母数考
母集団の特性値という意味を表す場合には、母集団定数とでもし、もっと一般的な、確率分布の定数を表したい場合は、パラメタとカタカナ語で表す、というようなやり方が考えられる。
たとえば、母集団分布がベルヌイ分布であり、そこから標本を復元抽出した場合の成功数に着目すれば、成功数が従う確率分布は、ベルヌイ試行の成功確率と試行数(サンプルサイズ)をパラメタとした二項分布であるが、その二項分布は、母集団分布では無く標本分布である。だから、もはやそのパラメタを、母数と呼ぶ事は出来ない。そもそも母数とは、母集団の特性値の事を指すのであるから。ここに、用語と概念との捻れが生じている。テキストによっては、確率分布のかたちを決める定数一般を母数と説明するものもあるが、それだと、母とは一体どこから出てくるのだ、という疑問が呈されるだろう。
数少ない文献(私は数回しか見つけた事が無い)には、母数と訳されるところの英語が、population parameterと表記されていた。これならば、母集団が従う(と言うか、モデルとして想定する)確率分布のパラメタという事で、母集団パラメタなどと訳語を当てれば、それなりに整合性を保てる。押川・阪口『基礎 統計学』などは、これに近い使い方――母集団は、ある確率分布に従い、その分布のかたちを決めるパラメタの事を母数と言う、というような説明――をしているし、母集団パラメータなどでWEB検索をすると、いくつか用例が見つかる。
母数を、分数の分母の意味で用いる(サンプルサイズや母集団サイズの事)誤用というのは、数えきれないほど見かけるが、ある意味これは、間違えて当然ではないかと思うくらい、直観的に自然な解釈と言える。分数を知っている人と、母集団なる概念を知っている人のどちらが多いだろうか、という事に思いを馳せれば、まあそう考えてもしょうが無い、となる。何を隠そう、私自身が、しばらくそう認識していた一人なのである。
中には、分母と母数に対応させて、分子に当たる数を子数(シスウ?)と表現してあるのも見かけた。これを見た時には、ちょっと感心すらしたものである。用語の形式を揃えるという意味では、実に整合的な表現の仕方である。