新型コロナウイルス感染症検査(RT-PCR)の特異度とがん検診の検査の特異度

PCR検査の特異度が99%と考え、PCR検査の拡充に反対している医師達はがん検診には当然反対ですよね?

新型コロナウイルス感染症を発見するための検査(RT-PCR法)を評価する際に特異度を99%と設定する意見に対して、がん検診で用いられる検査の特異度を持ち出し、がん検診には当然反対ですよね?と疑問を投げかけています。もちろん、反対ですよね?とは、反対しなければ意見として整合しないだろうとの含みがあるのでしょう。

私は、そもそもPCR検査の拡充に反対拡充がどういう意味合いなのかを詰めて議論しないと噛み合わないだろう、などと思いますが、そこはひとまず措いて、ちょっと検討してみます。

まず、ここで比較されている検査は、それが用いられる意義が異なります。新型コロナウイルス感染症の検査は当然、

  • 感染を広めない
  • 感染を把握する
  • それらの結果として、重症化や死亡を減らす

これらを目指します。
いっぽう、がん検診における検査は、

  • 症状が出ない内に見つける事で、重症化や死亡を減らす

事が主な目的です。
各種検査はいずれも医療的な介入行為ですから、共通の目的として、重症化や死亡率低減があります。 ただし、新型コロナウイルス感染症へのRT-PCR検査の場合は、

  • 現在流行(パンデミック:世界的な大流行)中である感染症を対象にし
  • 感染制御をおこなう
  • それ自体が確定診断に用いられる(参照基準となる)検査である

これらの条件が加わってきます。がん検診と異なる重要の所は、感染制御目的の有無です。
感度や特異度の指標は、対象がどういう疾病か、誤陽性や誤陰性の害はどのようなもので、それが充分周知されるか、などの事情により異なってきますから、単に特異度だけ比較して、実施の正当さを云々する事自体、的を外した比較だと言えます。

先にも書いたように、がん検診の求める結果は、重症化や死亡を減らす事です。その評価は、可能であればRCTでもって検討されます。
評価指標は主に死亡割合や死亡率(の低減の程度)などで、具体的な効果の指標としては、NNIやNNS(招待した人や受診した人における、単位人数あたりに救命される人数)があります。それによって効果が確かめられたものが、社会的に推奨される訳です。

これは見かたを変えると、効果の確かめられない がん検診は推奨されないとも言えます。実際、日本で推奨されるのは5種の検診であり、それ以外は、自治体等でおこなわれる場合があっても、推奨されたものではありませんし、その事に注意喚起されたりもします。
つまり、がん検診の是非については既に議論されているし、今も議論される所なのです。

(先に少し触れていますが)ところで、引用したつぶやきで、各がん検診の特異度が示されていますが、これらは、一次検診の特異度で、その参照基準(検査の性能を測る基準)は、細胞診や病理組織検査の結果であるはずです。その意味でも、それ自体が現状での確定診断であり他の検査性能を測るものである新型コロナウイルス対象のRT-PCR法の性能、と単に比較するのは、あまりよろしく無いように思います。

とは言え、です。
私も、今の議論で、RT-PCR法の特異度の低さあるいは高く無さを強調して、その実施の是非(もちろん二値ではありません)を云々するものについては、首を傾げる場合があります。つまり、

特異度にばかり着目し過ぎ

ではないかと考える事もあります。
まず、完全に誤り無く判定出来る検査などというものは、仮想情況以外ではあり得ません。ですから、誤陽性にしろ誤陰性にしろ、それが起きにくくするように管理するのは当然として、

起きた場合にどうするか

をきちんと考えるべきであって、単なる数値としての高低にばかり着目すると、議論は進みません。いや、正確には、そもそも数値が高いか低いかは他の条件に依存すると言うほうが良いのかも知れません。カタログスペックはあくまで目安であって、それを実環境でどう用いるかは別でだ、というのはよくある事でしょう。

がん検診の場合、誤陽性の害は、罹患していない がんに罹っていると判定された際の心理的影響や、その後の精密検査等にかかる様々の負担です。これはとても重大な事ですが、その発生を考慮しても得られる効果が大きいと評価されるので、社会的に推奨されます。要するに、誤判定の害が許容されるのです。

であれば、新型コロナウイルス感染症についても、

誤陽性は許容され得るのか。されるとすればどの程度か

がきちんと議論される必要があるでしょう。そういう観点からは、RT-PCRの特異度は99%だから……との設定(この場合、参照基準は真の状態であり、正確な評価は不可能)から始め、誤陽性は全体でこのくらい出るから良くないと、いささか乱暴に話を進めるような意見は確かに見ます。このくらい出るからどう良くないのかを突き詰め、それが社会的に許容され得るのかの検討が足りない、という事です。

