価値づけとコミュニケーションと検診

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痛ましい話です。

医療介入は本質的にくじ引きと同質の構造を持ちます。また、結果への価値づけは人それぞれですので、あちらを選んでいれば助かったのに、と外部が軽々しく言うものでもありません。誰しも、診断結果を見せられその後の処置の提案をされた場合、頭の中で直観的に既有の知識によって決定木を構成し、それぞれの結果に至る確率や結果の効用を見積もって、意思決定に繋げます。死ぬよりも子宮摘出や後遺症のほうがマシだろうなんてのは、外側からの勝手な価値づけです。進行してどうしようも無くなって後悔したとしてもです。

問題は、診断を受けた人が

好ましいと価値づけた流れの確率を不当に高く見積もらせる連中

の存在です。

死んだら一番ひどいのは判りきっています。死んだほうがマシだ、などの表現はあるにしても、死んだらその人間の存在は消え、死なない場合とは本質的に比較できません。それでも死にやすいほうを選択するのは、件の詐欺集団のような連中が、死なない確率が高くなると言葉巧みに誑かすからでしょう。標準的治療による死なないプロセスの結果、つまりこのケースでは子宮摘出やリンパ節切除などの侵襲ですが、その害の重み付けが高ければ、死なずに温存も出来るのを選びたいと思うのは、これは当然の話です。出産不能になる結果というものを、そう容易く受け止められはしないでしょう。

水を飲めば副作用も侵襲も無くがんを殲滅せしめる、というのは全く荒唐無稽ですが、それは当事者で無いから冷静に考えられるものでもあります。話をされ実際に水を購入した人びとも、それが荒唐無稽で無く実際にありそうだ、とすぐに得心した訳ではありますまい。セミナーでの説明や、講師によるいかにも親身になって思い遣っているかのような態度、あるいは成功事例などをかき集め、実は荒唐無稽で無く実際にある現象なのでは、とか、これはまだ知られていないがいずれ社会に普及して人類に貢献するのかも知れない、などの認知を強化していくのでしょう。あるいは、自分はいち早くこの画期的な方法にアクセス出来たのだ、との一種の優越感も働くのかも知れません。荒唐無稽な詐欺話が滅びないのは、荒唐無稽さを見破る知識の多寡と別に、傷ついた心情を巧みに操って誤魔化すテクニックを、詐欺師どもが有しているからでしょう。

普段に良好なコミュニケーションがとれている近親者などでもこじれてしまう、のはあるでしょう。この事例とは異なり、診断された人が冷静であるのに、周りが代替療法を勧めてくる場合もあります。

私の知り合いは、がんに自分の親族が罹患し、代替療法に手を付けてしまい、金をそれに割いて困っている、と言っていました。幸い、その親族のかたは標準療法を受け、現在も生活しておられますが、そこで、代替療法を受け、かつ標準療法を忌避すると、記事の事例のように最悪の帰結をもたらしてしまいます。自分が好ましいと思っている事、熱中しているものについて否定的に言われたら、相手がいかに親しい人であっても反発心が生ずる、というのは、何も病気の話で無くとも、趣味の領域でも起こる話です。

出来る事は、普段の生活の中で、いくらかでも、医療介入の有効性議論にまつわる情報を得ておき、来るべき時に備えるくらいしかありません。とは言えそれは肝腎のものです。別に、詳しい臨床試験のデータを把握すべき、といった大げさなものでは無くて、効果だけ大きく有害副作用の存在しない介入が存在し得ないであろうとか、ほんとうに効果絶大なら標準療法に取り入れられるであろうとか、そういう所です。可能であれば、臨床研究の仕組みを大まかにでも理解はしておきたいです。

もちろん、いかに備えておこうが、実際に診断を受けたらそれらは簡単に吹き飛ぶかも知れませんし、嘘を吹き込むのが誰なのかも関わるでしょう。好きな芸能人なりが言っていたら信ずる、なんてのは結構ある話です。そういうあらゆるものを相対化しメタに捉えて生活するのは、それ自体が疲れる生きかたなのかも知れません。私は別に疲れませんが、これは人によって違う部分です。

