【書評】『新型コロナとワクチンの「本当のこと」がわかる本~【検証】新型コロナ デマ・陰謀論』を読んで

はじめに

昨年末に彩図社から、新型コロナウイルス感染症(以下、COVID-19と表記)にまつわるデマ陰謀論を検証した本が出版されました。

懐疑的調査団体のASIOSや、私が名前や本を知っている医師が著者として参加している事もあり読んでみましたので、感想を書きます。

※引用時、必要に応じて著者を明記します。また、その際には敬称を略します

感想

好ましい所

Q&A形式である

読者が興味を持っているであろうトピックを質問として挙げ、それに対する回答を各著者が数ページで書く、という構成を取っています。1つのトピックあたりに割く分量が比較的少なく、関心のあるトピックを検索・参照しやすくなっています。

回答ごとに参考文献が示されている

各トピックの最後に、参考文献が示されています。これにより、回答者が何を参照して書いたかが辿りやすいです。

取り扱うトピックが幅広い

新型コロナウイルスとはどのようなウイルスですか?との質問から始まり、PCR検査の仕組みやマスクの効果、ワクチンや色々の陰謀論まで取り扱っていて網羅的です。元々興味のある事について確認したり、それまで知らなかったトピックについて知識を得られたりするでしょう。

好ましく無い所

初めからデマや陰謀論と表現している

要するに、本書はコンセプトの段階から、世にはびこるデマや陰謀論の類を採り上げて啓発するのような方向で編まれている、という事です。それは、タイトルに【検証】新型コロナ デマ・陰謀論とあり、腰巻きにデマ、陰謀論にはもう騙されない!と書かれている所からも明らかです。つまり、初めから対象読者層を狭めていると言えます。

説明無しに、トンデモやニセ医学と表現している

これは、デマや陰謀論の表現についても言える事ですが、本書では、トンデモニセ医学といった表現が用いられます(P28桑満。Q06名取など)。デマも陰謀論もトンデモもニセ科学も、いずれも否定的、ネガティブな意味合いが込められた語です。読者がそれらの語の使われている事に慣れているとは限らないでしょう。使用を控えるか、もしくはあらかじめ意味合いの説明をしておいて、敢えてそのようなネガティブな言葉を使うと宣言するなどの配慮も出来たはずです。

科学における検証の手順や用語の説明が足りない

たとえば特異度なる語が説明無しに用いられます(Q10峰)。そもそも、特異的になどの表現からして、科学の議論に不案内な人には馴染みの無い言葉遣いである上、特異度は診断学における特殊の用語(特徴を持っていない人が陰性になる割合を指す)です。

また、ワクチンの効果や害を論じるにあたって、どのように検証するのかや、なぜそれで効果や害がある・無いと言えるのかなど、基本的な部分の説明がありません。特にワクチンの効果と害については、本書でもかなりの分量を割いてあります。メインと言って良いでしょう。にも拘らず、まず効果なるものをどのようにして確かめるのか、を説明してありません。このようにして確かめた、という記述はあっても、そうすれば良質な証拠になるのだとの共有が無ければ、重要な情報と捉えられにくいでしょう。

そういった所を説明しようとすると、多くの紙面が必要になると言われそうですが、それに対しては、そうしてでも説明すべき箇所でしょう、と返します。

ちなみに、Q12マスクには効果がない?に対する森戸の回答は、効果はありますですが、その内容は、マスクが飛沫を捉える物理的仕組みについてと、マスクを装着した際の生理学的指標の変化等についてしか書かれていません。つまり、マスクを装着した人が感染しにくくなる、などの臨床的証拠については全く触れられておらず、質問に対する回答になっていないのです。森戸はつけていないよりはずっと予防効果があります(強調は原文の通り。以後同様とする)と書いているにも拘らず、です。なぜこのような回答をそのまま通したのですか?

回答に直接関係の無い話が挿まれる

一般論として、読者の興味を惹くために、一見関係無さそうな話題を入れておく、のような書きかたはしばしばされるし、読みやすくするための工夫と言えます。しかし、次のような話の持って行きかたはどうでしょう(P28-コラム桑満)。

