【メモ】新型コロナウイルス感染症へのRT-PCR検査議論の厄介な所

本記事は、前の記事で書いたような話の理解を前提しています。各指標等の意味を把握した上で、もう少し踏み込んだ所を考えて行きます。

真の状態とは

前の記事で、誤陽性・誤陰性は、真の状態保有か非保有かによって決まる、と書きました。では、真の状態とは何でしょう。

医学の分野では、ある病気に罹っているかどうかを調べる、という目的での検査が多いでしょう。要するに、病気を持っているか判らないから検査する訳です。なのに、真の状態と比較して、陽性・陰性の判定が正しいか評価する事をしている訳です。

参照基準

実際にどうしているかと言うと、基準になる検査を使います。つまり、この検査で陽性になるといった事(分野によって、他の所見等を併せて総合的に判定する)を、真の状態が保有であると看做す訳です。

この基準の事を、ゴールドスタンダード参照基準(リファレンススタンダード)と言います。これらは同じ意味で使われる場合も、別の意味を持たされる(ゴールドスタンダードのほうが、より強い基準のように見られる)事もあります。いずれにしても、この基準が、

  • 真の状態を保有とする基準
  • 他の検査の性能を測る基準

のように用いられます。

新型コロナウイルス感染症の参照基準

参照基準なので、これが陽性なら診断確定するという検査です。新型コロナウイルス感染症では、

  • 抗原検査
  • RT-PCR法による検査

がそれです。

www.mhlw.go.jp

確定診断であるので、それに必要とされる性能は、

特異度が高い

という性能です。特異度は、保有者を陽性としない性能ですから、それによって陽性であれば、保有であると確定します。この、特異度が高い検査によって陽性であれば診断確定する事を、診断学等では、

SpPin

と表現します。

  • Sp:Specificity
  • P:Positive
  • in:Rule in

参照基準の性能

前節で、あれっ、と思ったかたがあるはずです。RT-PCRは参照基準なのに、参照基準は特異度が高いと言っている。じゃあ参照基準の性能をどう測るかという問題が出てきます。

既に性能の良い検査があるのなら、それを参照基準にして性能を図って新しい参照基準にすれば良い(抗原検査の性能をRT-PCR法の結果と比較するなど)。じゃあ、そこで参照基準とされている検査の性能はどう測る……と。

これは、分野の具体的な知識などを総合的に検討して決められるのでしょう。病気をどう定義するか、病気はどういう種類か(がんか、感染症か、等)。これは、病気があるとはどのような事かといった、生物学や言語学や哲学的も絡んでくるであろう深い問題ですので、深く立ち入りません(立ち入れません)。

そもそも、検査によって何の有無を知りたいのでしょう。単に病原体が身体にあるという状態でしょうか。生物学的に言う感染の状態でしょうか。あるいは、他に感染させる能力を保持している状態に限定しますか。
こういう複雑な事情もあるので、私は、罹患や感染では無く、より一般的な保有なる語を使っています。

ひとまずは、参照基準での結果を(文字通りの)基準として、保有・非保有を確定する、という所を押さえておきます。

通常の検査

通常は検査として、

  • スクリーニング
  • 精密検査

のような多段階のプロセスを経ます。これは、

  • スクリーニングで、保有者をなるべく拾い上げる
  • 精密検査で、非保有者を篩い落とす

という流れです。だから、検査の性能として求められるのは、

  • スクリーニング:感度が高い
  • 精密検査:特異度が高い

このようです。まず、感度が高い検査にて陽性になった人を、保有者候補として拾って、精密検査にて、陰性者を非保有者として篩う訳です。

RT-PCR検査の使われかた

前節で説明したような多段階プロセスは、がん検診などが典型です。複数の検査をして、続けて陽性になった場合、診断確定とする訳です(がん検診の場合、3段階あったりします)。これを、連続検査と言います。

ここで、新型コロナウイルス感染症に対するRT-PCR検査の使われかたを見ると、

  • 確定診断
  • 退院時の除外診断
  • スクリーニング的な検査

など、複数用途で使われています。

RT-PCR検査は、特異度の高い検査なので、一般には、確定診断に適した検査です。けれども、上記のように、色々の局面で用いられます。当該検査は、感度が相対的に高く無い(特異度が高いようには高く無い、という話ですよ)、臨床経過により感度が変動する、というものですから、それを退院時の除外診断に用いるというのは、実際的にはあまり適さないもののはずです。

連続陰性が確認されて退院(そのインターバル等、基準は変更されます)した後で、再度陽性になる場合があります。これは、感度が高く無い事も理由でしょう。もし保有者を陰性としたく無いのなら、感度の高い検査を用いる、というやりかたもあるはずで、その意味では、色々の局面でRT-PCR検査を使っている情況というのは、特殊です。

