「割る」

ところで、先日のエントリーで紹介した黒田氏の映像にある最後の抜刀ですが。

これは、

  • 刀を抜きつつ
  • 右前に出るのに
  • 左腰は引く

という体捌きを華麗に行なっているのが妙(もちろん良い意味の方)ですね。
まず、相手は真向正面打ちにて斬りかかるので、その攻撃ラインから外れるように右側(相手の左側)に入身する(合気道的にはあれを入身と呼ぶかは微妙でしょうが)*1
そして、その動きの流れで抜刀と同時に斬る、と。
これは、剣と腕は時計回りの回転運動を行うにも拘わらず、腰はむしろ逆方向へ回転させる、という事ですね。直感的に、非常にやりにくく思えませんか?
その運動を適切に行うには、綺麗に前側の脚を抜き、後ろ側の足や腰の廻りを操作して動きを作る必要がある。右前に出るのだけれども、骨盤は右回転させたり、回転させなかったりするのでは無く、むしろ左回転させる。いわゆる「蹴らない」動きの実現です。身体全体で考えるならば、身体重心をなるだけ上下に揺動させず、かつ横方向へのブレが出ないよう滑らかにシフトさせるのが肝要となります。
敵の攻撃は激烈に疾いので、それが失敗すれば即ち隙となり、そのまま終わりとなる。

これは、合気道における、太刀取りや杖取りで側面に入る際の体捌きに非常に近似しています。ここら辺が、武術独特の運用なのだろうと思います*2。高岡英夫氏はこれを「割体」と概念化しましたが、これは、ある種の武術を知っている人には、とても得心のゆく概念だろうと思います。
前のエントリーで出した「動けない構え」は、明らかに、「右に円く動く事しか意識に無い」のですね。左にぐるんと回して威力を溜め、それをぐるんと右に回して抜刀する、そういう意識。
だけれども、最初に書いたように、左右に入りつつ*3斬ったり捕ったりする事をも武技と考えるならば、そういった動きは好ましく無い訳です。
だから、武術家はしばしば、円く動くという表現を嫌います。それが動きを制限し、武術的に最適な運動から遠ざけてしまう可能性も持つから。私が、「引き裂かれる」ようにとか「割れる」ようにと書いたのも、その辺を念頭に置いていたからです。イメージとしては、協調して一方向に動く、と言うよりは、身体の色々な部分が別方向に拡散するように動いて、実はそれが合理的な運動となっている、という感じです*4

*1:右側なのは当然、刀を左に差しているから。

*2:恐らく、日本刀や杖、槍などの武器の構造が関係しているのではないかと見ます。

*3:左に入るのは主に無手の時。

*4:この種のイメージや、アナロジーの駆使というのは色々な人がやっていますが、限界があるので、認識を共有させるための便宜的なものと割り切るのが良いでしょう。