鈴木眞一氏は誤診の意味で《過剰診断》を使っていない

過剰診断の語について、2021年の『日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌』において、その用法を問う特別寄稿が病理方面の専門家から出された事が以前話題になりました。

www.jstage.jst.go.jp

その寄稿で提言されたのは、次のような内容です(私が以前書いた後述の記事より採録)。

  • 病理医は過剰診断を誤診の意味で用いてきた
  • その定義にしたがい、病理診断コンセンサス会議のメンバーは、過剰診断と過剰治療の症例は無かったと報告した
  • 福島における検診を過剰診断と指摘する主張がある
  • その主張は疫学的な意味における過剰診断を強調するものである
  • 病理医の立場から、これを過剰診断と呼ぶのは不適切であり、過剰検査と呼ぶべきである

つまり、病理医が以前よりおこなってきた、過剰診断は誤診の意味として用いるのを踏襲し、いま疫学方面で用いているような概念については、過剰診断では無く過剰検査等の語を充てるべきだ、という事です。

この寄稿については、twitterなどで話題になり、色々の意見が寄せられました。病理方面の人が過剰診断と言った場合は誤診を指していたのだ、と断じてこれまでの主張を解釈し直すものや、そう提言していてもやはり多義的に用いているとしか思えない、といった意見などです。一例として、内科医の名取宏氏の検討を挙げておきます。

natrom.hatenablog.com

このような経緯があったのですが、最近、同じ雑誌で震災後10年を経た福島での甲状腺検査についてなる特集が組まれ、その中で、件の寄稿の著者の1人でもある鈴木眞一氏の論考が掲載されました。その題は福島での超音波検査の立ち上げについてというものです。

www.jstage.jst.go.jp

鈴木氏は寄稿の著者の1人であり、当然その内容、つまり、過剰診断は誤診の意味で用いるべきであるとの提言に賛同していると考えられます。しかるに鈴木氏は、いま挙げた最新の論考において、

誤診の意味で過剰診断を使っていない

事が認められます。抄録から引用します。

本検診としては第一に誤診を避ける精度管理と過剰診断を抑制する基準の遵守さらに受診者への配慮と保護者への十分な説明を心がけて実施した。

はっきり、誤診を避ける精度管理と過剰診断を抑制する基準の遵守と書かれています。つまり、

誤診と過剰診断を分けて表現している

のです。誤診の意味で過剰診断を用いるのなら、敢えて誤診と表現して過剰診断と分ける必要は、どこにもありません。また、5)検診方法のセクションには、

検診での甲状腺超音波検査の導入にあたり,第一に誤診を避ける精度管理,そして過剰診断を制御する精査基準の設定が重要と考えた。

と書いてあります。第一に誤診を避ける精度管理,そして過剰診断を制御する精査基準の設定が重要と書いてあり、やはり誤診と過剰診断を使い分けています。

ここだけ見ると、単に表記のぶれのようなものかも知れない、過剰診断を誤診の意味(病理医が過小診断と呼んできたほうで無い誤診に限定)で使っているのだろう、と言われるかも知れません。では、もう一箇所引用します。

過剰診断に最も関係のある生涯無害なラテント癌の発見を防ぐことができると判断した。

↑このように書いてあります。過剰診断に最も関係のある生涯無害なラテント癌とあります。これは明らかに、疫学で用いられる過剰診断、つまり

症状や死亡の原因にならない疾病を発見する

この意味合いを指しているのは明らかです。もし過剰診断を誤診の意味で使っているのだとしたら、置換しても意味は通るはずですが、実際にやってみると、

誤診に最も関係のある生涯無害なラテント癌

こうなります。生涯無害なラテント癌なのだから、誤診の話であるとすると意味が通りません。がんを見つける事を誤診と表現出来るとでもしなければ整合的な解釈は不能ですが、もちろんそんなはずはありません。

つまり、寄稿の著者の1人であり、福島の甲状腺がん検診に深く関わった立場である鈴木氏は、自身が著者として名を連ねている提言に整合しない用法を自らおこなっている、という訳です。

当該寄稿に対しては、私が以前、詳細に内容を検討し、寄稿の著者らが疫学上の議論を全く踏まえず、的を外した提言をしているのを指摘しました。

interdisciplinary.hateblo.jp

ここでは、鈴木氏の別の論考も検討し、鈴木氏が誤診以外の用法で過剰診断を使っている、という多義性を批判しましたが*1、今回採り上げた最新の論考でも、同じような使いかたをしているのが明らかになった、と言えるでしょう。それどころか、1文中に誤診と過剰診断の両方の語が出てくるという意味で、よりはっきりとした、と評する事が出来ます。

ちなみに、寄稿の別の著者である坂本氏も、新しいほうの特集でも、寄稿と同様の論考を提出しています。

www.jstage.jst.go.jp

診断の詳細を説明している所(これは説明として参考になります)以外の、過剰診断の用語に関する内容は、寄稿とだいたい同じです。

これは“病理診断に誤診がある”という意味にとらえられかねない表現であり,われわれ病理診断に携わる病理医,細胞診専門医にとっては憂慮すべき事態である。診断と検査の違いについての認識不足による用語と思われる。
たとえば過剰検査(overexamination, overtesting)など別な用語を用いることを希望したい

↑相変わらずこのような主張がおこなわれていますが、私が詳細に検討したように、全く疫学の議論を無視した的外れの提言のままである、と言えます。既にoverdiagnosisの語は広く専門的に用いられています。じゃあこれをどのように訳し日本語の用語を充てるべきなのでしょう。英語の用語自体を変更すべきと言うのですか? また、overtestingは既に別の概念に充てられた語です。そういう事情を全く無視し、過剰診断を病理診断における誤診の1つとして用いてきた立場の方がその使用の歴史は長い。と、ただ用法の古さを誇って持説の正当化を図っているに過ぎません。現状で広く使われているスタンダードの用法を無視するこのような姿勢は到底、科学的であるとは言えません。また、寄稿の著者の1人である鈴木氏が誤診の意味で過剰診断を使っていないのは、ここで明らかにした通りです。その事はいったいどのように説明するのでしょう。まずそこの整合性を問うべきではないでしょうか。

*1:私は、余剰発見の意味でのみ用いていると解釈しても矛盾は生じないと考えています。もしそうであれば、多義的ですら無い訳です