スタルコ医師は、日本医学会がわざわざ声明書を出して否定したトンデモ医学のホメオパシーの代表者だったのですが

このような記述は、元々そういう話に興味がある人で無ければ知っているものではありません。また、この人は別の所で怪しい事を言っているからやっぱり怪しいと印象づけるためのテクニックですが、そのような手法は注意深く使用すべきでしょう。他にも、イベルメクチンを勧める人がセミナービジネスやマルチ商法に誘い込む事を仄めかしたり(Q14桑満)します。せっかくQ&A方式でトピックを区切って簡潔にまとめようとしているのだから、それに関係する話題に留めておくのが良いのではないでしょうか。P130-宮原のコラムでは、COVID-19ワクチンの副反応を論ずる流れで、私達はHPVワクチン(子宮頸がんワクチン)での失敗を繰り返してはならないのです。と締めています。ワクチンの問題を語るのに別のワクチンを引き合いに出しているのですが、このような記述は、HPVワクチンの問題を知っている人にしか響かないでしょう。果たしてこの記述は、COVID-19ワクチンに懐疑的な印象を持っている人が、なるほどそうかと納得するようなものなのでしょうか。そもそも、HPVワクチンにも複雑な議論があります。

宮原は、P182-コラム(どうして副反応に対して恐怖を感じるのか?)において、

震災時には科学的な説明をする人たちの中には、「御用」呼ばわりされ、発言を封じされた人もいます。今回はこのようなことはないようにしたいですね。

と(原文ママ)、東日本大震災での話を持ち出しています。これも、その話を知っていて、かつ科学者に親和的な人にしか納得されないでしょう。

回答が、はぐらかしているように見える。他の部分と整合しない

Q22は新型コロナワクチンの治験は終わっていない?との問いですが、それに対する名取の回答は、安全性はすでに十分に確認されていますです。治験が終わっているかどうかが質問なので、その回答は、終わっている/終わっていない(続いている)と書くのが普通です。回答文には、より長期の有効性や安全性を評価するため臨床試験が続けられている(製造販売後臨床試験と言う)事が説明されていますが、私のように事情を知っている者はともかく、人によっては、結局続いているんじゃないかとなるでしょう。

また名取は、ワクチンに懐疑的な人が、臨床試験が終了してもその先での安全性に疑義を懐くかも知れない事を想定し、ただ、それを言うなら新型コロナウイルスに感染して5年後、10年後にどういう健康被害が生じるかもわかっていませんと指摘しています。けれどこれは、ワクチンの安全性とは別の話です。つまり、感染症による長期後遺症(または遅延発現の症状)を持ち出しています。これは、利益と害の比較の観点で、想定問答を組み立てて行って、いつの間にか別の話になっている訳です。

Q32、新型コロナワクチンを接種してすぐに亡くなる人が多い?に対する森戸の回答は、新型コロナワクチンによる死者はまだいませんです。しかし回答文では、

これまで何度も書いていますが、新型コロナウイルスワクチンと実際の死因の因果関係は現在のところわかっていません。因果関係は不明とされているものも、調査は継続中です。

と書かれています。それであるのなら、回答で死者はまだいませんなどと書けるはずがありません。実際、Q27なぜ新型コロナワクチン接種後の死亡例は因果関係不明が多いのか?に対する森戸の回答文には、

現時点では、日本では「新型コロナウイルスワクチンとの因果関係は不明」というのが誠実でしょう。

と書かれているのです。先に言っておくと、まだ判明していない事をもってまだいませんなどと表現は出来ません。後者はいない事が判っているのを表す文だからです。森戸はQ32の回答の冒頭で、現在までのところ、このワクチンのせいではないんですと書いていますが、これも同様です。そのような表現は、ワクチンのせいで無い事が判っているのを示す文です。

本書では、ワクチンの害を問うものに対する回答で、なりません危険ではありません(Q33ワクチンでの不妊、Q34ワクチンでの自閉症、Q35基礎疾患保有者の危険性。全て森戸)といった記述と、報告はありません(Q25ワクチン接種によるサイトカインストーム。安川)のような表現が混じっています。表現が整合していないように見えます。裏付ける証拠が無いのと、リスク(確率)が無視出来るほど小さいのが証拠によって裏付けられているのと、起こらないと言えるのとは大違いだからです。もし整合していると言うなら、何をもってそう言えると説明するでしょうか。

余計な煽りや皮肉が挿まれる

当然ですが、この種の本は、元々デマや陰謀論と言われる事を込みで話を知っている人が読む場合もあれば、それらの論を信じていたり信じかけていたりする人も読むでしょう。そのように広い対象が読者として想定される本において、主張や論者を材料に徒に煽ったり皮肉めいた事を書いたりするのは控えるべきと考えます。しかるに、本書ではそのような表現が散見されます。特に桑満の文に見られますので、引用します。

一部のメディアで派手に取りあげられた精神的・心理的要因の強いコロナ後遺症に焦点を当てて「後遺症が怖いというのはウソ」との主張を行う方々こそ、体系化された科学的な知見に裏付けされていない、流しっぱなしのワイドショーを見まくっているんじゃないか、と思ってしまうんですけど……。

↑Q5後遺症が怖いというのはウソ?

