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子どもの頃の読書は人生に良い影響を及ぼすか

記事

朝日新聞デジタル:子ども時代に多読→人生ポジティブ 教育振興機構が調査 - 社会
※引用文の強調は引用者による
この記事では、

その結果、小学校入学前から中学時代までの読書量が多いグループの方が、少ないグループよりも、「自分のことが好き」「なんでも最後までやり遂げたい」「生活に満足している」といった前向きな意識を持つ傾向が強かった。

という事が紹介され、関係者の言葉が引かれている。

 機構の担当者は「子どもの頃の読書活動が、その後の人生に良い影響を及ぼしている。ぜひ親子や地域で本に親しむ機会を増やしてほしい」と話している。

この2つの引用文の主張は、似ているが微妙に異なる。前者は、小・中学生の時に読書量が多い方が、前向きな意識を持つ傾向にある、という事だが、後者は、子どもの頃に読書をする「事によって」人生に良い影響がある、と主張している。前者は「関連」があった事の指摘であり、後者は「因果関係」の示唆であると言える。

ポイント

記事によればこの調査は、

昨年2月にインターネットでアンケート。20〜60代の5258人の回答を分析した。

このような対象を調査したものであるという。気になるのが、インターネットでアンケート、という所。直感的にも、「ネットを使っていない人はどうなるのだろう」と思う人もいるだろう。
ここで、この種の調査で意識しておいた方が良いと思われるポイントを列挙する。

  • 誰について知りたいか。
  • 誰について調べたか。
  • 「調べられた」結果を「調べられなかった人」まで適用して良いか。
  • 質問は何だったか。
  • 相関関係等はどのような指標が用いられ評価されたか。
  • 調査者はどのように解釈を行い、どのような主張をしているか。
  • 調査者と、調査を紹介する記事等の意見にズレはないか。

以下、それぞれについて、調査資料を参照しながら検討する。
参考資料:子どもの読書活動の実態とその影響・効果に関する調査研究 報告書

誰について知りたいか

本調査によって調査された対象は、「成人」「青少年」である。本当に調べたいのは、成人全体、青少年全体、という事だろう。読書というのは一般的な習慣で、その生活に与える影響を知りたいという、普遍的な問いがあるだろうから、より広い範囲において見られる関係が知りたいのだと思われる。

誰について調べたか

朝日の記事で着目されているのは成人に対しての調査なので、ここでも言及はそれを対象とする。
「第1章 調査研究の概要」を見ると、次のように書かれている。

1. 調査対象者
20 代1,049 人、30 代1,056 人、40 代1,051 人、50 代1,053 人、60 代1,049 人、計5,258 人
2. 調査方法及び期間
ウェブアンケートによる質問調査を、平成24 年2 月に実施。

形式は質問調査。「知りたい」対象は成人全体だが、当然、その全体を調べ切るのはコスト的にも実際的では無いから、一部を調査対象者として採って調べる事になる。
20代から60代までの層から各1000人程度、合計で5000人程度が抽出されている。知りたい対象、すなわち成人全体を「母集団」と捉えれば、ここで抽出された5258人を、「標本」と表現する事が出来る。
調査方法はWeb上でのアンケートという事だが、具体的にどのような経緯で調査が実施されたかは、ここでは明らかで無い。ちなみに、青少年対象の方は、学校を通した郵送法留置による質問紙調査が行われたとの事である。一口にWeb調査と言っても、どのようなWebサイトで行ったか、どのようなアナウンスがなされたか、等によってだいぶ事情は異なってくると考えられる。

