福島の甲状腺がん検診の行方──『福島の甲状腺検査と過剰診断 子どもたちのために何ができるか』を読んで

読みました。

タイトルから解るように、福島でおこなわれている甲状腺がん検診の現状について、発見されている甲状腺がん過剰診断である事を指摘し、検診の見直しを提言する論調の本です。

第4章、第5章が参考になりました。実際に福島の検診に携わっていた緑川・大津留の両氏によって、現場の様子や事業としての検査体制のあらましと変化などについて書かれています。ある種の内部批判にもなっており、当事者としてこのような文章を書くのは勇気が要ったろうと思います(書かれた経緯は、下にリンクを張るあとがきで説明してあります)。
もちろん、こういう、いわゆる述懐も含む文は、忘却や記憶の再構成、あるいは後から振り返る事による評価が入ってくるので、その分は差し引いておく必要はあると思います。

全体の記述で気になったのは、

  • なぜ発見した甲状腺がんの内、大部分が過剰診断と言えるのか
  • がん検診の有効性評価

これらに関する説明が、かなり手薄である所です。前者については、第1章から第3章までの病理学的説明が主です。本来、過剰診断の程度というのは、疫学的な推測(観察データを統計的に検討する)によって慎重におこなうべきものですが、それほどありません。後者に至っては、甲状腺がん検診に効果(死亡率減少)が無いという記述はあっても、有効性評価の具体的説明(どのようにして効果を測るのか)は皆無です。

がん検診の是非というのは、まず効果があるかどうかを評価し、発生する害と比較して検討するものです。ですから、がん検診の実際に不案内な人に対して、有効性評価の説明は必須であると言えます。しかるに、それはなされていません。過剰診断の程度については疫学的の検討が重要と書きましたが、本書では、筆者の高野氏(高→はしごだか)は、持説も含めた病理学的説明を中心にしています。そして事実上、福島の甲状腺がん検診で見つかった甲状腺がんが、

全て過剰診断である

と取れる表現をしています(あとがきより引用)↓

。そして、福島の子どもたちに起こっているのは間違いなく過剰診断であり、それ以外である可能性はありません。

これは、かなり不用意な記述と言えます。大部分が過剰診断であると考える事自体は荒唐無稽では無いですが(色々の仮定を設ければ)、現状の知見から、全てが過剰診断であると断定的に表現するのは言い過ぎでしょう。高野氏は上記引用部の直前に、

そして、年月がたって明らかになってくる事実は必ず本書に書いてある通りの様相を呈してくるであろうと断言しておきます。逆に言うと、そのような自信がないことは書いておりません。

↑このようにも書いていますが、書き手の自信の問題ではありません(断定的表現が意図的である理由も、あとがきに記されています)。

この本のターゲットは、検診の知識に不案内な人、実際に福島に居住していて検診を受けたり受けさせたりする人、がメインだと思いますが、そういう人に対して解りやすい記述になっているかと言えば、そうは思えません。たとえば、疫学の語が何回か出てきても、疫学がどういう分野で何をするものなのかは、ほとんど説明されていません。
また、検査を司る組織やマスメディア、あるいは、放射線被曝の影響を懸念する論者に対する批判的論調が、強く出る所もあります(批判自体は悪い事ではありません)。それが読者にどのように響くかは、もう少し考えられても良かったように思います。

検診の害を強調したいあまり、定量的な評価が蔑ろにされている面があります。たとえば自殺のリスク。検診において自殺のリスクは確かに懸念すべき所ですが、害の大きさを考える場合には、その頻度をきちんと見出す必要があり、それは慎重になされねばなりません。がんと診断される事による心理的害(悲観的なラベリング効果)の検討は簡単ではありません。まして、福島でもそれが起こるのか(起こったのか)を言うのは、極めてデリケートな問題です(ラベリング効果については⇒医療における《ラベリング効果》 - Interdisciplinary 研究にもリンクを張ってあります)。

全体的に見て、過剰診断の強調と検診の無意味さを主張する事に、押し付けがましさを感ずる人もいるでしょう。もちろん、甲状腺がん検診の有効性の小ささと害について憂慮し、若年者を慮って本が編まれたという所には、理解も共感もします(私自身が、福島の甲状腺がん検診を中止すべきであるという立場なので)が、もし、検診の仕組みや有効性評価、過剰診断の意味や検討のしかたなどの中身をよく知ってもらい、その上で読み手に判断してもらうのを企図したのであれば、書きかたにもうひと工夫あって良かったのではないでしょうか。

リンク:

akebishobo.com

↑本書の紹介と目次

【PDF】あとがき

↑あとがき。高野徹氏による。先に引用した所の段落全体を、改めて引用しておきます。

私の担当した第1~3章ですが、従来の本にあるような、「こんな可能性もあるよ、あんな可能性もあるよ」という書き方はやめました。例えば、「若年者の甲状腺がんの早期診断は有害」とか「甲状腺がんは悪性化しない」とかいう話は、外国ではともかく国内の学会で出したら相当な反発を受けるでしょう。しかしこと福島の甲状腺検査に関する限り、専門家たちが科学的な確からしさよりも自分たちの立ち位置を優先したポジショントークを繰り返したことが混乱を招いてしまったのです。これらの章では、現時点で最も確からしい解釈しか書いてありません。

そして、年月がたって明らかになってくる事実は必ず本書に書いてある通りの様相を呈してくるであろうと断言しておきます。逆に言うと、そのような自信がないことは書いておりません。そして、福島の子どもたちに起こっているのは間違いなく過剰診断であり、それ以外である可能性はありません。

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ここから、少し突っ込んだ内容。

通常、余剰発見の程度というものは、RCTで発生割合を比較したり、時系列的変化を観察したりして検討するものですが、若年者においてそういう研究に乏しいので、見積もりが難しいという面があります。

本書では、

  • 成人での観察研究から補外(外挿・一般化)
  • これまでの福島の状況からの推測
  • 最近の病理学的知見の当てはめ

がおこなわれています。それ自体は真っ当ですが、そこから、あとがきに書かれているような主張が出来るか、して良いのか、が問題です。特に、高野氏の病理学的説明は、注目すべきものではあるでしょうが(コントラバーシャルと言って良いか判りませんけれど)、それを強く主張して疫学的帰結まで踏み込んで論ずるものでは無いでしょう。よく間違いなく過剰診断であり、それ以外である可能性はありません。なんて記述をそのまま載せたものだ、と思いました。