「がんの経過観察」で過剰診断は防げない――図解・参考資料編

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概要

昨日の記事について、より直感的に理解出来るよう、図解をおこないます。

また、余剰発見(過剰診断)という概念について、甲状腺の専門家がどのように言及しているか、一例を引用します。

図解

簡潔に行きます。

※あくまで概念的な理解をたすけるための模式図ですので、簡略化しています。また、図形の面積比は、実際の構成比を表したものではありません。

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↑がんの全体です

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↑赤部分は、症状が発現する がんです。

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↑青部分は、他の原因で死ぬまで症状が発現しない がんです。

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↑合わせたものです。がんは、症状が発現するものとそうで無いものとに分けられます。

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↑このような がんに、検診を施します。

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↑検診が被さった部分が、検診によって見つかった がんを表しています。

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余剰発見(過剰診断)は、検診で見つかったものの内、実線で囲んだ所、つまり、

症状の発現しない がんを検診で見つけた

部分の事です。

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↑余剰発見を防止・抑制するという事は、いま示した、実線で囲まれた検診発見部分を狭める事です。

従って、

見つけてしまえば、見つかった部分を狭める事は不可能

と言えます。要するに、実線に囲まれた部分を狭めるには、

見つけないようにする

のが必要な訳です。極端に言うと、余剰発見をゼロにするには、検診を全くおこなわなければ良い、となります。

甲状腺の専門家の考え:参考資料

Thyroid Cancer Explore vol.2 no.1(2016

Thyroid Cancer Explore vol.2 no.1(2016

この本より引用します。記事は、甲状腺ガイドラインの改訂ポイントという、ディスカッション形式のものです。
参加者については、当該書出版社サイト内にある、下記 PDF 資料を参照ください。

www.m-review.co.jp

http://www.m-review.co.jp/files/tachiyomi_J0094_0201_0013-0023.pdf【PDF】

記事より、過剰診断と、それに関連する事について言及されている箇所を引用します。

杉谷 過剰な診断と治療が議論されているなかで,伊藤先生が提起された「診断しないこと」も問題点の1つです。同時に,「みつけないこと」もまた問題点であり,検診に対するコンセンサスが非常に重要となっています。ですので,甲状腺癌のガイドラインだけが1人歩きしてしまうことは避けなければなりませんね。

※引用者註 この部分は、貴田岡氏の発言

 超音波検査は結節性病変のスクリーニングにおける有効性に疑問の余地はなく,びまん性甲状腺疾患のスクリーニングにも有用です。その反面,治療対象とならない病変の発見率も高く,患者さんに過剰な精神的負担を与えてしまう弊害もあります。そこで必要なことは,精査が必要な患者さんを絞り込むために,超音波所見に基づく精査の基準を作ることです。

※この後に、吸引細胞診適応の判断の仕方について説明がなされている

貴田岡 もう1つのトピックスとして過剰診断が挙げられます。甲状腺癌はラテント癌として発見されることも多いですが,本邦での無症候性の甲状腺結節中における悪性の頻度は3.7~15.9%と報告されています。報告によって対象患者数が858~88,160例と大きな差があり,対象集団や検査方法も同一ではないという点には注意が必要ですが,超音波検査をしっかりと行えばある程度の頻度で無症候性の甲状腺癌が発見されると考えられます。

 そこで問題となるのが過剰診断で,たとえば高齢者で進行が遅く無症候性の甲状腺癌を早期に発見し治療したとしても,その治療は患者さんの寿命に影響しない,つまり過剰な治療が行われるという可能性があります。それを防ぐためにも,年齢別の解析やさらなるエビデンスの蓄積が必要です。社会的影響が大きいデータになると思われますので,しっかりとしたエビデンスの蓄積が望まれます。

伊藤 対照群との比較試験を組むことが難しいという問題はありますが,今後の研究が必要ですね。

杉谷 過剰診断については,日本でしか出てこないデータもありますし,非常に重要な課題だと思います。一方で,その社会的影響の大きさから,慎重に研究を行っていかなければなりません。

ここでは、余剰発見について、それほど突っ込んだ内容について議論されている訳ではありませんが、甲状腺がんの診療ガイドライン改訂のあり方について議論する文脈において余剰発見の話が出てきている、という意味で、一つの資料として紹介しました。

「がんの経過観察」で過剰診断は防げない――林衛氏の誤り

噛み合わない議論

福島県における甲状腺がん検診、特に、いわゆる過剰診断(以下、同様の概念を余剰発見と表現する)についての意見を見ていて、どうも噛み合っていないな、と思う事があります。それはどういう内容かと言うと、次のようです、