医療者とのコミュニケーションの話もあります。診断と説明をする時に、もう少し懇切丁寧に言っていれば留まったかも知れない、と考える事は出来ます。しかるに、医療はリソース抜きに語れません。どうしたって説明が行き届かない場合もあるでしょう。資源は無尽蔵ではありませんので、いくら医療者が親身になろうと考えていても、そこには限界があります。そのコミュニケーション不足による穴を、いかにも優しく埋めようと見せるのが、詐欺師の類なのでしょう。もちろん、騙す意図無く、主観的にはほんとうに親身になって、結果的に害をもたらす場合もあります。先述の、代替療法を勧める親しい人間のごとく、です。

ここからは実際的議論の話です。

記事の事例から得られる教訓は、

  • がん検診を受けよう
  • ワクチンを打とう

などではありません

一般論として、有効性の認められた予防(1次にしろ2次にしろ)を受けよう、との標語は正しいです。けれど、今回の事例から得られる教訓、という意味では妥当ではありません。と言うのは、この事例は子宮体がんであり、子宮頸がんでは無いからです。子宮頸がん予防のHPVワクチンは、子宮体がん予防とは違う話です。

がん検診は、ただ受ければ良いものでは無く、便益と害とのバランスを見て実施が検討されるものです。その観点から言うと、子宮体がん検診の有効性は確認されていません。つまりこれは、有効であるか不明であり、有効性を害が上回る(正味の害が生ずる)可能性を持つ訳です。だから、がんを早期に見つけるよう検診を受けておこう、とは、少なくとも現状ではなりません。言うとすれば、

気になる症状があれば受診し、適切な処置を受けよう

というものです。

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しかし、子宮体がんについては、現在、指針として定められている検診はありませんが、一部の自治体では子宮体部の細胞診による検診を行っているところもあります。気になる症状がある場合には、婦人科を早めに受診することをお勧めします。人間ドックなど任意で検診を受ける場合には、検診のメリットとデメリットを理解した上で受けましょう。 なお、検診は、症状がない健康な人を対象に行われるものです。がんの診断や治療が終わった後の検査は、ここでいう検診とは違います。

上記を見ると、指針として定められている検診はありませんと書かれています。これは、有効性が害を上回るのが確認されていないから、集団的に検診をおこなうのが推奨されていないとの意味です。集団対象の検診を対策型と言いますが、それが推奨されないのは、先にも書いたように、害が上回る可能性を有しているのを意味します。また、症状があれば早めに受診するのを促しています。更に、検診が症状がない健康な人を対象に行われるものである所に注意しています。

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子宮体がんは、検診対象疾患として有効性が証明されていません。そこで、子宮体がんは、子宮頸がん検診の際に不正出血などの症状がある方に精密検査を受けてもらい、早期発見に努めています。

上記にも、子宮体がんの有効性が示されていない旨、記載されています。そして、症状があれば検査をして発見する事が書かれています。ちなみに、卵巣がん検診についても記載がありますが、USPSTF(米国予防医療専門委員会)による、卵巣がん検診の推奨グレードは、

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Dです。これは、やらない事を推奨するとの意味です。つまり、有効性が判っていないというのでは無く、有効性が害を上回らない(あるいは害が有効性を上回る)であろうと評価されたのを表しています。このように、検診と一口に言っても、それはがんの種類によって異なるし、まだ有効性が判らないものもあれば、害のほうが大きいであろうと評価されているものもあり、ちゃんと個別で評価する必要があるのです。

がん治療の話にしろ検診の話にしろ、理解するのは厄介です。どちらも身近で日常的に接するものであるのに、そのプロセスや評価を理解するにはそれなりの資源を割く必要があるからです。いわゆるリテラシーなる語で、誤った情報に惑わされぬよう、知識とその上手な運用のしかたを身に着ける事が奨励されますが、がん検診の話など、それをきちんと理解するのは医療者でもむつかしいものです。そもそもハードルが高く、他人に対して偉そうに、これくらい知っておこうよ、と言えるような類の知識では無いのです。知らないほうが当然、知るのは困難、と考えるほうが現実に即しているとも言えます。やるとすれば、一緒に話して理解を深めましょう、と書くくらいですね。