罹患の測り方、発見・発覚

検診について考える時に押さえておくべき点がまとめられていましたので、『今日の疫学 第2版』より引用します(強調は引用者)。

 がん検診が広く行われ,症状が出る前のがんが罹患として把握されることが多くなった。検診,検査は罹患把握のための1つの有効な手段である。定義にもよるが高血圧症,糖尿病,骨粗鬆症などの多くは検査をしなければ把握できない。このような検診による患者把握は,論理的には新たな罹患者の把握ではなく,有病者の把握であることに注意する必要がある。

 通常,初めて症状を現したとき,症状をもって受診し確定診断がついたときなどと便宜的に定義することによって,統一的に罹患時点を定義することが多く,これには問題がないが,症状が出ていないときの検査で陽性になったときを罹患時点と定義すると(引用者註:ここでの陽性とは、文脈から考えれば、確定診断がつく事、だと思われる),検査を行えば罹患しやすく,検査をしなければなかなか罹患しないことになってしまう。疾病頻度(罹患率)が人為的な検査の有無に影響されてしまうことになって,具合が悪いことになる。肥満者がどの程度糖尿病に罹患しやすいかを確認するためのコホート研究を行うことにして,もし肥満者については年2回,非肥満者では年1回の糖負荷試験を行って,初めて陽性になったときを罹患と定義するとすれば,実際には罹患のリスクに差がないとしても,肥満者の罹患率は非肥満者の罹患率よりも高く観察されることになる。罹患率が人為的な検査の頻度に依存してしまう

 このようなことは多くはないと考えられるが,疾病は自然に改善したり,治癒したりすることがなく,必ず徐々に進行するとすれば,あるいはそのような疾病が対象であれば,早く発見されなくてもおいおい発見されることになるので,検査の頻度が高くても低くても観察される罹患率に違いは出ないと考えるのは誤りである。罹患率は対象者の罹患までの時間が短ければ短いほど高く,長ければ低くなるという特徴をもっている。死亡率を低くしようという努力は,死亡までの時間を長くしようとする努力にほかならないのと同様,罹患率を低くするということは,(結局「死亡するまで」罹患することなく終わるということがあるにしても,これを含めて)罹患までの時間を長くするということである。

 症状の出にくい疾患,慢性的で徐々に進行し,正常と異常(有病)との境界(罹患)が不明瞭または連続的な疾患の罹患の測定,罹患の定義には細心の注意が必要であり,このような疾患の分析疫学研究には方法上困難な点が残されている。

今日の疫学

今日の疫学

P143・144 より引用

福島の甲状腺がん検診について考える際にも、ここに書かれてある事は参考に出来ます。

まず重要なのは、検診というのは、症状が出ていない人に対しておこなわれるものである、という事です。そして、検診によって把握されるのは、その時点で*1病気に罹っている人です。
ここで押さえておくべきは、有病とは病気を持っている事であり、罹患とは、病気に新たに罹るのを表す、という所です。罹患を、より一般的な概念に置き換えれば、発生となります。字面的には、そちらの方が解り良いかも知れません。

次に、罹患、つまり発生するタイミングの定義です。引用文中にもあるように、症状が出ない内の確定診断を罹患開始と定義すると(まさに検診の文脈で言われる事です)、対象とする疾病の特徴によっては(後述)、検査をおこなえば罹患(発生)しやすいという事になってしまいます。従って、検査するかしないかで罹患の程度が変わるような現象が起こり得ます。

と言って、疾病の発生を、まさに文字通り、病気が生物学的に発生した時点と定義しようとすると、非常に難しい問題にぶつかります。と言うのは、病気の生物学的発生から症状発現時点が長い場合などには、いつ罹ったかが推測しにくいからです。潜伏期間が比較的短く症状が出現しやすい感染症のような場合には把握しやすいでしょうが、ある種の がんのような、(生物学的に)発生してから症状が出るまでの期間が数年以上に及ぶ場合には、検診による確定診断や、症状を自覚してからの受診をきっかけとした診断の時点を罹患とするしか無い訳です。そして、まさに甲状腺がんのような疾病が、このようなケースです。甲状腺がんなどは、死ぬまで症状が出ない場合すらあります。これは、死んでから見つかる(剖検などで)事によって発覚します。