経過観察によって余剰発見が防げる

特に、林衛氏などが、twitter上でしばしばそのような論を主張しています。
具体的に、そのような主張がなされているものを拾ってみましょう(林氏以外のものも含めます)。※以下、強調部は引用者による

乳頭がんなら経過観察していけば「過剰診断」にはならない様に思えるのですが。

──────

低リスクと高リスクの二つの甲状腺がんがあって,両者を経過観察によって区別できるという知見からいえるのは,過剰診断の回避が可能だということですね。

これらの意見は要するに、

見つかった がんは、経過観察によって、危険度が高いものとそうで無いものとを区別出来る。従って、経過観察によって、危険度が低いがんであると判明すれば、それによって余剰発見が回避されたと言える

こういう主張です。林氏などは、このような論でもって、たとえばNATROM氏に対して、幾度も質問を投げかけています。以下のようです。

前向き疫学研究にもとづいた甲状腺ガイドラインによって過剰診断は回避できる、経過観察で進行する甲状腺がんだと確認できるとする甲状腺専門医の見解

甲状腺ガイドラインによって余剰発見が回避出来る、と認識しています。

──────

↑同じ質問を複数回おこない、催促しています。これらの質問は、

↑このような内容のつぶやきにリンクされており、そこで示されているのは、鈴木眞一氏の見解および、

↑このつぶやきです。ここからリンクが張られているのは、『医学のあゆみ』の“微小乳頭癌のリスクに応じた取扱い”という記事の要約で、それを紹介する際に、図の経過観察と手術適応の選択が示されています。と書いている事からも、林氏が、

ガイドラインに沿って経過観察すれば余剰発見は防げる

と認識していると読み取れます。

で、端的に言って、その主張は誤っています。

がんを分ける

ここで、見つかった がんを、いくつかの観点から分類します。まず、

  • 症状が出る がん
  • 症状が出ない がん

こう分けます。ここに、検診をおこなうという観点を加えます。すると、

  • 検診で見つかった がん
  • 検診で見つからなかった がん

このように分けられます。いま、検診で見つかった がんに着目します。そうすれば、

  • 症状が出る がんを見つけた
  • 症状が出ない がんを見つけた

こう分類されます。ところが、がんを見つけた時点では、その がんが症状を呈するものか、それとも、症状が出ずに他の原因で死ぬものなのか、区別出来ません。そこで、見つかった がんの大きさ、浸潤や転移の程度を観察して、経過観察するか、手術等の処置をおこなうかを検討します。その取扱いのフローを表現したものが、林氏が言及した記事に記載の画像です。

www.ishiyaku.co.jp

見つかった がん

ここで、林氏が紹介し、余剰発見を回避する根拠として挙げている図を、よく御覧ください。そのキャプションには、

3種類の微小乳頭癌(PMC)に対するリスクに応じた取扱い

と書いてあります。フローチャートの出発点は、PMCすなわち、微小乳頭癌です。要するにこれは、

見つかった がんに対するチャート

です。前節で、検診で見つかった がんに着目する、と書いたのは、それを踏まえての事です。よく押さえておいてください。

余剰発見(過剰診断)の定義

ここで、議論の主題である、余剰発見あるいは過剰診断の定義をおさらいしておきます。

過剰診断: 健康診断があなたを病気にする (単行本)

過剰診断: 健康診断があなたを病気にする (単行本)

過剰診断という言葉は、単なる診断のしすぎのことではない。過剰診断とは厳密に言うと、「決して症状が出たり、そのために死んだりしない人を、病気であると診断すること」だ。

↑P16より

がん検診判断学

がん検診判断学

 過剰診断とは、一般に「もし検診を行わなければ臨床的に診断されなかっただろうがんを診断すること」と定義されている。

↑P159より ※ここでの強調は原文通り

これらが定義です。しっかりと憶えておきましょう。

さて、林氏が論拠とするガイドラインの取扱いは、見つかった がんに対するものです。そして、見つかった がんは、前に書いたように、

  • 症状が出る がんを見つけた
  • 症状が出ない がんを見つけた

こう分けられるのでした。ガイドラインフローチャートは、これらの様子を観察して、低危険度かそうで無いかを見極め、処置をおこなうか経過観察するか判断する、というものです。

経過観察では防げない

いま、仮に、見つかった がんを、

ずっと経過観察した結果、がんによる症状が出る前に、他の原因で死亡した

としましょう。そうすれば、

余剰発見(過剰診断)防げた

と言えるでしょうか。

……

……

言えません。

余剰発見の定義を思い出してみてください。

過剰診断という言葉は、単なる診断のしすぎのことではない。過剰診断とは厳密に言うと、「決して症状が出たり、そのために死んだりしない人を、病気であると診断すること」だ。
 過剰診断とは、一般に「もし検診を行わなければ臨床的に診断されなかっただろうがんを診断すること」と定義されている。

