《高性能の検査》を《検診》に応用することについて

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↑少量の血液検査でがんを発見する技術の開発および、その検査を用いた実証実験を開始する、という東芝のリリースを紹介した記事です。東芝のリリースはこちら↓

www.toshiba.co.jp

より身体への負担が少なく、短時間かつ低費用で疾病を発見出来る技術を研究する事自体は、大いになされて良いと思います。そこに異論はありません。しかし、これを無症状の人に対して用いる、すなわち検診目的で使用する事については、慎重であるべきと考えます。

たとえば、当該研究のプロジェクトリーダーである、国立がん研究センターの落谷氏は、【PDF】血液によるがん検診において、このような検査法を検診に応用する事について、期待をにじませています↓

どこでこの検査を受けることができるかということですけれども、我々が想定しているのは人間ドックや、あるいはがんの一次検診センターのようなところ、そういったところで受けていただくことができる。

しかしながら、ある疾病を見つける性能の高い検査は、検診の性能を高めるとは限りません。ここで検査の性能が高いとは、

  • 病気の人を陽性にしやすい
  • 病気で無い人を陰性にしやすい
  • 身体への負担が少ない
  • 費用が小さい
  • 検査結果が出るのが早い

などを有しているのを意味します。対して検診の性能は、

検診をしない場合に較べて寿命を延ばす

効果が高いのを指します。つまり、症状が出てから見つけるよりも、症状前に発見して処置する事で、死ぬ時点を延長出来れば、それは検診が効果を発揮した、と看做せるのです。そして、検査の性能が高いとしても、すぐに検診の性能を高めるとは言えません。それは、検査性能の向上で見つかるのが、

  • 症状が出てからでも間に合う
  • 一生症状が出ない

ものに限られる可能性があるからです。この事については、以前に記事を書きました↓

interdisciplinary.hateblo.jp

さて、当該研究のプロジェクトリーダーたる落谷氏は、国立がん研究センターに属する研究者です。その落谷氏が、高性能の検査を検診に応用する事に、かなり楽観的であるように見えます(前掲資料)。しかるに、最近出た、国立がん研究センターを冠する本において、ここで採り上げているような検査法を検診に応用する事について、注意喚起がなされています↓

interdisciplinary.hateblo.jp

この本の監修者は、国立がん研究センター所属の中山富雄氏です(国立がん研究センター-社会と健康研究センター-疫学・予防研究グループ-検診研究部 の部長)。つまり、同じ組織に属する研究者でも、部門によって、検診に対する姿勢・アプローチが異なっていると言えます。当然、検診を専門的に研究するのは、中山氏の研究部です。参考として、中山氏監修の『国立がん研究センターの正しいがん検診』から、血液1滴でがんを見つける!のような検査法を検診に用いようとする事への注意喚起部分を、引用します(最先端のがん検査方法という題のコラム。P30。小見出しは見出し要素で表す)。

 「血液1滴」でがんを見つけられる!?

 近年、がんの検査方法に関する研究が、かなりのスピードで進んでいます。なかでも最近注目されているのが、血液1滴で13種類のがんを早期発見する方法です。これは国立がん研究センターが中心となって研究している検査方法で、血液中の「マイクロRNA」という物質を調べることで、13種類のがんを、ごく初期の段階で見つけることができます。ただし、これはまだ試験段階で、実用化するには安全性や有効性などの確認に何年もかかります。

 ほかにも、患者さんの尿の匂いに対する線虫の反応からがんかどうかを判断する方法、唾液に含まれる物質からAI(人工知能)ががんのリスクを解析する方法などが話題になりました。

 「夢のがん検診」が実現する可能性は?

 これらの検査法は、「血液1滴だけ」「尿を採るだけ」など、従来の検査方法よりかなり手軽であることが強調されています。また、精度も高く、今すぐにでも実現できるように見えます。となれば、最先端の検査方法で調べてほしいと願うのは当たり前です。

 しかし、繰り返し説明してきたように、がん検診では集団での死亡率減少効果が科学的に証明される必要があり、そのためには大がかりな検証研究が必要になります。報道されている検査方法の多くは、まだ人間による臨床研究に至っていない、または少数での実験レベルのものです。実際に数万人の人間に対して行ったときに、それだけの効果があるのか、安全なのか、時間をかけて検証しなければいけません。

 将来的には、夢のような検査が実現する日が来るかもしれませんが、現時点では今行われている検査がもっとも効果的といえます。

引用文を見れば解るように、コラムで採り上げられているのは、いま話題にしている検査法そのものです。つまり、国立がん研究センターが研究している検査法を検診に応用する事について、同じ国立がん研究センターの別部門が関わる著書が注意喚起をおこなっている、という構図です。敢えてコラムとして目立たせ注意を促すのは、報道等を通して耳目を集めやすいトピックであり、無批判に検診への応用に期待が集まる事への、危惧の現れなのかも知れません。

もちろん、当該検査が、実際に臨床に用いた場合にどのくらいの性能を発揮するか、自体もきちんと検討・評価する必要があります。しかし、もし性能が高いとしても、それをすぐに検診に用いて良い訳ではありません。

  • その検査は謳っているほどの性能を有するのか
  • それは検診に役立つのか

これらは両方とも考えておかなくてはなりません。

2019年11月25日23時41分追記:TBSのニュースにおいて、本文で紹介した中山氏がインタビューされていました。

news.tbs.co.jp

かなり短いです。内容を聴くに、あくまで検査性能の検証への言及に留まっているように思われます。