疫学用語のはなし――疑似相関、ヒルの基準、後ろ向きコホート研究

疫学に関する言葉についていくつか。

疑似相関

これは以前から何度も書いている事です。

2つの要因に強い関連があるが、実はそれは、他の要因が双方に干渉している結果であって、2つの要因は因果関係には無い、という関係の事を、疑似相関見かけの関連と呼ぶ、というのが色々なテキストで解説されています。

しかしこれだと、字面的にあたかも、相関が疑似であるかように見えるので、表現として適切では無いのでは、というのが私の主張です。なにしろ、相関(関連)はあるのですから。

それで、このような概念を、疑似相関などと呼ばないテキストは、ほとんど見ません。そこで、その数少ないテキストを紹介します。

初めにこの本↓ 

しっかり学ぶ基礎からの疫学

しっかり学ぶ基礎からの疫学

 

 この本では、今見ているような概念を、非原因的関連と表現しています。これならば、関連はあるが原因では無い、という意味合いがよく表せています。

次にこの本です↓ 

保健統計・疫学

保健統計・疫学

 

 ※リンクは改訂5版。私が参照したのは4版

この本では、同様の概念を非因果的関連と呼んでいます。これも、意味合いを適切に表せていると思います。

今紹介した2つの語、非原因的関連と非因果的関連の違いは、原因的因果的という所ですが、私としては、対象の概念を表現するには、後者がより適切であると考えます。と言うのは、前者(「原因的」)は、関係を構成する要因の一方に着目した表現のしかたであるのに対し、後者(「因果的」)は、参加している要因の関係全体を表現出来ている語に思うからです。

ちなみに、私が最初見たのは、非原因的関連の語でしたが、しばらくこれを、非因果的関連と書かれていたと勘違いしていました。後から気付いたのですが、その過程で、非因果的関連の語を検索して、ユング思想方面で似たような語があるのを知り、面白いものだと感じた記憶があります。

 ヒルの基準

こちらも、因果関係にまつわる用語です。

ヒルの基準というのは、疫学者のブラッドフォード・ヒルが提案した、因果関係を判断するための9つのものの事です。それには、関連の強さや時間的関係などが含まれます。

さて、この概念、ヒルの基準となっていますが、ここに着目する事は有意義です。と言うのも、以前、この事が話題になった時に、ちがやまるさんが、それを基準と呼ぶ事に注意を促していらっしゃったのです。実際、因果関係なる概念の哲学的な難しさを考えると、それを判定する基準を設定するのは甚だ困難であるし、基準という表現は強過ぎるのではないか、という見方は尤もなものであると言えます。

気の利いたテキストでは、この辺りにもきちんと触れられています。たとえば、前掲の『保健統計・疫学』では、基準では無く9視点と書いています。そして、次のように補足しています。

ただ,Hillが判断基準の代わりに“視点”という用語を用い,これらが必要条件でも十分条件でもないことを強調した点に注目すべきであろう.(P179)

 実際、この9つの中で因果関係の必要条件は時間的前後関係のみであるとか、色々な話があります。そういう事を考えると、視点という語が無難に思われます。

ところで、この概念を英語で説明する際にも、いくつか種類が見られます。私が見たのは、Hill's criteria と、Hill's postulate です。

後ろ向きコホート

これは知っている人向け。観察研究には、

 

 

というものがありますよね。この内、後ろ向き研究後ろ向きコホート研究は、実に紛らわしいと思います。私も最初ごっちゃにしていました。

多分、後ろ向きという表現の問題だと思います。これは前向きの語と対になっていますが、前向き即ち未来的というのと対称なので、後ろ向きの矢印のようなものが想起されるのではないかと感じます。そうすると、後ろ向きコホートと前向きコホートでは、全く正反対の方向であるように思われるのですね。でも実際は、後ろ向きコホート研究と前向きコホートは、追跡の方向は同じです。曝露→帰結 と評価するのは同様。違うのは、まずいつの曝露を評価するか、という所。それが、前向きの場合には現在の曝露を評価し、後ろ向きでは過去の曝露を評価する。

私は、この意味合いを、後ろ向きと前向きの語で表現するのは、日本語の語感的に無理があるのだと考えています。だって、後ろ向きだと、後ろに進んでいるように見えるではありませんか。そもそも英語では、retrospective や historical です。だから、日本語でも回顧的歴史的が当てられる場合もあります。更に、症例対照研究を後ろ向き研究と呼ぶのだから、紛らわしさに拍車をかけています。

なので私は、症例対照研究を後ろ向き研究と呼ぶのならば、後の2つは、過去からコホート研究と、これからコホート研究と呼ぶ、などとした方が良いと思いますね。まあ、術語的なかたさが全く無いですが。