切り分けて組み合わせる
中村義作『よくわかる実験計画法』のまえがきに、
いろいろな原因に左右される複雑な現象を,実験や調査によって解明しようとする試みは非常に多い。著者がかつて従事した電気通信の分野でも,気象条件で変化する電波伝播の現象や屋外に曝された通信施設の障害のように,自然環境に支配される問題,電話回線を通して送られてくる音声やファックスの品質のように,人間の感覚や心に関係する問題,通信機用の素材や部品の開発のように,原料の配合比や製造条件に影響される問題,……などは,すべてそれに当たる。どの問題も,さまざまな要因が複雑に絡み合ってくるので,理論的な解析だけでは,把握が困難である。
とあります。
私は武術に関心があるのでそれで考えてみると、たとえば、名工が鍛錬した刀を使うと動きが明らかに変わる、みたいな主張があった場合、それにも色々な可能性があります。そもそも動きが違うというのが「実感でしか無い」(つまり気のせいである)可能性とか、動きが違ったとしても、その理由として、
- 良い刀を持っているという心理が好ましい生理学的状態を惹き起こして良い動きをさせる
- 実際にその刀が何らかの特異的な物理的性質を持っており、それが身体運動と上手くマッチングして、より合目的的合理的な動きを成立させている
なども考えられる。その場合、どのようにして検証するか。まず、動きが異なっている、というのをどう定量的に評価するか、きちんと妥当性や信頼性は確保されるか。動きが違ったとして、物理的な理由と心理的な理由とを切り分けて評価するのは可能か。武器は目に見えるから、目隠しでもさせて動いてもらうか。しかし、目隠しをさせた時に動きというものは変わってしまわないか(それ自体が普通の情況では無い)。
対照とする武器はどうするか。材料・形状の、どの部分を揃え、どこを違えるか。道具は様々な部品や材料で構成されている一体の物であるから、非常に難しい。「どの部分」が原因となっているのか、という所を上手く切り分ける事が出来るのか。
このように、少し考えるだけでも恐ろしく複雑で困難そうです。しかし、だからと言って、分析的、定量的に調べる方法自体を忌避して、どうせ解りっこ無い、などと言う事は無いと思う訳です。既にある方法を存分に活用し、限界があるならそれをきちんと論理的・理論的に把握して、改良出来そうな場合はそうする。ただ漠然と、対象にしている現象が複雑だから、とか、メタ論にいきなり持って行ったりしてしまっては(いきなり思想的な事を言ったり――○○主義がどうとか、「方法論」がどうとかばかり言って真面目に掘り下げもしない)、それ以上進めない。
本当に「知りたい」のなら、そういう事をよくよく考えておくべきでしょう。