ブームと交流

昨今、格闘家・武術家系のYouTuberが色々と交流して、ある種のブームになっていますね。改めてブームとは何だ、と問われると難しいですが、武術関連の動画が数十万回も再生され、武術家がテレビに出てワンインチパンチ等のパフォーマンスを披露する、という現象は、世間からの注目を幾らか集めている事の反映である、とは言えるのではないかと思います。

このブーム、どのくらい続くでしょう。何となく、あと数ヶ月もすれば、めぼしい(と評価される)人たちのあいだで交流し尽くされて、それから次第に落ち着いていくのではないかな、と推測しています。そうなった時、武術家たちはどのような情報発信をおこなうでしょう。更に積極的に、武術・格闘技以外の他分野の人とも交流して行くでしょうか。あるいは、地道(あるいは地味)な技術解説の方向などに向くでしょうか。

武術に関する本を読んで動きを想像したり、ビデオ*1を購入してやっと動きを参照する事が出来る、という時代から考えると、動画配信サイトで細かい動きを高精細の動画で*2、しかも無料で観られ、更にはSNS等で双方向に交流するようになって来たのは、まさに隔世の感があります。ほんとうに良い時代になったものだと思います。と同時に、情報流布の速さ広さが桁違いですから、それをどう上手く取捨選択して取り入れるか、は難しい所です。情報周知の観点からも、ひとたび不正確な知識が影響力の高い人から伝達されたら、それを修正するのは大変です。

ブームの一つの契機は、矢地選手と石井東吾氏との交流と思われます*3。そこで神秘的に思われる語は極力用いられず、あくまで合理的な身体操作の結果として優れた動きが発現する、といったような説明がなされた事や、ワンインチパンチのようなキャッチーなデモンストレーションが導入となった所が、多くの人の関心を呼び寄せたのでしょう*4。そして、一昔前には武術の専門誌以外ではなかなか見かける事の無かったような武術や格闘技にも、スポットが当たるようになって来ました。

ステマなんかは、マンガ等でけっこう知られてはいたでしょうが、その技法が映像で説明される機会は、あまり無かったと思われます。そういえば、合気ニュース主催のAIKI EXSPOにシステマが参加したのは、もう20年くらい前ですね。初めて見た時は、なかなかのインパクトでした。合気道にしても、存在は広く知られているでしょうが、動きはイメージがつかないという人が大部分だったのではないでしょうか。

ブームの契機としては上記のようなものでも、交流が進んで来ると、継承や伝承、あるいは伝統といった所にも、より着目されるでしょう。つまり歴史の観点が絡んでくる。積極的にそこをアピールしたくなる人も出てくるはずです。

では、武術方面に明るく無い人にそういった部分の知識が伝達された時に、どういう事が起きるか。目立つ人が言う事がより注目され、批判的検討を通さずに受け容れられる場合も出てくると推察されます。あるいは、技術面を解説する際に無理に科学の用語を使おうとして、それが不正確に共有されてしまう可能性もあります*5。そこは割り切って受け取れば良い、と言われるかも知れませんが、それは事情を解っているから言えるのであって、あまり楽観してはいけないようにも思います。

私が好ましいと思う、あるいは希望する方向は、あまり伝承とか正統とか、そういう所を前面に出して興味を誘うのでは無く、たとえばスポーツバイオメカニクスやスポーツ心理学などの研究者と交流して、動作分析をおこなって動きの原理を客観的に捉えて広く共有したり、といったものですね。せっかく石井氏らが、無闇に神秘さを演出する事などを排して優れた合理的な動きを知らしめて来たので、その延長を目指したほうが良いと考えます。伝承の正統性はともかく動きとしてどうなのかを突き詰めて行くほうが、より健全で建設的です。科学的合理的な動きを超えた所に神秘的なステージがある的な方向に行ってしまわないかを少し懸念します。もっとも、それは考え過ぎかも知れないし、そんなに心配せずとも、いずれブームは去り、さほど影響を与える事無く落ち着いていく、のかも知れませんけれど。念頭には置いておきたい所です。

*1:VHS→DVD。Blu-rayはあまりありません

*2:私は、高精細化よりも、スロー再生と任意の箇所での停止が容易になった事のほうが重要だと思っています。VHS時代のコマ送りとか面倒でしたから

*3:それ以前から情報発信してきた黒帯ワールドの貢献が大きいであろう事は、押さえておきます

*4:これは前から繰り返された事で、長野峻也氏などが批判して来た所でもあります。その批判が正当であるかは別にして

*5:特に、物理学や解剖学の用語