過剰診断(余剰発見)の意味と、その「数えかた」【前編】

はじめに

甲状腺がん検診でよく取り沙汰される過剰診断ですが、議論している人たちのあいだで、必ずしもその意味合いがよく理解され諒解されている、とは言い難いようです。語の意味合いが人によって異なっていれば、やり取りが噛み合うはずもありません。
また、意味合いは解るが、それをどのようにして調べるのかといった所について、ピンとこないかたもあるでしょう。いったいそれは、どのようにして数えるのでしょうか。

そこで、本記事において、これらの事について解説を試みます。実りある議論をおこなうには、語の正確な理解と共有が必須です。記事がその助けになれば、幸いです。

過剰診断とは何か

定義

まず、話の中心である過剰診断の意味、つまり定義からです。ここでは、最近の専門的な議論で採用されている、ウェルチ(Welch)とブラック(Black)の定義を用います。

過剰診断
過剰診断とは、決して症状が出たり、そのために死んだりしない人を、病気であると診断することである

上記の強調部分は、ウェルチら『過剰診断』(P16)から引用したものです。これは、一般向けに過剰診断の問題を紹介する本に書かれた定義で、先に言及したWelchとBlackの定義は、次のようです。

academic.oup.com

Overdiagnosis is the term used when a condition is diagnosed that would otherwise not go on to cause symptoms or death

症状の出ない疾病

これらが示すのは、少し冗長に書くと、

その疾病による症状が出たり、その疾病によって死んだりしないのに、その疾病であると診断をする

このような意味合いです。通常は、何らかの疾病で死亡する前には、その疾病による症状が出るので、更にシンプルに表現すれば、

一生症状が出なかったはずの病気を診断する

事である、と言えます。これは見かたを変えると、

診断されなければ一生気付かれなかった

ような疾病を診断する、とも表現出来ます。また、日本における がん検診の研究者である久道茂氏は、著書『がん検診判断学』において、

もし検診を行わなければ臨床的に診断されなかっただろうがんを診断すること

と表現しています(P159)。ここで検診とは、症状が出ない内に疾病を発見する事を示し、また、臨床的に診断は、症状が出てから診断されるのを表しますから、やはりWelchらと同じ意味合いです。

誤診では無い

このように、過剰診断の語は、見つけなくても良い疾病を診断するのを意味するものです。だからover(過剰)diagnosis(診断)と表現される訳です。
これは、実際に疾病が存在するのが前提です。したがって、別の疾病と間違えたり、診断後に対象の疾病が無かった事が判明する、というような事を意味する誤診とは、全く異なるものです。

余剰発見

ところで、上で誤診の事を書きましたが、しばしば過剰診断は、診断の語が入っているからか、誤診などと間違われます。ですので私は、過剰診断の代わりに、

余剰発見

の語をよく用います。これは、overdiagnosisでは無くoverdetectionを訳したものです。日本語のテキストではあまり言及を見かけず、表現としては過剰検出などが用いられるようですが(参照⇒ 医学文献検索サービス -メディカルオンライン

)、私は、当事者にとっては見つけなくても良い余計なものを見つけたという意味合いを表現したいので、余剰発見を使っています。本記事では、以降、この語を用いる事とします。

overdetectionについて参照↓

How information about overdetection changes breast cancer screening decisions: a mediation analysis within a randomised controlled trial | BMJ Open

The term overdetection is increasingly accepted in the specific context of screening to distinguish it from overdiagnosis that occurs via other mechanisms, such as broadening disease definitions.

余剰発見の図示

ここまでは、言葉による説明をおこなったきましたが、これだけでは今ひとつピンとこないかたもあると思います。ここからは、図も用いて説明します。

疾病の自然史

まず、ある疾病について、手術などの処置を何もせずにいた場合の自然経過である、疾病の自然史(natural historyについて考えてみます。

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疾病の自然史

図中の各ポイントは、それぞれ次のような意味を持ちます。

  • 罹:疾病に罹患する
  • 症:疾病による症状が出る
  • 消:疾病が消退する

ある個人について考えます。
まず、対象の疾病に罹患します。次に、その疾病による症状が出ます。そして、いずれその疾病は消える(消退)事になります。ここで、がんのような致死的な疾病も含めて考えると、消退には、

  • その病気が治る
  • その病気によって死亡する

場合があると考えられます。風邪(かぜ症候群)などの急性疾患は通常は、罹患→鼻症状や咽頭症状→治癒による消退 というような経過を、生涯で何度も繰り返します。

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2通りの消退

原死は、その疾病によって死亡する(原病死)事を表しています。

また、がんには、腫瘤が縮小するような例がある事が知られています(自然退縮)。子どもが罹る神経芽腫神経芽細胞腫)などで、そのような例が観察されます。このような慢性疾患が、症状を呈さないまま消退するとすれば、次のように図示出来るでしょう。