退院後に再度陽性になった場合、そこで拾っているものは、果たして拾うべきものなのかという議論もあります。つまり、感染性を持たない病原体を拾っているのではないか、という話。先に書いた、何をもって、真の知りたい状態(保有)とするのか、という問題と絡んできます。

www.bloomberg.co.jp

問題の一部を切り取って安全側に考えたら、感染性があろうが無かろうが、病原体を有しているのであれば、それを拾って入院を継続させるほうが良い、とも言えるかも知れませんが、実際問題としては、資源は有限であるし、入院させるのは、行動を制限させる事が伴う訳なので、その辺りも総合的に検討すべきでしょう。

少なくとも現状では、新型コロナウイルス感染症については、連続検査をおこなう事は、一般的な手続きにはなっていません。なされるのは、渡航歴や接触歴、臨床症状を検討して検査対象を絞るという事で、これは、保有割合を高める方向のアプローチです。追記:連続検査も、一次検査、すなわちスクリーニングで保有割合を高めて新しい人口を作る、という事をするので、その意味では同様の操作です。

内村選手の場合

報道によれば、内村選手は、最初に陽性が出た後、経過観察してから再度検査をする、という予定だったようです。

news.goo.ne.jp

しかし、予定を急遽繰り上げて、3箇所で検査をおこなったそうです。これは、かなり特殊な事例ではないかと思います。無症状なので、経過観察してから陰性確認で非保有認定をする、というのは、退院基準に準ずるやりかたなのでしょう。もし、これが予定通りおこなわれたのであれば、保有者が保有者で無くなったと看做される、つまり、最初の陽性は正陽性と評価されていた事でしょう。と言うか、RT-PCRは本来確定診断に用いられるのですから、陽性になった時点で保有者認定するのが、手続き上は当然な訳で、内村選手の事例が珍しい訳です。

なぜ予定が繰り上げられたか、情報が無いのでよく解りませんが、RT-PCR検査で陽性が出た次の日に3箇所で検査する、というのは、最初の陽性を確定と看做さない判断です。この解釈は簡単では無いです。実質的に、複数回同時検査をおこなって総合判断する訳です。じゃあ、後でおこなった3回の検査がどのようであれば、保有者認定をしたでしょうか。

誤陽性は多いのか

もし、内村選手の陽性が誤陽性だとして(これは仮定です。つまり、現場の専門家の判断は妥当であった、との仮定)、それから、誤陽性は結構あるのだ的な評価は出来ません。それが起こりやすいかどうかは、集団を調べて統計的に検討すべき問題です。これは、いわゆる著名人の感染が発表された時に、実は相当広まっているのだと考えるのと一緒です。現在の知見を鑑みるならむしろ、内村選手は稀な事例であったと考えるほうが自然でしょう。

今回の報道をもって、RT-PCR検査への疑義を表明する人も見られますが、検査をおこなう事の意義は、それによってどのような結果をもたらしたいか、という事と性能とを総合的に勘案して考える事であって、誤判定事例が認められたからといって、その結果のみをもって云々すべきではありません。

内村選手の誤陽性の原因

現在の所、不明。これが、周りにも陽性例があれば、コンタミネーションなどの原因が推測しやすいでしょうが、今はそういう情報はありません。

これまでのコンタミネーションの例を見ると、複数検体が同時に汚染されるようなので、それを念頭に置くほうが良いでしょう。

他に、伝え間違いの可能性。これは、情報伝達時のヒューマンエラーなので、1例の発生も合理的に説明出来るのやも知れませんが、手順や履歴を洗い出せば判明するものでもあるでしょう。これも、情報不足です。

もし正陽性であったとしたら

これはこれで、検討が厄介。

まず、内村選手が保有者であれば、他に陽性になる人が出てもおかしく無いはずです。それが無いのが重要なのでしょう(それも誤陽性と判定した理由の一つでしょう)。つまり、保有者であるとしても非保有者であるとしても、説明しやすくは無いと思われます。なにしろ情報不足なので、現時点で外部の人が、その判定が妥当かどうかを云々しても、しかたの無い所があります。

誤陽性の原因と保有割合

診断学的には一般に、保有割合が下がれば誤陽性は増えるという関係があります。ただこれは、特異度を固定して保有割合をそのまま下げれば、という数量関係を示すに過ぎません。

もし、当該検査で誤陽性が起きる主因として、他の陽性検体とのコンタミネーションがあると考えるならば、

保有割合がある程度高く無いと、誤陽性も起こらない

という関係を見出す事が出来ます。つまり、主に他の保有者の検体が混じって誤陽性が発生するのだから、そもそも保有者の割合が高くなっていなければ、誤陽性が起こる可能性自体が上がらなくなる、という情況。

実績としての特異度の高さは、全数調査をしている地域の結果や、陽性総数を検討する事によって、いくらか推察出来ます。出力のみを見れば、それはとんでも無く高いと考えられます。そこは押さえておくべきですね。これは、もし誤陽性が結構起こるなら、陽性総数は遥かに多くなるのではないか(多くなっていてしかるべきではないか)という推論にも繋がります。