《偽陽性》などの言葉について
体操の内村航平選手が先日、新型コロナウイルス感染症に対する検査を受けて陽性になりましたが、昨日、結局は偽陽性であった旨の発表がなされました。
この報道を受け、偽陽性なる語が、いくらか話題になっています。その中で、偽陽性の意味合いがきちんと理解されていない場合もあるように見受けられますので、簡単に説明をします。
❓偽陽性って聞いた事無い。最近作られた言葉なのでは
違います。偽陽性(false positive)は、古くから、検査に関する議論の文脈で用いられてきたものです。
たとえば、古い文献を探すと、1928年に既に用例が見られます↓
斯る強き偽陽性反應を呈した血清
ただ、同じ語でも微妙に意味合いが変化していく事もあるので、なるべくはっきりと現代的な意味で用いられているもので探してみます。それでも、1950年代の用例があります↓
しかし胃癌細胞診には非癌例を癌陽性と診断する可能性が常につきまとっている。即ち湯川は非癌256例中36%,黒川・斎藤は181例中7.7%の偽陽性率を拳げている。
↑偽陽性の意味として、非癌例を癌陽性と診断する
と書かれています。
❓偽陽性なのだから、それは結局陰性なのでは
違います。陽性・陰性 の評価は、病気(←病気への検査の文脈)を持っているであろう・いないであろうと判定するものであって、真の状態として病気を持っている・いない事を表す語では無いからです。
偽陽性は、ほんとうは病気を持っていないのに陽性反応が出た結果なので、それは陽性です。少なくとも現代の用法では、偽陽性の偽は陽性にかかっているのではありません。それで表されているのは、着目している特徴を持っていないのにのような意味合いです。
テキストによっては、上に書いた真の状態をも併せて陽性・陰性と書かれる事があり、これは極めて紛らわしく、議論に混乱をもたらすものなので、そのような表現をすべきではありません。それを許容すると、偽陽性は、陽性かつ陰性と表現出来てしまい、語形を考えても整合的でありません。
先述のように、偽は陽性(または陰性)にかかっているのではありませんから、とても解りにくい語形です。したがって私は、偽の代わりに誤をつけて、誤陽性・誤陰性を用いています(以下、本文中でこちらを使う場合があります)。
❓偽陽性の出る原因は
調べたい特徴や検査方法・手順によります。医学の文脈だと、画像検査や生検などがあり、それぞれで誤陽性の出現する原因は異なってきます。
新型コロナウイルス感染症に対する検査で誤陽性が判明した例としては、
- (容器や器具の汚染により)他の検体などが混じる
- 検査結果の取り違え
などがあります。下記リンクは事例。
理論的には他に、検体の取り違えなども考えられます。
人間が作業する以上、プロセスの各局面において、エラーが混入する可能性が生じます。その誤りを制御して、検査トータルの性能を向上、維持する事を、検査の精度管理と言います。ただし、精度だと、統計学などで狭義の専門用語もありますので、私は、品質管理や性能管理などの語を使っています(質管理と表現する文献もあります)。
❓他に用いられている分野は
色々な分野で用いられますが、たとえば、指紋認証等の生体認証(バイオメトリクス)があります。
生体認証では、当然の事として、
- 他人を受け容れてはならない
- 本人を拒否してはならない
上記の性能が求められます。そして、認証を通す事を陽性とすると(検査とは、陽性に対する受け取りかたが違う事に注意)、
- 他人(非保有)なのに認証を通す(陽性)
事が偽陽性に当たります。分野特有の用語としては、他人受け入れ(false acceptance)なる語も用いられます(誤陰性に対応するのは、本人拒否(false rejection))。
❓陽性判定について
前節で括弧書きしているように、陽性判定が好ましいかそうで無いかは、研究対象や分野、文脈によります。たとえば、がん検診を受ける人にとっては、陽性(がんがあるだろうとする判定)で無いほうが良いでしょう。けれど、検査で見つけるという性能に着目すれば、見つけたいものを陽性とするのは、望ましいものです。また、統計学を勉強していて、統計のテキスト上で、二項分布のパラメータである成功(数)を陽性(数)と表現しているテキストを見た事のあるかたもいるでしょう。あるいは、いわゆる第一種の過誤を偽陽性率(誤陽性割合)に対応させている文献を見た場合も、あるやも知れません。
💻ツール
誤陽性等の指標について、視覚的に把握出来るように作成したツールがあるので、紹介しておきます。
指標の説明と、実際に数値を当てはめたシミュレーションが出来ます。
📝参考文献・資料
- 作者:Leon Gordis
- 発売日: 2010/06/01
- メディア: 単行本
アドバンスト分析疫学 369の図表で読み解く疫学的推論の論理と数理
- 発売日: 2020/04/15
- メディア: 単行本