疫学における「原因」の考えかたと、指標について――中編
ご案内
本エントリーは、疫学における原因の考えかたと、それにまつわる指標について説明した連載記事の一部です。
連載は、以下の記事からなっています。
- 疫学における「原因」の考えかたと、指標について――前編
- 疫学における「原因」の考えかたと、指標について――中編(本記事)
- 疫学における「原因」の考えかたと、指標について――後編
- 疫学における「原因」の考えかたと、指標について――指標一覧・参考資料
割合の違い
前回は、疫学の色々な指標や、疫学における原因というものについて、それをどのように考えるのかを説明しました。そして、もしきちんとした研究がなされて、ある曝露が原因であると判明したら、という設定をしたのでした。
いま、ある集団を対象として、それを 2 つの群に分けて比較した、とします。それは当然、
- 曝露された人の群
- 曝露されていない人の群
です。そして、これらの群について、病気なりの、ある期間における発生の度合いを確かめ、曝露された人の群で変化した、つまり原因だと判った、と設定しました。ここで、曝露された人の群を曝露群と言い、そうで無い人の群を、非曝露群と呼びましょう。たとえば、チョコレートを食べると何かの病気になりやすいか、という問いがあった場合には、チョコレートを食べる人々を曝露群とし、食べない人々を非曝露群と捉える訳です。
ちなみに、このような設定上では、非曝露群にあたるものを、対照群と言う場合もあります。つまり、複数の群を比較対照するためにもうけた集団、といった意味合いです。
病気なりのイベント発生を累積したものの割合(これを、リスクと言うのでした)を図示してみます。
このように、着目している各群において、発生数を全体の人数で割ってやれば、リスクが求まります。
さて、このようにして曝露群と非曝露群を比較対照した所、それぞれの群におけるリスク(発生割合)は、
- 非曝露群:10,000 人あたり 25 人
- 曝露群:10,000人 あたり 100 人
だったと仮定しましょう。つまり、10,000 分の 25 と、10,000 分の 1 です。普段、% に慣れているかたには、随分小さな数字と思われるかも知れませんが、疫学では、がん などの、比較的発生の頻度が少ないものを対象にしますので、このような、日常的なものより小さな割合を扱います。ですので、リスクを見る場合には、1,000 人あたりとか、10 万人あたり、といった割合を使うのです。こういう時、人口○○対のような表現をします。% は全体を 100 とした場合の割合ですが、たとえば、10 万人あたりにどのくらい発生するか、という割合は、人口 10 万対のように表現します。
ここまでを踏まえて。非曝露群では 25(人口 1 万対)、曝露群では 100(人口 1 万対)発生したのでした。そして、いま見ている曝露因子は、イベント発生を増やす原因(リスクファクター)であるという前提です。つまりこれは、
そのリスクファクターは、発生割合(リスク)を 25(人口 1 万対)から 100(人口 1 万対)に増加させる原因
である、と看做せる訳なのです。様々な背景の要因が同じで、曝露因子だけが異なる群で発生割合が増えたのだから、その曝露因子(リスクファクター:危険因子)は、曝露群と非曝露群との発生割合の違いの分を生じさせた原因である、と考えます。
当然、この違いの分というのは、大小様々です。ほんの少しの事もあれば、ものすごい違いを生じさせる場合もあるでしょう。その、違いの程度が、原因である程度であると、疫学では考えるのです。
NATROM さんの記事のテーマは、ピロリ菌(への持続感染)は、胃がんの原因の 99% であるかというものでした。この 99% の部分が、原因である程度を指しているのです。
ではここから、原因の程度の指標について、具体的に見ていきましょう。
割合と割合との比:リスク比
いまの例では、非曝露群:1 万人あたり 25 人と、曝露群:1 万人あたり 100 人、とを比較しています。ここでは、リスクとリスクとの比を考えます。
リスクとは、一定期間にイベントの生じた割合の事でした。そして、いま、非曝露群と曝露群のリスクがあります。ここで、
曝露群のリスクを非曝露群のリスクで割る
のです。こうすると、
曝露群のリスクは非曝露群の何倍であるか
が判ります。そしてこれは、分子が分母に含まれないので、比です。男女比を思い出してください。男性の人数を女性の人数で割れば、男女比が求まるのでした。そして男女比は、男性の人数は女性の人数の何倍であるかを表す指標です。それで、リスクは割合ですから、いま考えている指標は、
割合と割合との比
なのです。たとえば、10% の確率で当たるクジと 5% の確率で当たるクジがあるとします。そして、前者の確率を後者の確率で割ると、10÷5 で、2 となります。これは、前者のクジのほうが 2 倍当たりやすい、と言えます。
