アドボケート――『あやしい統計フィールドガイド―ニュースのウソの見抜き方』
普通私たちはこうした数字をつくりだす人たちからじかに情報を得るわけではない。おおかたの人は、こうした数字を述べた最初の報告を政府機関、世論調査機関、研究者から直接受け取ったりはしない。むしろ、私たちは又聞きやそのまた又聞きで、つまり新聞記事やニュース番組でこうした数字に出会う。新聞記事やニュースをつくりだす編集者や記者は、ネタになる可能性のある多くの素材をふるいにかけ、ほんのいくつかの数字を選んで読者や視聴者に伝える。
メディアは劇的な話を伝えるのを好み、この傾向のせいで科学報道はゆがんでしまう。科学はおおむね劇的でない。実験結果を確認してはまた確認する。観測された相関関係の説明になるかもしれない多くの要因を検討し、除外しなければならない。科学は必然的にゆっくりと進むことになる。科学者たちは情報をふるいにかけ、次第にある特定の解釈で意見の一致をみるようになっていくのだ。この仕事が格別ニュース向きであることはめったにない。
にもかかわらずメディアは、科学の新展開を、劇的な発見というパッケージで報道することが多い。そのもとになっているのは、科学雑誌や医学雑誌が出す報道発表資料(プレスリリース*1)で、掲載される研究報告の一部について出されるものだ。雑誌の編集者は、最新号に載っている論文のなかでとりわけニュース向きの発見を短くまとめて発表し、メディアはそうしたプレスリリースの一部をニュースに仕立てるのである。
科学上の発見を報道するのにともなうリスクは、あとで科学者が検証をおこない、さらに研究を進めるうちに、その発見が間違いだったとわかる場合があることだ。
この本で取り上げた例からわかるように、ある数字の裏に隠れている選択を批判できることは少なくない。もちろん時には、数字を掲げる人々が意図的に私たちをあざむこうとすることもある。わざと誤解を招くような印象を与える誤った数字や統計を掲げるのだ。しかし、おかしい統計が掲げられる原因は、もっとつまらないものであることも少なくない。数字のつくり手や発表者自身が混乱していて、その数字の欠陥を理解しそこねているかもしれないのだ。そして、嘘をつくつもりはなくとも、宣伝してもらおうといろいろな主張が騒がしく競合するなかで関心を集められるくらいには、自分の数字が興味深いものであったほうがいいと思っている。情報源の誠実さは、数字が正確であるという保証にはならないのだ。
これらの記述は、
- 作者: ジョエルベスト,Joel Best,林大
- 出版社/メーカー: 白揚社
- 発売日: 2011/12
- メディア: 単行本
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これはとても良い本だと思います。新聞やテレビなどで出される様々な統計数字の見方について、平易に説明されています。用いられる例は実際に報道されたもので、いかにも耳目を集めそうなものです。たとえば、
- 「夫やボーイフレンドに殴り殺される女性は毎年400万人を上回る」(P23)
- 「今日、米国では14歳から26歳までの若者が13分に1人自殺している」(P36)
- 「最近、米国で、大学生の5分の1が自傷行為をおこなっているというニュースが報道された。」(P76)
といったようなものです。いずれもパッと見て、いかにも深刻な事態が起こっているのではないか、と思わせるようなものです。
本書では、このような情報をそのまま無闇に受け取らず、慎重に検討する方法を丁寧に教えてくれます。情報の出所はどこか、どこが調査したのか、言葉の定義はどういうものか、時間的に比較して、増えた/減った という傾向が見出された場合、それは定義が変化したがゆえの事ではないか、全体はどういう集団で、調べた集団はどのように抽出したのか、相関が見られたからといって因果関係があると言えるのか、等々。これらを、特に難しい数学を使わずに説明しているのが秀逸です。この種の情報は、時には「何かおかしいな」と直感的に思う場合もありますが、では具体的にどう考えていくのが良いのか、という事について指針を与えます。
難しい数学を使っていないと言いましたが、これは見方をかえると、特に難しい計算などをしなくても、ある程度は検討する事が出来る、というのを意味します。実際に、今知りたい事の全体はどういう集団か、というのを考え、百分率が示された場合には、何の何に対する割合かを把握し、インパクトのある言葉が紙面や画面を踊っていた時には、その定義はどういうものか、あるいは定義に変更は無かったか、等を総合的に検討すれば、かなりの事が解るし、はっきりとした事が解らない場合に「判断を保留しておく」という態度もとれます。
また本書では、「統計のベンチマーク」として、社会に関する代表的な統計指標をいくつか押さえておくのが重要であると説きます。これは実際その通りで、最も基本的な統計、人口であるとか、生まれる赤ん坊の数などについてある程度把握していくのが有用です。たとえば、ちょっと極端な例を出すと、「日本で交通事故で死ぬ人は年間5億人である」という主張がおかしいのは容易に解りますよね。何故なら、そもそも5億人も日本にはいないから。要するに、こういった見方が出来るように、基幹的な統計数字をいくつか押さえておく、というのが肝要という事です。
他にも本書では、統計を読む際のコツとでも言えるものがいくつも紹介されています。詳しい人にとっては目新しいものでは無いかも知れませんが、不案内な人がとっかかりとして読むのに(もちろん、勉強している人がおさらいとして参照するのも)大変適している良書なのではないかと思います。
*1:原書ではルビ