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症状が出ずに消退(自然退縮など)

余剰発見

このような疾病の自然史を踏まえた上で、余剰発見について考えます。※症状が出てから見つけるのは、定義上余剰発見になり得ないので、検診:無症状の内に見つけるの事を考えます。

余剰発見とは、それによる症状が出ないような疾病を見つける(診断を下す)のを意味する語でした。そうすると、前節の最後に示した自然史(症状が出ないまま消退する)を持つような疾病を自然退縮の前に発見すれば、それは必ず余剰発見となります。

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症状の出ない疾病への余剰発見

は、疾病を発見するのを表しています。

次に、自然経過では症状が現れるはずのものを見つけた場合です。
この場合には、

  • 罹患から症状が出るまでの期間の長さ
  • 罹患する年齢
  • 他の原因で死ぬ可能性

これらの条件が関わってきます。

たとえば、罹患しても、ゆっくり成長して(進行が緩徐である)行き症状が出るまでに数十年かかる、というような疾病の性質の場合、それに罹るのが、ある程度若年であっても、他の原因(加齢によって罹る確率が高くなる、脳血管疾患や心血管疾患、他の致死的な がん腫)で死亡する可能性が高いため、対象の疾病の症状が出る前に他の原因で死亡する事となり、その疾病を見つければ、余剰発見が生じます。

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罹病期間が長い疾病の余剰発見

他死は、対象の疾病以外の他の原因による死亡を意味します。この図を見れば解るように、病気に罹ってから症状が出るまでの期間がとても長いため、検診する事で余剰発見を生じ得る期間も長くなります。

また、罹るのが90歳などであれば、もし対象の疾病がかなり速く悪くなって症状が出るようなものでも、ますます他の疾病や、老衰による死亡の可能性が高くなるため、症状が出る前に見つければ余剰発見となります。

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罹病期間が短い疾病の余剰発見(超高齢)

続けて、(それぞれのポイントまでの長さが)同じような自然史の疾病を考えます。もし、その疾病に罹るのが、他の疾病による死亡の確率が低いような、若い年齢であったとします。この場合に余剰発見は生じ得ないか、というと、そうではありません。
たとえば、非常に悪くなるのが速い疾病を、運良く症状が出る前に見つけられたとしても、数日後に交通事故や致死的な感染症の流行、食中毒、あるいは自然災害などが起きて死亡したとすれば、それは定義的には余剰発見です。

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罹病期間が短い疾病の余剰発見(若年)

このように、疾病の自然史における、罹患から症状が出るまでの期間が短いとしても、余剰発見は起こりえます。事故や災害なども考えるのか、と言われるかも知れませんが、事故でも災害でも、あるいは他の病気でも、それは確率的に生ずる事象であり、その起こりやすさが関係し合って、余剰発見かどうかが決まります。 これらを区別して論ずる必要はありません。
たとえば、自動車事故による死亡の可能性は、交通の発達した社会では一定の確率で生じますが、そもそも自動車が走っていないような地域では、そこに住む人が自動車事故死する確率は、極めて低くなると考えられます(何かの用事で他地域に移動する場合などに限定)。
また、他の疾病による死亡でも、感染症に対する公衆衛生上の対策が充実しているか、などのような条件が関わってくるでしょう。つまり、症状が出ずに消退するような疾病以外の余剰発見とは、

  • 疾病が見つけられるようになってから症状が出るまでの期間
  • 交通やインフラ整備等の社会的情況
  • 感染症対策等の公衆衛生的情況

これらの条件が複雑に絡み合った結果として成り立つ現象である、と考える事が出来ます。ここで肝腎なのは、

罹患から症状が出るまでの期間が短くても、余剰発見が起こらないとは言えない

事です。定義上はそうであるという所を、まず押さえておきます。※もちろん、罹患から症状が出るまでに、何らかの手段で見つける事が可能な必要はあります

これを押さえた上で、

疾病の自然史の内、罹患から症状が出るまでの期間が長いほど検診で発見しやすく、また加齢によって他の原因で死亡する確率が高まるので、検診によって余剰発見となる可能性は高くなる

という事は言えます。このような事情を念頭に置けば、余剰発見となりやすい疾病であるかを考える際には、

  • 罹っても、症状が出ずに自然退縮する
  • 罹ってから症状が出るまでに、長い期間がある

これらの性質を持っているものであるかどうか、が主に着目されます。

ここまでは、過剰診断(余剰発見)とはどのような意味合いの概念かを説明してきました。次回は、それが起こっている事をどのように確かめられるか、その程度を調べるにはどうすれば良いか、を解説します。

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