同じように考えると、曝露群のリスク:1 万分の 100 を、非曝露群のリスク:1 万分の 25 で割って、4 となります。これはつまり、曝露因子(リスクファクター)は発生確率を 4 倍にするという事です(リスクは、発生確率を割合で近似したものである、という事を思い出しましょう)。
このような、リスクとリスクとの比を、そのままリスク比(risk ratio)と表現します。この指標は、曝露と帰結の関連の度合いを表すものなのです。またこの指標は、相対リスク(相対危険:relative risk)と表現される事もあります。単にリスクと言えば、それぞれの群での発生割合でしたが、そのリスク同士の比を取ったものなので、相対、と言いいます。リスク比を見ると、何倍、といった事が判りますが、それだけでは、曝露群と非曝露群におけるリスクの数値そのものは判りません。割合同士の関係を表した相対的な量という事です。
ちなみに、これまで見てきた発生割合の意味でのリスクは、絶対リスク(絶対危険:absolute risk)とも言います。絶対と言うと、日常語では、絶対そうなるというような、程度の高い事を表していると思いがちですが、そうでは無く、単なるリスクである、と考えると良いでしょう。ですので、通常は、絶対の語をつけずに、単にリスクと言います。
割合と割合との差:リスク差
集団への影響
いま見たリスク比、つまり割合と割合との比は、片方の割合がもう片方の割合の何倍か、を表現出来る指標でした。例で言うと、曝露因子はリスクを 4 倍にする、といった具合です。
次に、曝露群と非曝露群を 2 ペア分考えてみましょう。それぞれのペアを比較対照した所、
- 比較 A
- 曝露群:10 万分の 100 ― 非曝露群:10 万分の 25
- 比較 B
- 曝露群:1,000 分の 100 ― 非曝露群:1,000 分の 25
このような結果であったとしましょう。そして、それぞれのリスク比を求めると、
- 比較A
- 分母は同じだから、100÷25=4
- 比較B
- 分母は同じだから、100÷25=4
このように、両方のリスク比は同じ、つまり、曝露因子は発生割合を 4 倍にすると言えます。しかしどうでしょう。確かに比は同じだけれども、一方は、10 万分の 25 を 100 に、もう一方は、1,000 分の 25 を 100 にする曝露です。この比だけを見て、同じように扱って良いものでしょうか。
これを集団として見た場合、比較 A の曝露だと、その要因に曝露された 10 万人がいれば、イベント(病気など)は 100 発生する事が予測出来ます。対して、比較 B の曝露の場合は、その要因に曝露された 10 万人がいれば、発生数は 10,000 人になると予測される訳です。
見方を換えると、比較 A の場合は、10 万人の曝露群が曝露されていなかった場合、発生が 75 人減ると考えられるのに対し、比較 B の場合は、曝露因子が無ければ、7500 人もの発生を防げたと期待出来るのです。これは大きな違いです。
このように、リスク比は同じであるのに、集団全体での発生数を較べると大きな違いになる場合があります。集団への影響を検討するのに、リスク比だけでは足りないという事です。これは、公衆衛生的な対策を考える時などに重要となります。たとえば、500 万人に 1 人発生するような、ごく稀な病気を 2 倍にするようなリスクファクターがあるとして、それに対策を施す必要があるのかどうか、というように考えると良いでしょう。
リスクの差
いま見たように、集団への影響を考えるには、
リスクとリスクとの差
を取ります。これをそのまま、リスク差(risk difference)と言います。比較 A で言えば、
10 万人あたり 100 人-10 万人あたり 25 人=10 万人あたり 75人
これがリスク差です。
曝露因子に起因するリスク
いま考えているのは、曝露因子がリスクファクターである、つまり、イベントを発生させる原因であるという設定です。という事はです。曝露群でのリスク(一定期間の発生の割合)から、非曝露群でのリスクを差し引いたら、
曝露因子によって生じたリスクの大きさ
が求まるのだと言えます。この表現を換えると、
曝露因子に起因するリスクの大きさ
であると言えるのです。
曝露群と非曝露群では、曝露因子以外は同じである(揃えてある)という設定です。ですから、曝露群の割合から非曝露群の割合を引けば、曝露因子起因で生じたリスクの大きさが判明する、という具合です。
いまの文脈では、曝露因子は原因(の一つ)であると判明しているという前提ですから、リスク差は曝露因子起因のリスクと同じ意味になります。このような観点であれば、リスク差は、寄与リスク(寄与危険:attributable risk)と同等となるのです。リスク差は、単にリスク(割合)とリスク(割合)の差を表現するものですが、寄与リスクは、語に原因・起因の意味合いが入っています。
