知っている人向けです。
勉強の流れで、5年生存割合(生存率と表現される事が多い)について調べていたのですが、とても気になる事がありました。
と言うのは、がんの有用さを紹介する際に、資料として5年相対生存率(以下、率は割合と表記する。また、5年相対生存割合は比であるが、簡単のため、本記事では単に「生存割合」とする場合がある)を挙げているものが、かなり見られるのです。以下に、その例を列挙しましょう。
- がんのステージ別生存率|PET検査・がん検診の西台クリニック(東京都板橋区)
- http://prev.ncc.go.jp/kenshin/document/pdf/leaflet_5cancer_150830.pdf【PDF。国立がん研究センターリーフレットのサンプル】
- 神戸市:子宮頸がん検診
↑ これらのページでは、ステージ別の生存割合を紹介し、早期発見の重要さを説いている。
- がん検診など/倉敷市
- 子宮がん検診について【PDF】
- https://www.pref.nagasaki.jp/shared/uploads/2016/03/1457314251.pdf【PDF。長崎県五島保健所の資料】
- http://www.setagayaku-hokencenter.or.jp/genkijin/genkijin_gankenshin.pdf【PDF。世田谷区保健センターの資料】
↑ いずれも、検診発見群と非検診発見群との生存割合を比較し、早期発見の有用さを強調。
キリが無いのでこの辺りにしておきますが、検索すると、数多くヒットします。
これらのページの説明はいずれも、
生存割合の違いがあるので検診を勧める
という流れです。そして、上でも分けたように、
- ステージ別の生存割合を紹介して検診を勧める
- 検診群と非検診群との生存割合を比較して検診を勧める
おおまかに、このようなパターンに分けられるようです。
しかし、私はこれらの紹介に、違和感を憶えます。どういう事かと言えば、検診の有効性を評価するのに生存割合はそぐわないのにそれをしている、からです。
まず、リードタイムバイアス(ゼロタイムシフト)があります。検診を行った場合、有病発覚時期が早まりますから、もし検診が無効であったとしても、予後(ここでは、診断から帰結までと定義)が良いように見えます。単純に検診と非検診のそれぞれの群における生存割合を比較するものは、このバイアスを排除し切れないように思います。生存期間を比較するなら、リードタイム分を補正する必要があるはずですが、そういう事はなされていないようです。
次にはレングス(レングスタイム)バイアスです。検診では、進行が緩徐であるがんを拾いやすいために、検診群全体の予後が、非検診群のそれより良好に見えます。ステージ別の生存割合を比較して検診の有効さを言うものに関しては、そもそも進行が急なものは検診で見つけにくい訳ですから、ステージが進んだものは良くなりにくいので検診を受けて早期発見をする事が大事、とはならないと思うのですが、どうでしょうか。
これらを踏まえた上で。
いくつも関連ページを調べた中で、次のページは、
がん検診による5年生存率の向上 - 肺がん検診は特に重要 | はじめてガン保険
リードタイム・バイアスとレングス・バイアスがありますので、一概に早期発見したから生存率が上がるとは言えませんが、早期がんで治療すれば再発率が下がると考えるのが一般的です。
このように、2つのバイアスについて紹介していました。いくつもの医療機関のページが、単純に生存割合を紹介して検診の有用さを謳っている中では、珍しい例です。
ただ、このページにおいても、後の方で、
肺がんにおいては、検診以外の発見による5年相対生存率は16.3%となっています。検診発見でも45.8%と低い数字なのですが、肺がんは特に検診が重要と言えるのかもしれません。
このように言っています。しかし、これも慎重に考える必要があるように思います。
今見ているページでは、※がん研究振興財団「がんの統計’05」
の資料を引いて、上のような主張がなされています。しかし、その資料は、がん登録に基づいた統計資料ですので(参照:
がんの統計 '05|がん登録・統計[がん情報サービス]
)、無作為化されたものではありません。ですから、リードタイムと有病期間のバイアス以外のバイアスも考える必要があるはずです。たとえば、がん検診を受ける者は、普段から健康に気をつけていて状態が良好であるだろう、という志願者バイアスなどです。
始めの方でも言ったように、これらは、検診の群では生存割合が良好であるから検診を受けよう、あるいは、進行すると危ないので検診によって早期発見をおこなおう、と言って検診を勧めるものです。しかし、検診の有効性というのは、別な証拠によって評価されるべきものであるはずです。つまり、理想的にはRCTによる、検診群でのアウトカム減少の効果、というエビデンスです。そして、いくつかのがん検診については、良い証拠によって有効性が支持されていますし、そうで無いものに関しては、積極的に推奨はしないものと位置づけられています(参照:がん検診ガイドライン 推奨のまとめ )。部位・年齢層・性別・検査法 のそれぞれによって有効性の評価の程度は異なるのです。
ここで紹介したいくつかのページは、検診の有効さを紹介するのに、RCTで死亡割合低下の証拠が得られている、というようなものでは無く(オリンパスと五島保健所のページでは少し触れている。NTT西日本大阪病院のページは、死亡率を下げると書いた直後に生存割合のグラフを載せている)、生存割合が良好である、と言って証拠としています。しかし、有効な検診は生存割合を高めるとしても、生存割合が高いからといって検診が有効とは限らない訳ですから、検診の推奨と啓発という観点からは、正確な情報の提示がなされていない、と私は考えるのです。このような紹介の仕方では、がん検診は、生存割合を改善するものならば良い、というように誤解してしまわないかと危惧します。
がん検診を紹介する際には、以下に引用する事を肝に銘じて、情報発信をするべきではないでしょうか。
スクリーニングの目的は,前述したように当該疾病の重症化やそれによる死亡を予防することにあるから,その効果は,重症患者や死亡者の減少で評価される。それを検討するなら,スクリーニングで発見された症例と,それ以外で発見された症例(病院発見例)の予後を比較すればよいのではないかと考えるかもしれない。もちろん,スクリーニングの効果がある場合は,スクリーニング発見例が病院発見例に比べて予後が良いことは必要条件であるが,逆に予後がよいからといってスクリーニングの効果を証明したことにならないことに注意すべきである。(後略)
今日の疫学 のP220 より引用
もし、私がここを見逃しているとか、生存割合での評価で妥当である、というような事があれば、ご教示・ご批判を頂ければありがたいです。