実態を知る事

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立命大生、1割が退学を視野に 休学は4分の1と見出しに入った記事。

ritsumeikanunivpress.com

共同通信記事が言及している、立命館大学新聞社による調査概要。それによると、

調査名|秋学期の授業に向けたアンケート
実施|立命館大学新聞社(文責:堀ノ内)
項目|①秋学期に希望する授業形態②休学・退学希望の有無
回答期間|2020年月8月5日(水)~8月18日(火)14日間
実施方法|Googleフォームを用いたインターネット調査(周知はURLをSNS等で共有)
対象|立命館大学 全学部生(32,243人/2020年5月データ)
有効回答数|1,414件(学生証番号上6桁が所属学部・学年と一致しないものを無効回答とした)

との事。とりわけ着目すべきは、

調べたい全体(目標母集団)
立命館大学 全学部生(32,243人/2020年5月データ)
有効回答
1,414件(学生証番号上6桁が所属学部・学年と一致しないものを無効回答とした)

この部分です。募集の方法が、Googleフォームを用いたインターネット調査(周知はURLをSNS等で共有)とありますが、この周知がどれほど行き渡ったかは不明。調査対象全員に、調査がある事と回答の方法が周知される事は、実現しにくいだろうとは思います(Webページを32,000人以上に漏れなく知らせるのが可能か)。
もしかしたら、32,243人というのが、学籍のある人の数では無く、周知出来た人数なのかも知れません。だとすると、全学部生との表記と合わないようにも思いますが、記事の内容だけでは、はっきりしません。

で、この調査は、確率抽出では無いと推察されます。調査の文脈で確率抽出したのであれば、その旨を明記するはずだからです(確率抽出が調査において重要と考えるなら、実施して知らせないのは不合理)。また、確率抽出であれば、調査対象者と有効回答数を、ちゃんと分けて書くでしょう。

踏まえると、そもそも確率標本では無い標本ですから、そこから得られた割合などの指標をもって、母集団(ここでは全学部生)について推測する事には、慎重になる必要があります。

これが、32,000人に調査を依頼して31,000人から回答を得られた、というような場合であれば、31,000人の回答から割合等を計算して、残り1,000人における値を色々動かしてみて推定する、というようなやりかたも出来ますが(感度分析的に)、実際には全体の5%にも満たない大きさです。回答を得ようとした全体の内で欠測値がほとんどであるため、そういった解析は難しいでしょう。

32,000人から回答を得ようとして1,400件しか有効回答が無かったのですから、割合等の尺度にはバイアスがかかっている事を、考慮すべきでしょう。つまり、回答した人と回答しなかった人で、その尺度に関わる部分に何らかの傾向の違いがあって、それが回答をするかしないかの行動の違いに影響を及ぼしている可能性。

たとえば、休学や退学を希望する人は、大学の現状がどうであるか、学生の窮状を知って欲しい、という気持ちがあるために、回答しやすいのかも知れません。あるいは、休学や退学を検討する人は、ある種の諦めのような感情を懐いていて、いまさらそんなアンケートに答えてもしょうが無い、と考えて、調査には協力しにくいのかも知れません。そういったバイアスが、実際にどのように働いているかを評価するのは、極めて難しいものです。したがって、この種の調査は、出来るだけ沢山の人に回答を依頼すれば良いというものではありません(確実に答えが得られる期待が出来るのならともかく)。

また、確率抽出された(少なくとも企図した)標本では無いため、そこから統計的推測をおこなう事が出来ません(確率標本は、統計的推測をおこなうための理論的前提)。標本割合から、母集団割合はこのくらいであろう、と考える事自体が無理な訳です。

このような事情があるために、当該調査の結果から、知りたい対象全体(母集団:学部生全体)における、退学や休学を希望あるいは検討している人の割合を示すには、(調査法的に)合理的な根拠を欠いていると言えます。

実際には、(標本における割合に較べて)学生全体ではもっと少ないかも知れないし、逆に、遥かに多いかも知れません。こういう調査は、現在の学生の実態を把握し周知して、それを元にした議論を促す、といった性質のものでしょう。にも拘らず、記事の題に掲載し、それが重要な意味を持つ量であるかのように示すのは、好ましい事では無いと考えます。

参考文献:

社会調査の基本

社会調査の基本

  • 発売日: 2011/03/18
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

直観的に思ったのは、30,000人以上に募集した割には、えらく有効回答が少ないな、という事。面接法などならともかく、Webのフォーム上での回答なのだから、もう少し多くの人が答えても良さそうなものではありますが。可能性としては、先に言及したように、周知された規模自体が小さかった可能性があります。知らなければ答えようがありませんからね。だとしたら、悉皆調査を目指してすらいなかったと言えます。それも含め、調査概要が要を得ていないと思いますね。もっと詳細な説明がどこかにあれば、教えてください。

陽性を陽性と判定。陰性を陰性と判定

題に書いたような表現、しないほうが良いですって。書いたり読んだりしていて、ややこしいと思いませんか? この言いかたは、

  • ある特徴を持っている
  • ある特徴を持っているだろうと判定する事

(例は陽性)これらの両方を同時に指す、という多義的表現になってしまっている訳です。しかるに、これら概念は、峻別されねばなりません。

ただでさえ、陽性と陰性は複数の用語に組み込まれている(真陽性・偽陽性・疑陽性・陽性的中度・陽性率)語なのに、更にその語自体を多義的にしてしまっては、ますますごちゃごちゃになります。

さて、ある特徴を持っている事を指すのに、陽性の代わりに使えるものには、

などがあります。疫学だと有病がポピュラーですが(罹患はまた意味が異なりますので、使いません*1)、現在の疫学では、必ずしも病気のみを対象として研究する訳ではありませんので、表現としては狭すぎます。ここを踏まえて、疫学者の木原らは、もっと一般的な表現として存在を用いています(有病率を存在率と表現する)。

私の場合は、存在の語だと、それ自体がヒトとは独立して在る、といった意味合いを想起しますので、あくまで、個体が何らかの属性・特性を有しているという意味を込めて、保有を使っています。

上記のように、私は、着目する特徴を有する事を、保有と書きます。そうすれば、

感度とは、保有者が陽性と判定される確率(割合)の事である

というように表現出来る訳です。これは、陽性者が陽性と判定される確率、と表現するよりはしっくり来ると思いますが、いかがでしょうか。

*1:いま実務的におこなわれているのは、数ヶ月間の累積罹患割合を保有割合と看做して評価するようなやりかたです。いくつかおこなわれた大規模の抗体検査は、保有割合調査と言えます――時点を切って評価する事は不可能なので、程度問題とも言えますが。