【書評】コンパクトな統計学史:『マンガ 統計学入門―学びたい人のための最短コース』
マンガ 統計学入門―学びたい人のための最短コース (ブルーバックス)
- 作者: アイリーン・マグネロ,神永正博,ボリン.ファン・ルーン,井口耕二
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2010/04/21
- メディア: 新書
- 購入: 11人 クリック: 77回
- この商品を含むブログ (12件) を見る
本書は講談社のブルーバックスの一冊で、統計学の知識を、その歴史に沿って説明している物です。タイトルにマンガとあるように、沢山のイラストが添えられています。
統計の本というと、多くは理論的な部分や専門概念の簡潔な説明に終始しており、歴史的な流れに沿って説明するものは、あまり無いという印象があります。『統計学を拓いた異才たち』といった良書はありますが、類書はほとんど読んだ事がありません。
本書は、タイトルに入門を冠していて、副題が
学びたい人のための最短コースとなっていますが、実際の構成は、広範囲のトピックについて、あまり深く掘り下げずに説明している、といった風です。監訳者の神永氏も
統計学を学ぶ際に重要なのは、狭い範囲を深く知るよりも、広範囲をざっくり知ることです。本書は、大学初年次で履修する標準的な内容をほぼすべて網羅しています。これがマンガなのですから驚きです。
と まえがきで書いているように、ざっくり、つまり、あまりにも各トピックの説明が短いので、全くの初学者が読むには適切な本では無い、と私は思います。その意味で、入門の本とは全く言えないのではないかな、という感想。たとえば、統計的推測の柱である検定論・推定論に関しては、理論的な説明はほとんどありませんし、初学者にとっての関門の一つである標本分布の解説も1ページなので、統計学の理論的な所を学ぶ本としては向かないでしょう。確率や確率分布の概念など、この本で理解するのはほとんど不可能ではないかと。
また、マンガを冠するタイトルではありますが、amazon の書評にもあるように、画がメインで吹き出しがついてストーリーが流れるように展開している、というようなものでは無く、挿絵的な使われ方です。翻訳ものの マンガで学ぶ――的な本では、結構見るタイプですね。
では、この本がどのような面で有用かと言うと、それは、先にも書いたように、統計学の色々の概念を歴史的な流れに乗せて解説しており、どのような概念がどのような契機で出てきたか、という説明がある所です。たとえば、相関係数がどのようなきっかけで考えだされたかとか、ゴルトンは相関をどのように捉えていたか、といった、いわゆるよくある教科書的な入門書ではあまりお目にかかれないものが豊富に含まれている、というのが本書の魅力です。
ここで、他の物では見られなかった、私がこれまで知らなかった、という所で、本書で採り上げられているトピックをいくつか拾ってみます。それらを見て、へー、なるほど、と思えるならば、この本を手にとってみる価値があると思います*1
- 中央値はガウスが初めて使い、ゴルトンが統計学に導入した
- 最頻値はカール・ピアソンが名づけた
- 標本という言葉を使い始めたのはウェルドン
- 母集団という言葉を導入したのはカール・ピアソン
- ヒストグラムはカール・ピアソンが発表した
- 相関の語を最初に使ったのはビュフォン
- 負相関の考え方は、ウェルドンがカール・ピアソンに提案した
- ゴルトンは、相関と回帰の概念を一緒くたにしていた
- 相関・部分相関・偏相関・四分相関係数・ユールのQ統計量・双列相関・点双列相関・多分相関・順位相関、といった各種相関の指標の説明及び歴史的な流れ
- ユールのQの Q は、ケトレー(Quetelet)から来ている
- 離散型の量的変数の関係を関連と呼ぶ事を提唱したのはユール
- カイ2乗統計量の登場のあらまし
こういった感じです。相関と関連の違いなど、本によっては触れてすらいなかったり区別もしていない物もある中、ユールが関連と呼ぶのを提唱した、という事が説明されていて勉強になりました。
で、見て解る通り、これは、初学者に説明してもしょうが無い(そもそも重要な知識として頭に入らない)というもので、この本が入門とは言えないのではないかな、と私が書いた事、このエントリーのタイトルが統計学史となっている事にも納得して頂けると思います。amazon の書評でも同様の見方があります。むしろ、これまで一通りの知識を勉強したけれど、どうしてそういうものが出てきたのか解らない、そこがとても気になる。といった段階にある人向けです。そうした人にとっては役に立つ本なのではないでしょうか。
*1:ただ、本書には参考文献が無いのでソースを辿れず、そこは残念な所です。