こういう病気を対象にして、それまではおこなっていなかった検診を、大規模集団に対しておこなう、などすると、発生数は増えていないのに、増えたように見える可能性があるのです。
以前は広く検診がおこなわれていなかったという事は、罹患の数は、症状に気づいて医療機関を受診して判った場合が多くを占めていた、と考えられます*2
しかしそこに、大規模な検診をおこなうと、症状が出る前に検査されて見つかるケースが罹患しているとして扱われ、有病にカウントされます。その有病の数は、それまでに統計に現れた罹患の程度からは推測出来ないような大きさに感ぜられます。
そして、このようなズレが生ずると、何らかをきっかけとして平常状態より明らかに発生の程度が増えている(これを流行と言います。多発と表現する人もいます*3)かは定かでは無いのに、まるでそうである(流行が起きている)かのように誤認してしまうのです。

見つかり方が同様なのであれば、ものさしの定義が同様という事なので、それを指標として、比較が出来ます。症状が出てから受診して見つかる場合がほとんどであれば、それを指標とすれば良い。しかるに、それまでは大規模におこなわれてこなかった、検診による発見、つまり無症状段階での発見をおこなおうとすると、対象の疾病に罹っている期間が長く、しかも症状が出にくいのであれば、それによる発見の占める割合が大きくなって、定義の異なる指標で測ったものを比較するかのような情況になるのです。

がんの場合で言うと、医学的には、症状が出てから見つかった時点を罹患とするよりは、無症状で見つかった方を罹患とするのが適切に思います。実際には、罹患(発生)は、検診で見つかるよりも更に前の時点ですが、診断の性能が高まって、より小さい時点で見つけられるようになり、しかも、発生したからといって症状が出るとは限らないような疾病であれば、症状が出てからの発見では、実際の罹患の程度を小さく見積もり過ぎると考えられます。

しかし、そこまでに何十年と、症状が出てから見つかるものをメインで罹患と数え、統計データにも反映させてきた訳なので、それに加えて検診で見つかるものが罹患として沢山増えると、いきなり定義が変わったかのようになってしまいます。このあたりの事情が、議論に混乱をもたらすのだと思っています。

そこで私は、検診きっかけにしろ症状きっかけにしろ、今議論している甲状腺がんのようなものは、見つかったケースはひとまず、発見あるいは発覚とでもしておいて、罹患を用いるのを控える、という事を心がけています。
罹患は定義上発生の一種ですから、きちんと指標を揃えて評価するのが重要です。ある基準点を決めて、1年でこのくらい発生(罹患)した、というように把握するのがポイントな訳です。
対して、発見発覚は、いつ発生したかを問わない概念です。極端な話、20年前に罹っ(生物学的に発生し)た病気で症状が出ていないものを検診で見つけた、というような場合にも適用出来る*4
このようにしておけば、たとえば、発覚数は確かに増えているが、それは発生数の増加を反映したものなのか判らないというように議論を整理する事も可能です。

これらの所を押さえておくのが、引用書にある、症状の出にくい疾患,慢性的で徐々に進行し,正常と異常(有病)との境界(罹患)が不明瞭または連続的な疾患の罹患の測定,罹患の定義には細心の注意が必要であるのを意識する事なのです。

*1:もちろん、より正確に言えば、ある程度の時間的な幅を持つ

*2:他には、別の検査のついでに、などがきっかけで見つかる場合などがある

*3:流行が起こっており、緊急に何らかの対策が必要な状態を、アウトブレイクと言う

*4:敢えて発生の概念を用いれば、発見(発覚)というイベント発生した、とも言えるが、却って議論が複雑になる