もちろん、その特異度の設定値は適切かの所も、きちんと考えるべきです。仮定する側は、その根拠が提示出来なくてはなりません。

先に、がん検診では、誤判定の害は許容した上で、死亡率低減等の効果を鑑みて社会的に推奨される、と書きましたが、しかし、がん検診においても、充分にその害の程度は社会的に周知されているか、個別の実施時にしっかり説明されるか、などの議論もある訳で(がん検診には、正判定の害もありますが、ここでは措きます)、感度や特異度などのややこしい尺度も含め諒解を得て周知するのは、それ自体がむつかしい話です。
しかも、新型コロナウイルスへのRT-PCR検査は、現在流行中の疾病が対象であり、その特徴の全体像が未だ把握されていない情況です。のんびりやる暇は無いが、かといって疎かには出来ない、という厳しい局面でしょう。

たとえば、RT-PCRで陽性判定(確定)された場合、それが誤陽性であれば、罹っていないのに罹患者と扱われるので、罹っていないにも拘らず入院や宿泊療養などの処置がおこなわれます。この事の害は相当のはずです。心理的負担は言うに及ばず、その処置自体が感染のリスクを上げる可能性もありますから、その見積もりと周知は重要です。当然これは、広く実施すべきと主張する側も、説明出来るべきでしょう(当然そちら側の主張は、特異度は1に近いと展開するでしょうけれど)。

まとめると、

  • それぞれ意義の異なる検査について、性能の一側面のみを比較するのは短絡
  • 上にも関連して、そもそも確定診断の検査性能と一次検診の検査性能との比較は的外れ
  • どんな検査にも誤判定はつきもの
  • 誤判定された場合の害の程度(個人・社会)の評価と、それが全体でどのくらい許容され得るかの細かな議論は必要

といった所かな、と思います。

統計学のエキスパートでも間違う例

確率・統計の基礎

確率・統計の基礎

↑この本を読んでいたら、次のような文章がありました(引用は、第1刷のP18・19から。以下、強調は引用者による)。

検査で陽性であった人が疾患を持つ条件付き確率 \rm \displaystyle{Pr(D|+)} を検査の感度(sensitivity)という.
検査で陰性だった人が疾患を持たない条件付き確率 \rm \displaystyle{Pr(N|-)} を検査の特異度(specificity)という.

最近の検査の議論に触れた人、あるいは、私の記事を読んでくださっているかたならば、上記引用文が明らかに間違っている事は、お解りですよね。

実際の感度は(言葉遣いは本書に合わせます)、

疾患を持つ人が陽性になる条件付き確率

です。つまり、\rm \displaystyle{Pr(+|D)}です(※Dは疾患あり。+は陽性)。

同様に、特異度は、

疾患を持たない人が陰性になる条件付き確率

であって、\rm \displaystyle{Pr(-|N)}です(※Nは疾患無し。-は陰性)。

そして、引用文で示している概念を指す用語はそれぞれ、

感度としているもの
陽性適中度(陽性予測値)
特異度としているもの
陰性適中度(陰性予測値)

上記のようです。

実は、このちょっと前に、

この疾患の有無を調べる検査での陽性を\rm \displaystyle{+},陰性を\rm \displaystyle{-}で表し,\rm \displaystyle{Pr(+|D)=0.8}\rm \displaystyle{Pr(+|N)=0.1}であるとする.

と書かれているのです。この\rm \displaystyle{Pr(+|D)=0.8}が感度そのものですね。ちなみに、\rm \displaystyle{Pr(+|N)=0.1}は、誤陽性割合(偽陽性割合)なる指標です。

ここで言及した箇所は、確率の基本的な計算、条件付き確率の所です。しかし説明として間違っています。

この話の教訓は、

統計学のエキスパートであっても、それを応用する分野の知識(あるいは記述)が正確とは限らない

という事でしょう(著者の岩崎氏は、紛れもなく統計学の超エキスパートです⇒岩崎 学 (Manabu Iwasaki) - マイポータル - researchmap)。ここで、条件付き確率等は、もちろん確率論・統計学の基本である概念ですが、感度や特異度は、診断学や疫学・公衆衛生学等で用いられるものです。引用書では後者の意味の説明を間違ってしまっている訳ですね。
これ、確率・統計を勉強しようとしているが診断方面の知識には疎い人、が読んだとすれば、そういうものか(定義はそうなのか)、と読んで、間違って覚えてしまいかねません。

読む際にも書く際にも、こういう事にはなるだけ気をつけたい所です。