「リスク」とは「害」や「不利益」の事では無い
NATROMせんせい、リスクじゃなくて「害」という言葉をつかうのはナンデなのかしら。
— flurry (@flurry) October 31, 2018
たとえば「すべての予防接種には害がある」という言い方をされたりするんやろか。https://t.co/NS4z4tR1ek
このような意見を見かけました。
NATROMせんせい、リスクじゃなくて「害」という言葉をつかうのはナンデなのかしら。
このかたは、疫学におけるリスクの概念について、ご存知では無いようです。
疫学においてリスク(危険:risk)とは、
好ましく無い事象の起こる確率
を表す用語です。疫学の教科書から引用してみましょう。
risk リスク(危険) あらかじめ規定された期間内に特定の事象が生じる確率.疾患発症のリスクは累積罹患率で測定される.
これは、『しっかり学ぶ基礎からの疫学』の用語解説の文です。また、『今日の疫学 第2版』では、
一定時間の罹患者数を母集団の人数で除したリスク(riskあるいは累積罹患率:cumulative incidence)
とあります(P15)。ここでは、一定期間における、母集団に占める罹患者(※新規の発生)の割合とされています。つまり、リスクというのは、先にも言ったような、好ましく無い事象が起こる確率、あるいは、それが起こった割合、と言えます。
これを踏まえて、NATROMさんはtwitterで、すべての検診には害があります。
と発言しています。ここで害とは、医学的な介入を受けた際の、対象者が被る何らかの、身体的・心理的等の不利益を一般的に表したものである、と読むのは、簡単な事です。疫学において、害そのものが用語として定義されているのはあまり見ませんが、たとえば、NNHという用語のHは、害:harmの頭文字です。ちなみにこの用語は、何人に介入をおこなえば1件の害をもたらすか、というのを表す指標です(NNH:Number Needed to Harm)。
このように、疫学の用語と文脈を知っていれば、なぜリスクで無く害の語を用いるのかという問い自体、出てこないようなものなのです。何故なら、疫学的に当たり前の用法であるのですから。
たとえば、下記をご覧ください。
これは、CDC(アメリカ疾病管理予防センター)の文書で、前立腺がん検診に伴う便益と害を検討したものです。タイトルが、そのものずばり、What Are the Benefits and Harms of Screening?
であり、Possible Harm from Screening
という節もあります。
また、
上記サイト(日本における検診の評価について、最も重要なサイトです)の用語集には、
↑このような、利益・不利益(benefit・harm)
の項もあります。
以上見てきたように、検診に伴う不利益を表現するのに、害の語を用いるのは何らおかしくは無い、否、より適切な用語選択である、と言えるでしょう。むしろ、生じ得る不利益そのものを指してリスクの語を用いるほうが、不正確な用法と考えられます。疫学の定義を踏まえるならば、ある不利益の生ずるリスクはどの程度かといった使いかたをしなくてはならないのですから。