「調べられた」結果を「調べられなかった人」まで適用して良いか。

一般に標本調査においては、知りたい全体(母集団)から一部(標本)を「ランダム」に抽出する事が重要とされる。ここでランダムとは、母集団に属する要素一つ一つが採られる確率が等しくなるようにして標本(要素の集まり)を抽出する、あるいは、年齢や地域等を層に分けたり多段階の抽出を(確率的に)実行する事を意味する。それによって、標本が母集団を代表する事が、確率論的に支持され、誤差を上手く見積もる事が出来る。そのような操作が行われない場合、標本から得られた結果を母集団に一般化するのには、極めて慎重になる必要がある。
本調査はWeb上でのアンケートという事で、いわゆる無作為抽出が行われた形跡は無い。この場合、知りたい対象、つまり成人全体、という集団に対し、知る事の出来た対象は、「Web上でのアンケートに答えられる環境にある者」の割合がより大きい、等のズレが生じている可能性がある。このようなズレをバイアス(偏り)と言う。たとえば、全年齢層の人々の意見を知りたいのに、知る事が出来たのが20代の人の意見だけ、だったとする。それが、知りたい対象の意見を代表する集団になっていないのではないか、というのは直感的に気づきやすいだろう。
Webアンケート等には一般にこのような偏りが起こりやすいと考えられる。社会科学領域においては、そのようにして得られたデータからどのように妥当な一般化が可能か、という事も追究されているようであるが*1、いずれにしても、そういったアンケートの結果をすぐに知りたい対象全体に適用するのは危険だ、というのは念頭に置いておきたい。
少なくとも本調査の関係資料には、その辺りがどのように考慮されているかは明記されていないようである。その事を鑑みれば、この調査結果をもって、「成人全体」の傾向についてものを言うのは早計であるかも知れない*2

質問は何だったか。尺度の問題

調査において、「何を質問したか」は重要だ。どのような言葉を用いたか、どのような順番で質問したか、等によって、答え方にも微妙な違いが出てくるだろう。このような言葉の選択の仕方を、社会調査等ではワーディングと呼ぶ。
朝日記事によれば、

小学校入学前から中学時代までの読書量が多いグループの方が、少ないグループよりも、「自分のことが好き」「なんでも最後までやり遂げたい」「生活に満足している」といった前向きな意識を持つ傾向が強かった。

という事だが、ここで強調を施した部分が重要である。つまり、今関心があるのは、小中学生の頃の「読書量」と「前向きな意識」との関係であるが、その「読書量」「前向きな意識」が何によって「測られているか」を考えるのが重要という事。調査では、「前向きな意識」が、「自分のことが好き」「なんでも最後までやり遂げたい」「生活に満足している」等によって測られている事がうかがえる。ここで資料を見てみよう。
まず、今関心を持っている部分に対応するのがどこかと言うと、「調査結果3」(調査結果PDFの9ページ ※ページ数は、文中に表示されているものを示す)にある、

子どもの頃に読書活動が多い成人ほど、「未来志向」、「社会性」、「自己肯定」、「意欲・関心」、「文化的作法・教養」、「市民性」のすべてにおいて、現在の意識・能力が高い。
特に、就学前から小学校低学年までの読書活動と、成人の「文化的作法・教養」との関係が強い。
子どもの頃の読書活動と体験活動の両方が多い成人ほど、現在の意識・能力が高い。

この部分だと思われる。ここでは、「子どもの頃に読書活動が多い」事と、色々な要因との関係が言われているが、今関心を持っている部分はその中の、「自己肯定」の所だろう。では、具体的な質問を見てみる。調査票のPDF(P170)
を見ると、

あなたご自身のことについて伺います
Q30.あなたは次のことについて自分にどのくらい当てはまると思いますか

となっていて質問が並んでいる。資料のP11によれば、その質問の内、

・自分のことが好きである
・家族を大切にできる人間だと思う
・通っていた(いる)学校が好きであった(ある)
・毎日の生活に満足している
・自分の人生を主体的に送っている
・自分の好きなことがやれていると思える

この6つが、「自己肯定」を調べたものとの事。回答は5つ。「とても当てはまる」から「まったく当てはまらない」までの段階。こういう方法を5件法と言う。
ここでポイントは、このような質問項目によって「自己肯定」というものが上手く測れているか、という所。つまり、それら質問が、自己肯定という概念を測る「尺度」として妥当か。心理学においては、きちんとそれが確かめられるかという事がテストされ、尺度として適切かどうか評価され用いられる。研究会の座長が心理学者の秋田喜代美であるので、そこら辺は考えられていそうであるが*3、現在公開されている資料からは特に詳しい事は解らない。
そして、この「自己肯定」と関連があるとされる「子どもの頃に読書活動が多い」だが、調査票を見ると、P166のQ20と、P168のQ27にそれらしきものがある。Q20は、縦に年代が並んでいて、横に読んだ量が並んでいるけれども、横に並んでいる回答が、「とてもよく読んだ」から「ほとんど読まなかった」の5件法となっている。
Q27の方は、縦に「読書活動」が並んでいて、横に、時期と、「読書活動」に対応する量が並んでいる。こちらは3件法。
資料には子どもの頃の「読書活動」とあるから、Q27の回答と、先に挙げた「自己肯定」の回答の傾向に関連があると言っているのだと思われるが、よく解らない。「家族から昔話を聞いたこと」を「読書活動」概念に含めていいのかな、というのは素朴な疑問。
それから、その量の程度が、「何度もある」「少しある」「ほとんどない」という回答によって評価されている所が気になる。Q20の、本を読んだ量にしても、冊数で無くて、主観的な「とてもよく読んだ」のようなものとなっている。冊数であるなら、それは数値として、「A氏の4冊はB氏の2冊の2倍である」とか、「C氏は0冊だから全く読まなかった」等の評価が出来るが、「とてもよく読んだ」といったものだと、たとえば、「A氏の“とてもよく読んだ”>B氏の“よく読んだ”」と言えるような保証は無い。この辺りがどのように考えられているかを見るのは重要かも知れない。

