すこぶる良書――『はじめて学ぶ パーソナリティ心理学』

はじめて学ぶパーソナリティ心理学―個性をめぐる冒険

はじめて学ぶパーソナリティ心理学―個性をめぐる冒険

素晴らしい本である。1年に一度読めるかどうか、というような良書。
本書は、いわゆる「性格(パーソナリティ)」に関わる心理学研究の概観を示す入門書である。

類書ではしばしば、執筆時点におけるスタンダードな学説および、それまでの学説史の変遷を網羅的・羅列的に紹介する、といったかたちがとられるが、そういう本は、いかにも「教科書的(これも一つのステレオタイプだ)」で、読んでいてあまり面白く無いものである。しかし本書はそうでは無く、興味深く読ませようとする色々の工夫が見られる。たとえば、著者自身のエピソードが時折挿まれたり、身近の例をもって説明したり、という風に書かれ、飽きさせないよう考慮されている。

また、これは心理学の本一般で多く見られる事だが、学説や研究内容、論争について紹介するのみで、「どのように研究するか」という部分に関して具体的に書かれていない場合がある。心理学に詳しい人が読む事が前提されているなら別だが、入門書の類は、分野外の人や、心理学の初学者が読者として想定されている事もあるだろうし、そういう読者からすると、そもそも当該分野ではどういった研究方法やプロセスがスタンダードなのだろうか、と悩ましく思える事があるものである。
しかし本書は、その部分についても実に配慮が行き届いている。というのも、本書では、パーソナリティ心理学研究の具体的な方法のみならず、一般的な心理学研究法と共に、基本的な科学研究の作法も含めて極めて丁寧に説明されているのである。
たとえば、科学の営みの基本的な事として、学会発表が必ずしも信用のおける情報では無い事、科学には査読の制度があって、査読で採択され学術誌に掲載されたものが、より良質なものと看做される事。とはいえその過程を経たものが絶対正しいというものでは無く、科学者は誤る可能性を持っている事、などが説明される。
心理学研究法の説明では、個人差をどう考えるかという事から始まり、集団を考えばらつきを考慮する重要さを説き、単純な分類の見方をしないよう注意が促される。また、心理学研究法の最重要の概念とも言える、「構成概念」や「信頼性・妥当性」などについても、なるだけ噛み砕いて丁寧に説明されている。普通、この種の概念の説明は、心理学一般の入門書や心理学研究法の書物ではなされるけれども、心理学の個別分野の入門書でこれほど丁寧に論じられるのはなかなか見ないものだと思う。
科学において重要なのは、「測る」という事である。自然科学的な測定、物理的測定は直感的にも解りやすい。たとえば、身長(長さ)や体重(重さ)を測る(量る)というのは、誰しも経験した事があり、視覚的に捉えやすいのでよく解るだろう。しかし、心理学においては、「直接観察出来ない」ものがそもそも想定される。ヒトの行動に影響を与える目に見えない概念(因子)を、構成概念と呼ぶ訳である*1。しかし、目に見えないものを測るというのは、初学者にはいかにも解りにくい所だろう。本書は、まず物理的な測定を想定して測る事の重要さを指摘し、それから「見えない」ものを測るにはどうすれば良いのか、というのを丁寧に教えてくれる。そもそも、テーマである「パーソナリティ(性格)」自体が直接見えない(にも拘わらずしばしば日常的に話題にのぼる)のだから、そういうもの(「もの」と表現して良いのか、というのも論点だ)を測るにはどうすれば良いのか、を説明するのは重要である。

信頼性・妥当性というのは、「いつ測っても安定した結果が出るか(信頼性)」「測りたいものが測れるか(妥当性)」という観点で、これは心理学的に最重要の概念の一つである。何故ならば、「見えない」ものを測るには*2、測るための「ものさし」の作り方が決定的に大切であり、そのものさしの「出来」を確かめるのが、妥当性・信頼性の観点だからだ。
これらの概念を説明するには、的当ての例が用いられるのがポピュラーだろう。すなわち、的の中心に集まっているか(当てたい所に当たっているか)、というのが「妥当性」で、バラバラに当たらずに比較的狭い範囲に集まっているか(精度が高いか)というのが、「信頼性」という事である。
しかし本書では、これら概念が「漫才を審査する」という喩えで説明される。それが実に秀逸であり、直感的に把握しやすい。
そして、心理測定論においてこれまた最重要の、「尺度水準」についても丁寧に説明される。詳しくは省くが、尺度水準というのは、どのようなものを測るか、という観点から分けられる概念である。つまり、「単なる分類か――スポーツ選手の背番号など」「順序をつけられるか――競走の順位など」「大きさの差を比較出来るか――摂氏温度など」「比率を比較出来るか――重さや長さ」という観点。これが心理学ではとても肝要。
これらの心理測定に関わる考え方や用語は、あまり説明されない事も多い。そこが詳しく解説されている所を見ても、本書はとても丁寧だと言えるだろう。

