、とカッチリ定義しようとするよりは、まず概念的な理解を優先して、それに充てる用語は、それぞれの文脈、議論の場に応じて了解を取り、暫定的に定義しておく、としておいた方が、実際的な情況に合っていると思われます。

*1:高血圧などは、血圧計の数値を分類するので、発見という表現がそぐわないかも知れないです

*2:私が参照した教科書では、スクリーニングは大体載っていましたが、早期発見や過剰診断が用語としてきちんと紹介されているものは、稀でした

*3:検診を、一次検診→二次検診→n 次検診……→確定診断 という段階に分け、確定診断以前を特にスクリーニングと呼ぶ場合もある