がん検診に関する細野豪志氏の不正確な発言について
衆議院議員の細野豪志氏が、福島における甲状腺がん検診の問題に絡めて、次のような発言をおこないました。
現在、福島以外では(国際的にも)甲状腺検査は推奨させていません。過剰診断、過剰治療によって本来は必要のない手術をする人が出てくる可能性があるからです。私が国会で甲状腺検査の問題を取り上げ続けているのは、そのことを懸念するからです。
— 細野豪志 (@hosono_54) 2022年2月5日
現在、福島以外では(国際的にも)甲状腺検査は推奨させていません。過剰診断、過剰治療によって本来は必要のない手術をする人が出てくる可能性があるからです。
ここで細野氏は、甲状腺がん検診が世界的に見ても推奨されていない理由として、過剰診断、過剰治療によって本来は必要のない手術をする人が出てくる可能性があるから
と説明しています。しかしこれは、全く不正確な説明のしかたです。※細かいが重要な事、を言うと、推奨されていないのは検査では無く検診です
過剰診断とは、
それによって症状が出たり死亡したりしない疾病を発見する(その疾病と診断する)
のを意味しますが、これは、甲状腺がん検診のみならず、他の検診、たとえば乳がん検診や大腸がん検診、肺がん検診でも起こる可能性が指摘されています。※ただし、研究の盛んな程度は検診による
しかるに、それら検診は、集団への実施が推奨されているものです。つまり、細野氏のような定性的な表現を用い、
過剰診断が起こる可能性があるから推奨されない
と主張する事は出来ません。では何故、がん検診が推奨される(推奨される検診がある)かと言うと、
集団的に見て、有効性が害を上回るから
です。ここで有効性とは、死亡するまでの期間を延ばしたり(結果的に、集団におけるその病気での死亡割合が減る)、処置によってQOLの下がる程度を抑える、などの効果を指します。害は、過剰診断や、病気が無いのに誤って陽性と判定される事に伴う心理的な負担等が含まれます。集団を調べてそれらを比較する事によって、有効性が上回るのが判れば、その検診は推奨されるに至る訳です。※有効性と害をどのように量的に比較するかは難しい所です
集団検診(これを対策型検診と言う)が推奨されている乳がん検診では、発見されたものの内、数十パーセントが過剰診断という推定もあります。過剰診断の推定は難しく、研究による幅が大きいため、必ずしもはっきりとは言えないものですが、見つかった内の何割かがそうである、と考えると、けっこう大きく感ぜられるでしょう。この議論では、それでも検診が推奨されるのが重要です。
ここまでをまとめると、
- がん検診は、集団的観点から、有効性が害を上回る場合に推奨される
- 推奨されている検診でも、数十パーセントで過剰診断が発生すると推定されているものもある
- 過剰診断の可能性がある事をもって、その検診が推奨されないとはならない
上記のようになります。細野氏は、これらの観点を考慮せずに、雑な立論でもって甲状腺がん検診についての主張をおこなっています。過剰診断が起こる可能性のある事は、検診による害を評価する知見の一部ではあっても、検診の推奨を判断する決定的要因とはなりません。細野氏の主張は、がん検診の議論に関する、ずれたメッセージの発信です。
参考文献:
↑がん検診に関する用語集。過剰診断(overdiagnosis)
の項は参照に注意。致死的とはならないがん
としか書かれていないが、過剰診断は、症状が出ない疾病の発見も含むから。症状が出るが致死的で無い疾病も考えられる。
↑(前立腺がん検診以外)対策型検診が推奨される検診のガイドライン。そこに収録されているエビデンスレポートによって、証拠が評価される。
www.uspreventiveservicestaskforce.org
↑USPSTFによる甲状腺がん検診の検討。Estimate of Magnitude of Net Benefit
より引用。
The USPSTF found inadequate direct evidence on the benefits of screening but determined that the magnitude of the overall benefits of screening and treatment can be bounded as no greater than small, given the relative rarity of thyroid cancer, the apparent lack of difference in outcomes between treatment and surveillance (for the most common tumor types), and observational evidence showing no change in mortality over time after introduction of a mass screening program. Similarly, the USPSTF found inadequate direct evidence on the harms of screening but determined that the magnitude of the overall harms of screening and treatment can be bounded as at least moderate, given adequate evidence of harms of treatment and indirect evidence that overdiagnosis and overtreatment are likely to be substantial with population-based screening. Therefore, the USPSTF determined with moderate certainty that the net benefit of screening for thyroid cancer is negative.
↑乳がん検診における過剰診断割合推定の検討。研究デザインによる評価の幅が大きく、推定の難しい事がうかがえる。