【お勉強】スクリーニングの評価と3つのバイアス

整理がてら。
※以下、強調は引用者による

「早期発見効果」はあるかもしれませんし、ないかもしれません。臨床試験で検証してみないとわかりません。できればランダム化比較試験で。
http://twitter.com/NATROM/status/669059129030258688

リードタイムバイアス

 スクリーニングにより疾患の診断日が早まるので,スクリーニングの効果を測定するのは困難である.疾患ががんであるとする.がんの治療成功率は通常,診断後の生存期間や再発までの期間で測定する.もし早期治療が有効なら,生存期間や再発までの期間は延びると予想される.しかしスクリーニングを行うと,スクリーニングや早期治療が無意味な場合でも,生存期間や再発までの期間は延びる.これはスクリーニングにより診断時期が前に動くために,スクリーニングを行わなかった場合と比較して,疾患の自然経過における診断時期が早まるからである.スクリーニングを行った場合と行わなかった場合の診断日時の時間差は「リードタイム(lead time)」とよばれる.リードタイム自体は実際の利益を何ももたらさないため,診断後の生存期間に含めてはならない.これを含めると生存期間が誤って長くカウントされる「リードタイムバイアス(lead time bias)」という問題が生じる.リードタイムはスクリーニングを行った集団と,行わなかった似たような集団の疾患経過を比較することにより推定できる.

ロスマンの疫学―科学的思考への誘い

ロスマンの疫学―科学的思考への誘い

P333 より

早く見つける事が、(早期治療などに意味が無くとも)生存期間や、再発までの期間、を延ばすために、単純にそれらで評価すると、スクリーニングが有効であったかのように見えてしまう。

レングスバイアス

 スクリーニングの効果を測定するうえでのもう1つ障害となるのが,疾患の経過速度の自然変動に由来する「レングスバイアスのある標本抽出(length-biased sampling)」である.話を単純化するため,進行の早い乳がんと遅い乳がんの2種類があるとする.進行の早い乳がんにかかっている患者は,進行の遅い乳がん患者よりも予後が悪い.進行の早い乳がんでは前臨床段階から臨床段階へとすみやかに移行し,広がるのも早く,多くの患者が早くに死に至る.進行の遅い乳がんはより良性で,前臨床段階から臨床段階に進行するのに何カ月,何年もかかり,また進行も遅い.進行の遅い乳がん患者の予後は,進行の早い乳がん患者と比較して治療をしなくても良好であるが,治療をした場合はより効果がある可能性も高い.
 ある集団において,進行の遅い乳がんと進行の早い乳がんが同数発生したと仮定する.発生数が同数であるにもかかわらず,有病率は進行の遅い乳がんのほうが高くなる.なぜなら有病率は発生数と同時に罹病期間も反映するからである.したがって進行の遅い乳がんは各症例の疾病経過が長いため,前臨床段階の患者数は進行の遅い乳がんのほうが多い.そのためスクリーニング・プログラムで発見される患者数は,進行の遅い乳がんのほうが進行の早い乳がんよりも多い.乳がんの早期発見と治療に効果がない場合でも,レングスバイアスのある標本抽出のおかげで,スクリーニングで発見された患者のほうが,全患者の平均と比較して予後が良好となるだろう.なぜならスクリーニングでは予後のよい.進行の遅い乳がんを発見する率が高いからである.
ロスマンの疫学―科学的思考への誘い
P334−335 より

要するに、スクリーニングでは、良くなりやすい病気を発見しやすいという事。

予後選択バイアス

 リードタイムバイアスの他に,スクリーニングの有効性を測定するうえでの障害となるのは,スクリーニングを受けると決めた人の自己選択によるバイアスである.このバイアスは「予後選択バイアス(prognostic selection bias)」とよばれる.スクリーング・プログラムは自発的なものなので,スクリーニングの任意受診者はスクリーニングを受けることを拒否した者とさまざまな点で異なる.スクリーニング受診者は自分の健康への関心がより高く,健康を増進するための行動により熱心で,スクリーニングによるメリットがなくてもより良好な臨床的経過をたどる可能性が高い.
ロスマンの疫学―科学的思考への誘い
P334 より

自ら検査を受けたいと考える者は、より健康に気を使う傾向がある、というようなバイアス。
このような概念を表す用語として、予後選択バイアス志願者バイアス自己選択バイアスなどがある。予後選択バイアスというのは、日本語としてちょっと解りにくいように思える。希望者バイアス、などとすると解り良いかも知れない。

