NATROMさん経由で、「原因と結果」の経済学―――データから真実を見抜く思考法に、次のような記述があるのを知りました(強調やリンクは参照サイトのまま)。
、「がん検診」などのように、特定の病気についての検査を行う検診には、寿命を延ばす因果効果があると確認されているものが多い。乳がん、大腸がん、子宮頸がんなどの検診には、生存率を上げるエビデンスがある。各がんに関するエビデンスの詳細に関しては、国立がん研究センターの「科学的根拠に基づくがん検診推進のページ」などを参照してほしい。
※NATROMさんによれば、当該書籍に記載されていたという事ですが、同著者が同じような主張をおこなっているので、関連するWEBページにリンクして、その中の文について検討します
これは要するに、がん検診のいくつかには、寿命を延ばす効果が確認されていて、その証拠として、生存率を上げるエビデンスを挙げている、という事です。しかし、端的に言って、この記述は誤っています。
検診というのは、病気を症状が出る前に発見する事です。それにより早めの処置をおこないたい訳ですね。これを、二次予防と言います。
生存率(生存割合)とは、その病気が見つかった人の内、○年間で死ななかった人の割合を指します。がんですと、5年生存や10年生存の割合が用いられます。5年生存割合が50%だった、とすれば、それは、病気発見時から5年間で半分の人が亡くなり、半分の人が生きた、という事を意味します。*1
それで、引用した文では、がん検診の効果の根拠を、生存割合の向上に求めているのですが、実は、検診の効果は、一般に、生存割合で測ってはなりません。
生存割合は、発見時をスタートとします。病気になった時点ではありません(それを完全に知るのは不可能なので)。ですから、
- 検診を受けて見つかった人:症状が発現する前
- 徴候や症状に気づき、受診して見つかった人:症状が発現した後
期間を計算するスタート時点が、このように違ってくるのです。これは、もし、
検診によって寿命が延びなかった
としても、生存期間は延びる可能性があるのを示唆します。
たとえば、症状が見つかってから亡くなるまでに4年かかる人がいるとして、その人が検診を受けたとしたら、症状が見つかる1年前に発見出来たとします。ですが、検診は寿命を延ばさないとしましょう。
そうすると、検診を受けたとしても寿命は延びないので、生存期間は、早く見つかった分の1年+症状発現からの生存期間4年 となり、検診で見つかってから死亡するまでという意味での生存期間は、5年に達する事になります。これは、指標としての生存割合を高くするのを意味します。すなわち、
検診が寿命を延ばさなくても、指標としての生存割合は向上する
という事です。ですから、検診による延命効果を測る指標としては、生存割合はそぐわないのです。
このように、指標計算のスタート時点が検診によって早まる事を、ゼロタイム・シフトと言います。そして、発見が早まる事によって得られた、発見時から症状発現するはずだった時点、までの期間の事をリードタイムと言い、リードタイムによって、結果に偏りが生ずる事を、リードタイム・バイアスと呼びます。
リードタイム・バイアスについては、以前このブログで解説しましたので、より詳しく知りたいかたは、下記リンク先を参照ください。
ここまで説明した理由で、がん検診の延命効果の根拠として生存割合を持ち出すのは誤りである、という事が理解頂けたと思います。
ところで、言及先の記事では、
。各がんに関するエビデンスの詳細に関しては、国立がん研究センターの「科学的根拠に基づくがん検診推進のページ」などを参照してほしい。
と、科学的根拠に基づくがん検診推進のページにリンクが張られています。実際、当該サイトは、がん検診について勉強するために、まず参照しておくべき所です。
それで、実は、そのサイトの中に、次のような解説ページがあります(強調引用者)。
「生存率」を用いて、がん検診の評価を行うことがありますが、この場合もがん検診特有のバイアスが紛れ込む可能性があります。バイアスとは偏りのことで、真の状況からはかけ離れた状態を示すものです。生存率の評価にはリードタイム・バイアスやレングス・バイアスが紛れ込みます。リードタイム・バイアスは、がんの成長や進展に関与するもので、検診によって発見された患者は有症状のために外来を受診した患者に比べ、がん発見が早いことから、見かけ上生存率が増加することで生じます。(図1)。
つまり、がん検診の効果の根拠として生存割合を持ち出す記事中で参考サイトとして挙げられているまさにその先で、生存率(生存割合)では駄目と注意されている訳です。*2
言及サイトにあるように、がん検診のいくつかについて(多い
と表現して良いかは疑問ですが)、寿命を延ばす効果が確認されています。けれど、その根拠として生存率(生存割合)を持ってくるべきではありません(※実際は、RCTをおこなって得られた死亡割合――専ら、疾患特異的死亡の割合――を指標とする)。これは、検診の説明に紙面を割いている疫学の教科書でも注意されている事なので、気をつけて見ておきましょう。