実はこの説が破綻していることは、真っ当な医師の間では常識化しています。アスピリンが投与された集団と投与されていない集団の死亡率を比べたとき、有意差が認められなかったのです。つまりスペイン風邪で多数の死者が出たのは、アスピリンが原因」説はとっくに否定されているんです。にもかかわらず、珍説にとらわれて知識をアップデートできていないお医者さんが複数いらっしゃる……。そんな現状には閉口させられてしまいます。

↑P28-のコラムスペイン風邪で多数の死者が出たのはアスピリンが原因?

イベルメクチンが治療効果と言っている一般人、そして医師の中に、いわゆる反ワクチン派と呼ばれる人が高い濃度で混入しているのもこの問題を難しくしているように思えます。

↑Q14イベルメクチンは新型コロナウイルスに効果がある? この直後に、先に言及した、セミナービジネスやマルチ商法への誘導の話が書かれている。

反ワクチン派の方々は一次ソースを探す作業を怠って、思いつきや思い込みでワクチンの危険性を騒いでいることが理解できますね。

↑Q35基礎疾患のある人が新型コロナワクチンを接種すると危険?

「大儲けしたお金で世界を操っている」などと想像して楽しい時間を過ごすことも可能ですが、妄想はマズいですよね。

↑Q36製薬会社はワクチンで大儲けしている?

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このような具合です。

P249-のコラム、身近な人が陰謀論にはまったときの対応で名取は、デマや陰謀論(と本書で評価された説)を信じた人とコミュニケーションする際のアプローチとして、傾聴共感の表明を挙げています。肯定出来そうな部分は肯定する、相手の不安感やそれを生じさせているものに着目する、といった説明がなされており、同意する所です。しかるに、上で挙げたような桑満の文のようなものが、その助けになるとは思われません。名取は同コラムで

この本ではデマや陰謀論の間違いがわかりやすく解説されていますが、すでにデマを信じている人がこの本を読んで考えを変えることはなかなか難しいと思います。

と書いていて、そこも同意出来るものではありますが、かと言って、説明に交えて煽りや皮肉の文を書いて構わないとはならないはずです。その意味で、名取の意見とこの本の書かれかたは整合しないと言えます。本書で採り上げたような言説に親和的な身近な人に読まれるのを想定していない事は無いでしょうから。

まとめ

この本を勧める人

既にデマや陰謀論に関心を持ち、基本的な科学の方法を把握している人には勧められる本です。説明したように、本書はタイトルや腰巻きにデマ陰謀論と書かれていて、最初から否定的な意味合いが込められています。有効性や害の検証に関する具体的な説明はありません。特に、ワクチンの害で頻度の小さいものは、観察研究によるリアルワールドデータで検証される必要がありますが、それは方法的にも複雑です。ですから、この説はデマである、あの主張は陰謀論とされている、といった知識をあらかじめ有している人が読むような本です。扱っているトピックは広いので、この主張は知らなかった、と思われるものも結構あるでしょう。参考文献も提示されているので、出典を辿りやすくなっています。その意味で、元々ある程度は知っている人が、知識を広げたり整理したりするものとして有用となり得ると考えます。

この本を勧めない人

採り上げているトピックに親和的な人に対して、この本を読むと良いよ、のように勧められるものではありません。親和的とは、デマや陰謀論(繰り返しますが、この表現は、本書でそう評価されているものの意味です)を信じ切っている人や、ちょっと怪しいけどありそう、と感じている人などを含みます。そういう人びとに対し、デマや陰謀論、ニセといった語がそこかしこに踊る本を読んでもらいたい、とはならないでしょう。桑満による煽り文があるのは紹介した通りです。主張に親和的であるのは、それを主張する論者にも親和的な事を示唆します。それに対し、デマだ陰謀論だ、妄想だ、などと言われて、はいそうですかとはなりにくいでしょう。

一緒に読む

他にあるとすれば、比較的詳しい人が補足をしつつ一緒に読むというシチュエーションでしょうか。名取が言う傾聴や共感を出来る人が近くにいて、その人が一緒に読もうと促す、といった感じです。詳しい人が冷静・慎重であれば、本ではこのように書かれているけどそれは極端で…のように、批判すべき所はきちんと批判しつつ補いながら読めるかも知れません。扱っているトピックが幅広いので、網羅的に知識を入れ込むという意味で確かに参考になる本ですので、その利点を活かす方向を模索するのも良いかも知れません。