こうです。短く言うと、

症状が出ない がんを見つける

という事です。そうです。これはまさに、検診で がんが見つかり、経過観察した結果の、

ずっと経過観察した結果、がんによる症状が出る前に、他の原因で死亡した

このケースそのものです。つまり、

個別の例で余剰発見が判明するケース

なのです。

おさらいすると、がんは、検診でそれを見つけた時点で、

  • 妥当な発見:症状が出る
  • 余剰発見:症状が出ない

のどちらかでしか無い訳です。そして、余剰発見を防ぐとは、

症状が出ない がんを見つけない

のを意味しますから、

見つかった がんをどう取り扱おうが、余剰発見は防げない

のです。

ですから、林氏の主張する、ガイドラインに従って経過観察をすれば余剰発見が防げるという論は、成り立たないと言えます。

2つの「経過観察」

実は、福島の甲状腺がん検診(正確には、福島県「県民健康調査」甲状腺検査)において経過観察というのは、これまで見てきたガイドラインにおける経過観察とは、別の意味を持っています。それは、次のようです。

県民健康調査の概要 - 福島県ホームページ

  A1、A2判定は次回の検査まで経過観察
  B、C判定は二次検査を実施。(A2の判定内容であっても、甲状腺の状態等から二次検査を要すると判断した方については、B判定としています。

つまり、福島の甲状腺がん検診における経過観察とは、一次検査である超音波検査の結果、A判定とされた人の一部に対し、二次検査(採血・尿検査、細胞診)をおこなわずに次回検査まで待つ、というのを意味します。
この意味における経過観察であれば、余剰発見を防ぐ事は、理論的に可能です。それは、がんであると判断しない事を意味し、症状が出ない がんを見つけない 可能性を持つからです。

経過観察をおこなっているから過剰診断は防げるであろう、と主張する人は、概ねは、こちらの意味で用いているようです。しかし中には、林氏のように、見つかった がんに対する経過観察と混同している人も見られます。これでは、議論が噛み合わなくても当然です。

概念と用語を共有する事

経過観察にしろ過剰診断にしろ、それらがどういう意味を持ち(持たされ)、どういう文脈で用いられているか、を把握し、互いに共有する事は、極めて重要です。それが無ければ、同じ言葉を使っているのに意味が異なっているので、話にならないのです。
過剰診断などは、未だに、偽陽性(私は《誤陽性》と表現します)誤診と混同する人がいます。先に過剰診断の定義を挙げましたが、これらとは、全然異なる概念を指す用語です。そこを踏まえなければ、まともな議論になどなり得ません。そこの所を常に念頭に置いて、論を組み立てる事が肝腎です。

参考資料

林氏が論拠とする、ガイドラインについて。

それは正確には、『甲状腺腫瘍診療ガイドライン』と言います。WEB上で参照出来ます。

がん診療ガイドライン│甲状腺腫瘍

ここで、甲状腺微小乳頭癌の経過観察について言及されているのは、CQ(クリニカル・クエスチョン)20です。引用します。

がん診療ガイドライン│甲状腺腫瘍│診療ガイドライン

甲状腺微小乳頭癌の発見は過去には,ラテント癌(甲状腺癌以外の原因による死亡者における剖検での発見,頻度は最大36%と報告されている),偶発癌(甲状腺良性疾患に対する手術検体の病理組織検査により発見,頻度は1. 3~22%と報告されている)およびオカルト癌(リンパ節転移や遠隔転移病変が先に発見され,後の精査により甲状腺内に微小な原発巣が発見されるもので稀)の場合に限られていた。しかし,最近の超音波検査などによる検診の普及と超音波ガイド下細胞診など診断技術の進歩により,臨床の場に供される微小癌の頻度が激増している。潜在微小癌の頻度が一般人口の10%以上あるのに対し,臨床癌の罹患率が0. 1%以下であること,乳頭癌の治療成績が一般に良好であることから,偶然発見された微小癌に対して,手術を行わずに経過観察する試みも行われている。

本項では甲状腺微小乳頭癌の治療成績および予後因子を検討するとともに,増加し続ける微小癌に対し,ただちに手術を行わずに経過観察するとしたらどのような症例が対象となり得るかについて検討した。なお,本項は「癌は小さくても切除すべき」という意見に反対するものではなく,微小癌に対し手術を行うことを否定するものでもない。

転移や浸潤の徴候のない微小乳頭癌に対する非手術経過観察は治療選択肢として妥当性があると考えられる。

このように、少なくともここで言及されているのは、見つかった がんに対して処置をするかどうか、という観点である事が解ります。