福島の甲状腺がん検診に関する中川恵一氏の誤り――《超低リスク甲状腺乳頭がん》

hc.nikkan-gendai.com

↑先日にTBSの番組が話題になった事を受け、東大医学部附属病院放射線科准教授の中川恵一氏が福島の甲状腺がん検診について解説した記事です。

中川氏は、福島の検診で発見数が激増した事について、

 それではなぜ診断数が増えたのか。それは、検査対象を広げたことで、「無害な甲状腺がん」を掘り起こしたのです。

 甲状腺がんは、9割が乳頭がんというタイプ。超低リスク、低リスク、中リスク、高リスクに分かれ、超低リスクは命を危ぶむリスクが少なく、ガイドラインでも経過観察が推奨されます。

上記のように説明しています。そしてその上で、

 検査の網を広げたことで、この「無害ながん」をすくいあげてしまったのです。当然、これなら経過観察で問題ありません。

こう主張しています。

まず、甲状腺乳頭がんのリスク分類があるのはその通りです。

minds.jcqhc.or.jp

上記ガイドラインの表9を参照し適宜整形して、分類の定義を示します。

超低リスク
T1a N0 M0
低リスク
T1b N0 M0
中リスク
超低・低・高リスクのいずれにも該当しない
高リスク
  1. T>4cm
  2. Ex2またはsN-Ex
  3. 径が3cmを超えるN1
  4. M1
  5. 上記のうち1項目を満たす症例

中川氏は記事で、

、超低リスクは命を危ぶむリスクが少なく、ガイドラインでも経過観察が推奨されます。

 検査の網を広げたことで、この「無害ながん」をすくいあげてしまったのです。当然、これなら経過観察で問題ありません。

↑このように主張しています。明らかにこれは、

大部分が超低リスクの甲状腺乳頭がんである

と言っています。それを見つけ(余剰発見)たから、発生率が上がっていないのに発見数が激増している、という理路です。

では、実際の所はどうでしょうか。

福島の検診に携わった鈴木眞一氏は、検診で発見された甲状腺がんの特徴を詳細に報告しています。

www.jstage.jst.go.jp

この資料には、見つかった甲状腺がんのTNM分類も記載されています。引用しましょう。

Stage Ⅰ 97.6%,Stage Ⅱ 2.4%であった。術前のTNM(cTNM)ではcT1a,cT1b,cT2,cT3,cT4はそれぞれ,35.2%,45.6%,9.6%,9.6%,0%であり,cN0,cN1a,cN1bはそれぞれ77.6%,4%,18.4%,cEx0,cEx1,cEx2はそれぞれ74.8%,5.2%,0%,M0,M1は97.6%,2.4%であった。一方術後のpT1a,pT1b,pT2,pT3,pT4はそれぞれ34.4%,24.8%,1.6%,39.2%,0%で,pN0,pN1a,pN1bは22.4%,60.8%,16.8%,pEx0,pEx1,pEx2,pExXは60%,39.2%,0%,0.8%であった

これは本格検査1回目までの125例の検討ですが、術前(clinical TNM:治療前臨床分類)の割合は、

術前のTNM(cTNM)ではcT1a,cT1b,cT2,cT3,cT4はそれぞれ,35.2%,45.6%,9.6%,9.6%,0%であり,cN0,cN1a,cN1bはそれぞれ77.6%,4%,18.4%,cEx0,cEx1,cEx2はそれぞれ74.8%,5.2%,0%,M0,M1は97.6%,2.4%であった。

↑このようです。T(腫瘍の大きさ)に着目すると、cT1a,cT1b,cT2,cT3,cT4はそれぞれ,35.2%,45.6%,9.6%,9.6%,0%でありです。ここで再びリスク分類を見ると、

超低リスク
T1a N0 M0
低リスク
T1b N0 M0
中リスク
超低・低・高リスクのいずれにも該当しない
高リスク
  1. T>4cm
  2. Ex2またはsN-Ex
  3. 径が3cmを超えるN1
  4. M1
  5. 上記のうち1項目を満たす症例

こうなっています。いま着目しているのは超低リスクの乳頭がん*1ですので、その定義を見ると、

T1a N0 M0

↑これはつまり、超低リスク乳頭癌は腫瘍径が1cm以下で画像上あきらかなリンパ節転移や遠隔転移がない症例である(T1aN0M0)(診療ガイドラインより引用)事を意味します。鈴木の報告ではcT1a,cT1b,cT2,cT3,cT4はそれぞれ,35.2%,45.6%,9.6%,9.6%,0%です。超低リスクがんはT1aN0M0ですから、T1aを満たしているのは35.2%であるのが解ります、すなわちこの時点で、

ほとんどが超低リスクがんである事、は否定される

と言えます。また、術後(pathological TNM:術後病理組織学的分類)を見ると、

一方術後のpT1a,pT1b,pT2,pT3,pT4はそれぞれ34.4%,24.8%,1.6%,39.2%,0%で,pN0,pN1a,pN1bは22.4%,60.8%,16.8%,pEx0,pEx1,pEx2,pExXは60%,39.2%,0%,0.8%であった

↑こうあります。ここでN(リンパ節転移)に着目すると、pN0,pN1a,pN1bは22.4%,60.8%,16.8%です。N0以外をあわせると約78%となります。これをもって鈴木は、

震災後の福島での甲状腺検査で発見された甲状腺癌の特徴について述べたが,その特徴は,比較的早期の例に集中してはいるものの,術後リンパ節転移78%,甲状腺被膜外浸潤39%であり通常の臨床の手術適応に準拠したものとなっている。

このように主張している訳です。

要するに、中川氏の発見の激増は超低リスクがんの余剰発見が原因である(大部分がそうである)との主張は成り立ちません。何故なら、術前の所見による超低リスクがんは4割も無く、術後のリンパ節転移は80%近くあり、超低リスクがんがほとんどを占めている、などとは言えないからです。

これは当然の話です。そもそも鈴木氏ら臨床医は、福島における発見例において超低リスクのものを少なく抑えられた事を示し、それをもって余剰発見も抑制出来ていると主張しているのですから。

福島における甲状腺がん検診の問題は、

超低リスクがんを沢山見つけたから余剰発見が多いのだろう

では無く、

超低リスクで無いものにも余剰発見があるのではないか

という所です。ここをきちんと把握しておかないと、議論の際に的を外し、足をすくわれる事になるでしょう。

参考文献:

www.jstage.jst.go.jp

www.jstage.jst.go.jp

*1:アクティブサーベイランス研究の文脈では、低リスク微小癌などとも表現されます