致命率と生存率

致命率の意味について詳しくは、死亡の指標とsivad氏の誤り - Interdisciplinary を参照の事

 長い臨床経過をたどる疾病については,致命率を測定する期間を特定することがより重要となる.より長期間にわたって測定される場合は,致命率という用語自体を用いないことが多い.そのかわりに,診断後5年間生存した者の割合を記述するために,「5年生存率(5-year survival rate)」などの用語を使用する.5年生存率とは,単に5年間の死亡割合の補数にすぎない.
ロスマンの疫学―科学的思考への誘い
P335-336 より

補数というのは、足すと桁が上がる数の内、最小のもの。今は、ある病気に罹った人が5年間で何人生きたか・死んだか という単純な割合で考えているので*1、全体が1だから、それぞれが互いの補数となる。

スクリーニング検査の有効性評価

 スクリーニング検査とは,外見上健康な集団を対象に,安全で簡便で迅速に実施できる検査を用いて,認識されていない疾病を発見することである(case finding).スクリーニングの結果,早期発見,早期治療が行われるために,生命予後に有効とされ広く実施されている.
 スクリーニング検査が有効であったかどうかを科学的に証明するためには,どうすればよのであろうか.それにはコントロール群を置いた無作為割付法による介入研究がなされねばならない.それは現実的には倫理上の問題があり完全に実施することは困難である.
 そこで観察法により比較を行うことになるが,その場合には次の3つのバイアスの存在を十分に考慮の上,有効性の判断がなされるべきである.その1は診断時期によるバイアス(lead-time bias)で,単に早期に発見されたということで有効とされていないか,その2は発病から死亡までの経過の長さによるバイアス(length bias)で,比較的進行のゆっくりした疾病が検診では発見されやすいということがある.その3は患者自身の選択によるバイアス(self-selection bias)で,早期発見を希望して集団健診に参加する者は,健全な生活を指向する傾向があり,予後的にもよいとのことなどである.

最新保健学―疫学・保健統計

最新保健学―疫学・保健統計

P114 より

5)スクリーニング検査の評価(広義*2)における注意点
 スクリーニング検査の評価において注意しなくてはならないのが,バイアス(情報の偏り)の問題である。このバイアスは一般的にスクリーニング検査を過大評価する方向(より役に立っていると判断する)に働く。
 今後は,これらの点も考慮し,さらにスクリーニング検査を評価する場合の指標に,疾病発見後の患者のQOL(quality of life:生活の質)も含めて検討する必要がある。「プラス・ワン」の3つのバイアス*3を考慮してスクリーニング検査の評価を行うには,対象者を無作為に検査を受ける群と受けない群に割り付け,それぞれの集団の死亡率などを観察する方法がある。

標準保健師講座〈別巻2〉疫学・保健統計 (Standard textbook)

標準保健師講座〈別巻2〉疫学・保健統計 (Standard textbook)

P57-58 より

これが、冒頭で引用したNATROMさんの発言についての疫学的な背景と、教科書的な説明。様々なバイアスが入り得るため、理想的にはRCTで行われるのが望ましいけれども、実際的には倫理的制限等があるために、観察研究に頼らざるを得ない場合が多い*4。その際には、ここで挙げたようなバイアスに注意する必要があるという事。

このバイアス(引用者註:上で紹介した予後選択バイアス)や,リードタイムバイアス,レングスバイアスのある標本抽出(次節参照)の影響を避ける方法の1つが,スクリーニング検査やスクリーニング・プログラムを無作為化試験で評価することである。しかし非実験的研究においては,これらのバイアスはスクリーニングの有効性の妥当な評価をするために,考慮すべき重要な問題である。
ロスマンの疫学―科学的思考への誘い
P334 より

*1:死亡割合の分母は、全死亡者数や、ある疾病についてのリスク集団の大きさ、だったりするので注意する。ここでは文脈より、致命率の測定年数を5年にした概念と考える

*2:引用者註:スクリーニング検査を用いた事業や活動の評価(広義;スクリーニングを導入し対象疾患の死亡率が低下したかなど) 引用書のP56 より

*3:このバイアスについては、【お勉強】リードタイムバイアスと、罹患期間によるバイアス - Interdisciplinary を参照

*4:RCTが用いられたものとしては、全米肺検診臨床試験(NLST)などがある