HPVワクチンの効果のはなし
先日の記事の続き的なものです。
件のNEJMに掲載された研究は、スウェーデンの超大規模な標本を用いて評価し、HPVワクチン接種と浸潤子宮頸がん罹患(正確には発見でしょうが)との関連を見出したものとして、大変興味深いし、科学上の重要な研究と位置づけられるものだろうと思います。
しかるに、その研究をもって、ワクチンの効果が示された、と言って良いのかは、難しい問題です。
まず、当該研究は観察研究である事。デザインとしては、登録制度を利用しており、既往的要因対照と言えると思いますが、当然そこには、交絡やバイアスの影響をどう考えるかの問題が出てきます。
論文では、同時に得られたいくつかの変数(共変量)を調整しても関連があった、としています。また、喫煙習慣等の交絡要因に関しては、それが調整出来ない事および、観察出来た他の変数の調整で代用出来ているのではないか、と書かれています。けれど、limitationsの説明の一環なので、それはあくまで、そう考える事もできるだろう、くらいのもので、研究デザインの限界には違い無いでしょう。
その辺を考えると、当該研究が発表された事をもって、すぐに効果(因果効果)が示されたと紹介するのは、慎重さに欠けると考えます。
私は、介入の効果を示すにはRCTをおこなわなくてはならない、と考えているのではありませんが(観察研究の成果に疑問を呈すると、RCTじゃないといけないのか的な指摘をする人も、たまに見るので)、かと言って、観察研究に伴う限界等をきちんと評価しない訳にもいきません(RCTの限界も同様に考える必要があるでしょう)。
観察研究のデータから因果推論をおこなう方法として、たとえば操作変数法などがありますが、もしそれが良い感じに出来るのであれば、観察研究の結果をもって、より強く、効果を示せたと紹介して良いのでしょう(一般論としては。この辺は、たとえば『アドバンスト分析疫学』に書かれている、研究結果をどのように公表するか、の所を参照)。
もちろんそれには、適切な操作変数を見つけられるか、という困難な問題がありますし(疫学や経済学方面の説明テキストを見ても、ものすごく難しいであろう事が判ります)、そもそもあらゆる統計解析法について、それが適する場面と方法的限界があります。
当該スウェーデンの研究結果をもって、効果を主張する論者は、おそらく、ワクチンがHPV感染や前がん病変罹患を減らす効果が示されている(これはプラセボ対照二重遮蔽RCTで示された)ので、そこからの理論的考察から(罹患原因を減らし、前がん病変を減らすので、そこからの連鎖で、がん罹患が減るのも当然と考える)、がん罹患も減らすであろうと推論しているのでしょう。もちろん、その推測そのものは合理的なものですし、だからこそ、直接の減らす証拠が無いのに、世界的には接種が勧められているのでしょう。
しかるに、それはあくまで、間接的な証拠(別のエンドポイントに関する直接の証拠、とも言える)および、生物学的機構に基づいた理論的考察に留まるのであって、研究そのものの評価として、それが因果効果を示したと考えて良いのか、とは別の話ではないでしょうか。
私は、これらの事を踏まえて、BuzzFeedの記事のようなものは、書き過ぎだと考えます。当該記事には、効果を示した
や実証
、さらに、研究者の言として証明
の語まで踊っています↓
現在の、日本のワクチン接種情況は、極めて悲惨なものがありますので、効果が示されたと思われる研究結果が出たら、それをいち早く、重要のものとして紹介したくなるのでしょう。その事自体は構いませんが、同時に、研究の限界等についても、きちんと押さえておくべきでしょう。その観点から見ると、岩永氏の記事は、論文のlimitationsに触れながらも、記事中で効果や実証などの語を用いて紹介しており、整合性に欠けるように見えます。
方法的に最もバイアスを排除しやすいと考えられるRCTの研究でさえ、きちんとデザインを検討して評価する必要があります。たとえば、研究上で遮蔽が崩れたり、アドヒアランス不良によるコンタミネーションが生じるなどして、バイアスが発生する可能性もある訳です(後者は、がん検診など、対象者の意志が影響し、長期間のフォローアップが必要な研究などで起こる)。それらを考慮し、同様のデザインの他の研究成果も参照するなどして、慎重に因果効果を主張出来ます。
改めて書くと、今回のスウェーデンの研究は、HPVワクチンと、より知りたいエンドポイントである がん罹患との関連を示したものとして、極めて重要なものである訳です。
大規模なレジストリを利用しての研究は、そういう制度が無い国ではおこなえないものですし、がんのような稀な頻度でおこるイベントを要因対照で検討するには、巨大な標本を集めるのは重要です(統計的方法は、標本が巨大であれば良いというものでは無いと共に、巨大な標本で無ければ精度良く推測出来ない場合もあるものです)。因果効果を直接に言えないからと言って、研究の価値を貶める事はありません。
私のこの意見、些か慎重過ぎるのではないか、との評価を受けるかも知れません。けれど私は、この研究デザインと結果から何が言えるのかを正確に評価すべきと考えているのであって、もし、当該研究から因果効果を確かに主張出来る、との合理的な説明があれば、それを支持するに吝かではありません。一般論として、因果関係は相関関係(関連)を含まないので(これも結構言われるようになってきましたが)、そこは常に気をつけて検討したいものです。