相関関係等はどのような指標が用いられ評価されたか

資料では、相関係数を算出した事が書かれている。資料のP12には、

子どもの頃の読書活動と現在の意識・能力の関係をみるため、それぞれの質問項目同士(子どもの頃の読書活動30 設問×現在の意識・能力33 設問=990 組)の相関係数を算出した。その結果、相関係数が0.2 以上だった組み合わせを示す。

とある。また、脚注において、

※多寡の分類は、平均値及び標準偏差を算出し、「平均値+標準偏差の2 分の1」以上の者を「高得点群」、「平均-標準偏差の2 分の1」以下の者を「低得点群」、「高得点群」と「低得点群」の中間の者を「中得点群」に分類した。

とも書いてある。これだけだと、何をどのように算出したのかがちょっと解らない(「相関係数」にも複数ある)。それから、「読書活動」は30設問とあるが、これはどこだろう。
再び資料P9の表現に戻ると、読書活動が多いほど自己肯定も高い、と言っている訳だけれど、これはどの事を言っているのだろうか。自己肯定に含まれる項目と、読書活動の30設問で相関係数が高いものが沢山あった、という事だろうか。けれども、990組の相関係数からピックアップされているという、相関係数0.2以上のものを見ると、「自己肯定」が見られない。ピックアップしたのは一部という意味なのだろうか。あるいは、資料P10の一番上の図のように、子どもの頃の読書活動及び、自己肯定の回答をまとめて分類した帯グラフ3本の形状の事を言っているのだろうか。だとすると、そのような評価を行うのは妥当だろうか。たとえば、分類したものからも相関係数のようなものが算出出来るが(連関係数と言う)、そうしたのか。けれどそれは明記されていないし、それをした所で、母集団にすぐ一般化出来る訳では無い。
母集団の話を今出したが、資料には相関係数を990組分算出して、その内0.2を超えたものをピックアップしたと言っているけれども、その数値というのは、あくまで「得られたデータ」における相関係数である事に注意する必要がある。一部を採ってきて相関関係が見られたとしても、その集団を含む全体(母集団)においても同じような相関関係があるとはただちには言えない。気を遣って抽出した標本であっても、「相関関係がほとんど無い母集団から、たまたま相関係数が高くなる標本が抽出された」可能性があるからだ。また、そもそも「気が遣われていない」標本であるかも知れない、というのも、先にバイアスの所で説明した。一般化は注意深く行わなくてはならない。

調査者はどのように解釈を行い、どのような主張をしているか。

資料を見ると、「○○ほど△△が高い」とか、「関係が強い」のような表現が用いられている。関連の強さを示唆する表現はあるが(それが妥当かは措いておく)、因果関係にまで強く踏み込んだ主張は見られないようだ。
また、概要に注意書きとして、

(本報告書を読むにあたって)
ウェブアンケート調査の対象者はインターネット利用者に限られており、現在の20代から60 代の全ての成人を代表する回答とは異なる可能性がある。そのため、本書の集計結果を読む際は、本調査に限られた結果であるという点に留意する必要がある。

とある。つまり、先に書いたようなバイアスについて調査者は意識しているという事だ。であるから、最初の方で書いた、本調査結果から母集団にいかに一般化出来るか、という所については、さほど積極的に考慮はされていないと推察される。これらを鑑みると、調査者の主張は慎重であるし、過度の一般化をしないよう注意深く考えられている、と評価する事も出来る。
ただ、そうだとすると、じゃあそもそも何でそれを調べて、相関係数を出したりしたのか、という疑問は出てくる。先に、調べたい対象は成人全体であろう、と書いたけれども、実際に調べられたのは5000人程度で、しかも、一般化には留意を要する、と自ら言っているのである。では、この調査結果をもって何を言いたいのかと考えるのは当然と言える。