余談。
疫学で用いられる術語は、寄与リスク(または、リスク差を同義として使う)ですが、私の語感では、寄与から原因を思い浮かべにくいので、曝露起因リスクとでもすれば良いのではないかな、と感じます。寄与を使う場合は、集団における発生に寄与する、というように考えれば良いでしょうか。
ここでよく注意しておくべきなのは、寄与リスクは、曝露群におけるリスク(割合)そのものでは無いという事です。何故なら、曝露群におけるリスクは、
曝露因子に起因するリスク+曝露因子以外の複数の要因に起因するリスク
だからです。従って、曝露因子起因のリスクを知りたいのなら、上のリスクから、その他要因起因のリスクを差し引かねばならないのです。ここに、原因追究において比較対照が重要である理由があります。比較対照しないと、その他要因起因のリスクを見積もって差し引きにくいからです。
ところで、いま比較している、曝露因子以外の要因、背景となる要因をひっくるめて、バックグラウンドと表現します。つまり、曝露起因のリスク(寄与リスク)は、曝露群のリスクからバックグラウンドリスクを差し引いて残ったリスク、です。
ここまでを図示すると、次のようになるでしょう。
左は、曝露群の様子、右は非曝露群の様子を表したものです。前提から、曝露群と非曝露群とでは、曝露因子のみが異なっています。また、リスクは割合なので、100 人あたりとか 10 万人あたりといったように揃えて(通分して)求めてありますから、左のリスクから右のリスクを差し引けば、曝露起因のリスクが残る、という寸法です。
この、曝露起因のリスクはどのような事を表せるかと言うと、曝露群において、曝露によって増える発生の程度であり、見方を換えると、曝露群において、曝露が除かれていれば減る発生の程度です。たとえばタバコであれば、タバコを吸っている集団が、もしタバコを吸っていなければ、どの程度心疾患や肺がんが減るのか、といった観点から捉える事が出来ます。
また、曝露群におけるリスクが、非曝露群におけるリスクより小さい場合を考えます。そうすると、寄与リスクはマイナスになります。つまり、曝露によってリスクが減ったのを意味します。これがポジティブな事であれば、その減ったものを効果と表現する場合があります。
この考えは、先に紹介したリスク比でも同じで、リスク比が 1 より小さければ、それはリスクを減らした事を意味します。
曝露群でのリスクに占める、曝露起因のリスクの割合
ここから、少々複雑になってきます。
いま見たのは、曝露された集団において、曝露によって発生がどのくらい増えるか、というものでした。ですからこれは、求め方は、曝露群の割合から非曝露群の割合を引いたもの。1,000 人あたり 5 人、といった、割合の指標です。
今度は、曝露起因リスク(寄与リスク)が、曝露群でのリスク全体に占める割合、を考えてみましょう。これは、曝露群でのリスク(発生割合)を全体とした場合の割合、の事です。
たとえば、曝露群において、ある病気なりの発生が、10 万人あたり 4000 人である、とします。
そして、曝露を起因とするリスクが、10 万人あたり3000人である、と考えます。
いま知りたいのは、曝露群におけるリスクを基準とした時の曝露起因リスクの占める割合、です。という事は、
- 分子:曝露起因リスク(曝露群内寄与リスク):10 万分の 3000
- 分母:曝露群のリスク(曝露群内リスク):10 万分の 4000
このような分数で表せます。最初の、割合についての説明を思い出してください。分子は分母に含まれるものです。そして、曝露起因リスクは、曝露群リスクの内、曝露を起因とするリスクである事に注意しましょう。
どちらも 10 万分の割合ですから、単純に、3000÷4000 となり、答えは、0.75 です。つまり、曝露群におけるリスクの内、曝露起因のリスクは 4 分の 3 を占める、という訳です。
これを 100 分の割合(いわゆる百分率)で表すと、75% となります。そして、このような指標を、(曝露群における)寄与リスク%(attributable risk percent)と言います。何度も言いますが、曝露群内の発生を全体とした場合の寄与リスクの %、です。図示すると、以下のようです。
上部左は、曝露群内の寄与リスクを表しており、上部右は、曝露群内のリスク(曝露起因リスク+バックグラウンドリスク)です。そして、割り算をすると、下のように、曝露群におけるリスクに占める、曝露群内の寄与リスクの割合、が求まります(図の例だと、分母が同じなので、分子同士を割り算すれば良い)。
次は、曝露群だけでは無く、着目している集団全体を考えた指標を紹介します。
後編へ続く