さて、メインテーマのパーソナリティについてである。
基本的には、既存の教科書的な流れを踏襲している。性格*3をいくつかのカテゴリーに分けるいわゆる「類型論」が、歴史的な流れを追って説明され(有名なヒポクラテスクレッチマー)、性格を構成するいくつかの因子を考えるという「特性論」の説明がなされる。ユニークなのは、特性論を、ゲームキャラクターのパラメータ、という喩えで説明している所。ゲームをよくする人ならば、RPGのステータスによって説明している、と言われると、なるほど、と直感的に把握出来るだろう。

※ケータイカメラで撮ってブレていますがご容赦下さい

このような工夫がなされていて、他書に比べて非常に解りやすい内容になっていると思う。

また、知能についても説明されている。知能はパーソナリティと関係する概念であり、その研究の歴史も重要なものである(知能検査の発案や、その「使われ方」の歴史など)。その点についても説明されているので興味深く読める。

そして、日本に住む人にはお馴染みとなっている、「血液型と性格の関連」についても説明されている。何と、2章分がこのトピックに割かれている。これは、血液型性格判断がよく話題にのぼるテーマであるというのもあるだろうし、また、科学的な研究を考える上でも格好の題材である、という事にもよるのだろう。
説明は大変丁寧で、きっちりとこの議論に関する論点が押さえられている。前の章では、血液型性格関連説の歴史的な流れが紹介され*4、現在の知見からその説がどう位置づけられ、評価されているのかが解説される。そして、後の章では、何故こういう論が広まり、信じられるのか、という所の理由が考察されている。この部分は、認知心理学社会心理学の読み物としても面白く読めるだろう。
ちなみに、血液型性格判断の議論では、「よく調べれば小さな関係が見つかるのではないか」とか、「関係が無いとは言い切れないのでは」といった意見が出される事がある(主に、血液型性格判断を否定的に見る人への反論として)が、その点についてもきっちり押さえてある。
また、この種の議論では、よく調べれば、血液型が性格に関係する生物学的なメカニズムが見つかるかも知れないではないか、という意見もあり、「×型は病気になりやすいから神経質になる」(本書P155より引用)などといった、「尤もらしい”仕組み”で説明する」ものも見られる。これは、菊池誠教授がしばしば「メカニズム論の誤謬」として紹介する、そもそも議論で押さえるべき論点が解っていないが故の的外れな主張なのだが、ここについても本書では丁寧に論じられているのである。
それから、血液型性格判断への対し方、差別の問題も書かれている。これも重要だろう。

他にも、遺伝と環境がパーソナリティに与える影響の度合いはどのくらいなのか、という、多くの人が興味を懐くであろうテーマや、赤ん坊の気質の違いはあるのか、といった事が扱われている。
このように本書は、読者が面白く思えるであろうトピックを絡めたり、なるだけ丁寧に用語や仕組みの説明をするように、至る所に気が配られている。類書(パーソナリティ心理学だけで無く、心理学書一般)と比べ、圧倒的に平易で読みやすい*5学術書としての丁寧さと読み物としての面白さのバランスが絶妙に取れた、極めて良質な本である、と言えるだろう。

*1:心という構成概念を認めるか否か、という科学哲学的議論もあるだろうが、それは措く

*2:自然科学でも測定が重要なのは言うまでも無い

*3:性格・人格・気質・character・personality などの用語についてもちゃんと説明されている

*4:古川の研究から。古川は血液型と気質の関連を論じた

*5:とは言え、やはり専門書的ではあるから、止まらずスルスルと、という訳にはいかないし、所々、専門的な用語があまり説明無く用いられる部分もある。気質研究の所は結構複雑