調査者と、調査を紹介する記事等の意見にズレはないか。

朝日記事には、

 機構の担当者は「子どもの頃の読書活動が、その後の人生に良い影響を及ぼしている。ぜひ親子や地域で本に親しむ機会を増やしてほしい」と話している。

とある。これは、明らかに因果関係についての言及であり、調べられた対象よりも大きな集合への言及である。「影響を及ぼしている」「増やしてほしい」と言うのは、「読書活動を増やせば、調査した対象では無い人でも、人生に良い影響が及ぼされる事が期待出来る。」という主張と同じなのだから。
けれど、先ほど書いたように、調査概要には、一般化は控えよ、とある。もしかすると、「機構の担当者」の勇み足なのかも知れないし、記事の要約で尾ひれがついてしまったのかも知れない。詳しい事は不明である。

まとめ

以上で大まかな考察を終わる。現段階では、公開されている資料は部分的なので、このくらいの解釈に留まっておくのが無難と思われる。
調査者の主張は、特に度を越したものでは無いように見えた。尺度の作り方や、それの性能の保証の程度、あるいは、相関係数の算出の仕方やその解釈等、色々と検討すべき部分があるだろう。
余談であるが重要な事として。たとえば、質問項目に、

・お盆やお彼岸にはお墓参りに行くべきだと思う
・日本の昔話を話すことができる
・ひな祭りや子どもの日、七夕、お月見などの年中行事が楽しみだ

このようなものがある。資料によればこれは、「文化的作法・教養」に属する項目との事である。この辺りはよく考える必要がある。と言うのは、そもそも「文化的作法・教養」が「高い事は望ましいのか」というような問いも立てられるからである。それは、文化的・社会的な認知や慣習、価値観等が深く関わる難しい問題だ。マスメディアの報道でこういった調査結果が紹介される時にしばしば、ここで挙げたようなものの点数が低い時に、それが好ましく無いように言われる場合がある。しかしながら、墓参りや七夕の祝い等を行うかどうかというのは、それぞれの家庭における慣習の問題であって、それをするから良い、とすぐに言えるような話では無いし、ポジティブ/ネガティブ な評価の問題は措いて、そのような項目の点数が高い事が「文化的作法・教養が高い」事を示すのか、という所も慎重に考えるべきである(先に挙げた尺度の問題でもある)。たとえば私で言えば、上の3つは全て当てはまらないし、その事で、「文化的作法・教養が低い」と評価されたとしても、余計なお世話だ、という感じである(本当を言えば、全く興味が無いから、そう評価されても一向に構わない)。同じような事は、「自己肯定」にも言えて、それが高い方が良いのか、高くなければならないのか、といった疑問が出せるだろう(家族を好きになれない人、大切に出来ない人だっている。そんな事は各家庭の事情によるし、それを今どのように自己の人生に位置付けるかは、人それぞれだ)。
当該記事及び調査に対しては、そんな事あるの?というような(ネガティブな)感想も見られたが、調査が適切であったかどうかは、調査者が何を言いたいか、言っているか、等も考慮して、実際の資料を参照しつつ検討していく事が重要だと考える。Webアンケートである事や、「実感」に合わないからといって直感的に反発するのは建設的では無い。

おまけ――マンガや雑誌は「本」に含まれない?

資料に、

本調査における「本」とは、マンガや雑誌を含みません。

とあって、私にはこれがさっぱり解りませんでした。いや、マンガとか雑誌なんて「本」とは言わないよ、というもの言いがある事はもちろん解っています。私が思うのは、社会調査においてそれを分離する事にどんな意味があるのか、という所が解らないて事で。
私なんか、若い頃は、「マンガと雑誌しか読まなかった(もちろん、文字通りに、他のものを読んだ事がゼロである、という意味では無いです)」ですからね。この調査で言えば私は、「本」はほとんど読まなかった事になる。いや、もしかすれば、それでいいじゃない、と思う人も結構いるかも知れないですが。

*1:だから、Webアンケートだから駄目だ、というのも早計かも知れず、どのように採ったか、どのようなものが採れたか、を細かく検討し、一般化の範囲を慎重に考えるのが重要と思われる

*2:後ほど再び触れる

*3:青少年調査の方のメンバーには、南風原朝和が名を連ねている。これは極めて重要な点――南風原氏が良質な心理統計学の本を執筆している著名な心理学者であるという意味で――である