量子力学的ホメオパシー                      ?

『犬でもわかる現代物理』という本があります。物理学の研究者が飼い犬に現代物理、とりわけ量子力学をレクチャーする、というユニークな構成で、なかなか面白い本です。尤も、私は書いてあることの半分も理解出来ませんでしたが。
それはともかく、この本、10章が、いわゆる懐疑主義的内容、あるいは疑似科学批判的内容になっていて、大変面白いのです。章のタイトルは、「悪のリスにご用心 量子力学の乱用」。フリーエネルギーなどが批判されています。
そこでは、量子力学をめちゃくちゃに援用している代替医療も採り上げられており、量子ヒーリングなるものなどが批判されているのですが、興味深いことに、ホメオパシーもあります。
ホメオパシーは、昨今話題になっており、私達も特に関心を持っている言説なので、一つここで引用してみましょう。いかに現代科学を「装っている」か、その好例と言えましょう。様々の科学や医学の概念を持ち出して説明を試みている、まさしく「ニセ科学」的主張、その一端をご覧にいれます。
引用文献:チャド・オーゼル[著] 佐藤 桂[訳] 『犬でもわかる現代物理』(P284〜P287)
※ルビ、傍点、側注は省略

 量子もつれはまた、ホメオパシー(同種療法)を説明するときにも引き合いに出される。ホメオパシーの治療では、微量の薬草や毒素を水に入れ、一定量の水のサンプルのなかに元の薬草や毒素が一分子も残らないほどの薄さにまで希釈する。しかし、ホメオパスホメオパシーの治療者)が言うには、水が元の物質を”記憶”して性質の一部を取りこむため、その水を飲む患者を癒すことが可能なのだそうだ。量子もつれはこの”記憶”という効果を説明するのに使われることがある。水と薬草や毒素との相互作用により、アスペの実験に見るような相関関係によく似た結びつきが生じるという。
 量子もつれを持ち出したホメオパシーの説明のなかでも最高峰は、ライオネル・ミルグロムの論文である。ミルグロムは、ホメオパシーには水と毒素の量子もつれだけでなく、患者と治療者と療剤の三方向のもつれがかかわっているという説を打ち出した(それを”PPR”の量子もつれと呼んだ)。ミルグロムは量子物理学の専門用語や表記法をそれらしく真似る能力に長け、二〇〇六年に発表した論文にはこう書いている。

量子もつれの概念(情報プロセスという含みも持つ)を利用してホメオパシーをはじめとするCAMの治療プロセスを説明することは可能なはずだ。その結果、盲検法を使ったホメオパシーなどCAMの研究結果もまたこうした説明に合致しやすいようだ。このように二重盲検による立証では、PPRの量子もつれ状態の個々の成分は二状態の”マクロ・キュービット”であると考えられ……またそれゆえ、ホメオパシーのプロセスにはマクロ量子の”テレポーテーション”がかかわることをほのめかし……しかし、システム全体についての情報が組みこまれているのは量子もつれ状態のみである。このように、量子もつれ状態を崩すものがあると、ひとつの全体的なシステムとして、システムの持つ統合された機能に関する情報を失うことにつながる。これはレメディーあるいは患者と治療者のいずれかがもつれた治療環境から外された場合のホメオパシーの有効性[の二重盲検ランダム化比較試験]において、明らかに起こりうることだ。

 これはまた実に見事に応用された”量子”論法である。ミルグロムはホメオパシーのレメディーの治療効果を、この「マクロ量子の”テレポーテーション”」のおかげだとしている。しかし、ちょっとした”論理の格闘技”のなかで、適切におこなわれた臨床実験においてレメディーがプラシーボ以上の効能を見せなかったことも、この主張を使って釈明している。すべては量子のなせる業なのだから、科学原理に則ったやり方で効能を観測しようとしても、何もかも台なしになるのだ。ミルグロムは、標準的な医学的試験の枠組みでホメオパシーを測ることはできないと結論づける。なぜなら「彼らが調査しようと意図していたらしい効果そのものを、破壊すると思われる」からだ。量子力学を言い訳に、従来型の医療に求められる厳格な基準を満たすことなく逃れようという(おそらくはトンネル効果かテレポーテーションでも使うのだろう)、驚くべき試みである。
 量子もつれホメオパシーが説明できるという主張は、明らかにナンセンスである。患者と治療者は量子的に振舞うにはあまりにも大きすぎるし、水に薄められた粒子に量子もつれの相互作用が生じる可能性がわずかにあったとしても、量子もつれはふたつの系の状態のあいだに生じる相関関係でしかないからだ―― 一個の原子が特定の状態にあるときに光子が垂直方向に偏光している、あるいは一頭の犬が目覚めているときにもう一頭もまた目覚めている、という具合だ。ひとつの系が別の系の特性を手に入れる、という意味ではないのである。量子の相互作用は原子と光子の相関関係を生じさせることはできても、ラブラドールレトリーバーボストンテリアに変えられないのと同様、原子を光子に、あるいは水を癒しの妙薬に変えることはできない。

犬でもわかる現代物理

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