武術をスポーツ心理学的に記述してみよう☆

やはり専門家をなめてはいけない訳で。
武術家のある程度の部分が考えているであろう、
「自身の身体(からだ)を見つめつつ練磨していく武術を科学的に解明出来るはずがない」
といった認識は的外れであったりする。

てことで、ここでは一つ、スポーツ心理学(領域的には、「体育心理学」「運動心理学」「スポーツ心理学」などの分野が関わる)の考えを援用して武術の専門概念を解釈してみようと思う。既に、剣における「遠山の目付」などはそれ自体が実証科学的な研究対象となっているので、それについても紹介してみよう。

※今回参考にした文献は、

  1. 培風館[刊] 中込四郎・山本裕二・伊藤豊彦[共著] 『スポーツ心理学』
  2. 大修館書店[刊] 日本スポーツ心理学会[編] 『最新 スポーツ心理学 その軌跡と展望』

本文中で丸括弧数字は、

  • (1):『スポーツ心理学』
  • (2):『最新 スポーツ心理学 その軌跡と展望』

よりの引用、「P」は引用元ページ数を示す。

○運動制御に関して
身体運動の制御についての理論的枠組としては、情報処理理論や生態学的アプローチ、そして力学系理論(ダイナミカル・システム・アプローチ)などの様々なものが出てきているようで。

▼フィードバック
情報処理理論の段階の一つに、内在的フィードバックってのがある。フィードバックは工学やサイバネティクスなどからきた概念だと思うけど、運動制御に関しては、

フィードバックには遂行者が自身の感覚フィードバックによって受ける固有(inherent)フィードバックと,遂行者以外から与えられる外的フィードバックによる付加的(augmented)フィードバックがある。
(1)P68

とのこと。で、その固有フィードバックには、内在フィードバック/外在フィードバックがあり、内在フィードバックは具体的には、

筋受容体,皮膚受容体,関節受容体の自己受容器からのフィードバック
(1)P69

という意味。対する外在フィードバックは、視覚・聴覚などの外受容器によるフィードバックである、という訳。これを合わせて「固有フィードバック」。
で、ここでは内在フィードバックに注目したい。
武術でよく言われるのは、視覚的な部分に囚われないで身体の「感じ」に意識を向けろ、というもの。齋藤孝氏なんかは「身体感覚」と言っているね。それは心理学的には、固有フィードバックの内の内在フィードバックと解釈出来る。要するに、筋紡錘やら皮膚表面の受容器への刺激によって呈される感覚についてのフィードバックってことですな。
武術ではこれらを「気」や「勁」の概念で表現する。それぞれで表す意味内容には絶妙な違いはあると思うけれども、内在フィードバックの具合を示す面はどちらも同様。興味深いのは、どちらでも「流れ」や「形状」について表現する所。気の流れ、とかね。高岡英夫氏は、「身体意識:体性感覚的意識(後で出るスポーツ心理学上の概念とは微妙に違う)」の側面として、

  • ストラクチャ
  • モビリティ
  • クオリティ

を挙げている。日本語にすると、形状・運動性・質 といった所。これは大変重要な分類で。由来は様々の体性感覚で、それを統合的に知覚・認知 している、と考えられる。臍下の一点に丹田がある(ストラクチャ)、とか、腕の中を水銀(クオリティ)が移動(モビリティ)するように ※この喩え、太気拳の本で見たと記憶しているが出典失念※ とか。クオリティの部分は、意念に関わるもので、それには「意味付け」の部分も大きいと言えるかも知れない。言語学的・記号論的 なね。
そこら辺を考えるならば、古来武術を洗練させてきた先人は、内在フィードバックの重要性に気づき、それに関する経験知を集積・体系化 してきた、と言えるだろう。で、スポーツ心理学では、生理学・心理学 なメカニズムとして概念化してきた。

ちなみに、付加的フィードバックは、適切に与えることにより、遂行者の動機づけを高めることが出来るらしい((2)P206)。詳細は割愛。学習科学の教科書などにも詳しく出てます。

▼制約
ある運動を学習させるために、敢えて一部の運動に制約を加えることで効率的に学習出来るようにする、という話。
((1)P76〜)では、競歩、およびテニスのストロークの例が出ている。
競歩の例(テニスの方は割愛)は、「動きの制約」。なんでも、重要だとされる腰の滑らかな動きを得ようとするために上体が揺動してしまい、それが腰の運動を阻害して、結果学習が効率良くいかない、ということがあるらしい。そこで、棒を使って肩の動きを制限する「肩動作制約法」((1)P76・77)を行うと、腰の動きに意識が向き、腰の運動の学習に効率的だという。

これは、黒田鉄山氏の伝承する型の体系などに関連すると考えられる。敢えて部分的に拘束を加えることによって、他の部分に意識を向けさせ、ある学習目的を達成させる、という構造。合気上げや呼吸法における、「手首の強い固定」もおそらく、制約による学習の効率を志向した面があると思われる。もちろん、由来は「敵に制された場合に脱出、反撃」するという合目的的なものであっただろうが、それとは別に、学習論的にも合理的であった、と推測出来る。つまり、肩周りに意識を向けさせ、全身連動運動を志向させるために、上肢の先端である手首を固定するという構造。「相手の手が動かない」という失敗は、外的フィードバックとして働くのだろう(動かない→上手く運動出来てない というフィードバック)。

▼熟達者 知識構造
対人競技においては、相手の動きを読み、球技ではボールのコース等を予測することが、非常に重要。その予測に関しては、知識構造が大きく関わっているらしい。熟達者(expertise)研究で明らかになってきたそうだ。
たとえば、

ラグビーのセットプレーにおいて実際にフィールドに相手ディフェンスを位置させた上で,その守備側の弱点および攻撃方法を口頭で回答させた場合に,明らかに技能水準が高い選手のほうが正しい判断をすることが報告されている(中川,1982)。さらに実際に身体運動を伴なう反応をさせた場合,アメリカンフットボール選手は,走路選択において熟達者ほど状況を分節化することができ,その状況が戦術的に構造化されているほうが,実際の走路選択という課題遂行成績が高いことが示されている(島・吉田,1998,2001)。
(1)P80

指摘されているのは、これらの知識が実際の運動と結びつくよう、つまり宣言的記憶から手続き記憶になるようにするのが重要、ということ。自分なりに解釈すると、まず専門的な競技の知識を得、それを様々な状況に応じて合目的的に構造化・分析、適用することが出来、更にそれが実際の運動遂行場面に結びつくようにした、それが熟達者なのだと言える。武術的に言えば、型を学び、それを色々の状況に応じて用いるようにする、ということだろう。 

▼熟達 視覚探索方略:観の目見の眼、遠山の目付
熟達者の、環境からの情報収集。
知識構造に基づく情報収集を、「視覚探索方略(visual search strategy)」と呼ぶ。
眼球運動の測定がなされているが、サッカーの熟達者研究などでは、注視箇所や時間については、色々な結果が出ているらしい。もしかしたらポジションなどで違いがあったりするのかも知れないけれど、原著にあたらないとよく分からない。

視覚系には、「中心視」と「周辺視」がある。その詳細については知覚心理学などの本を参照してもらうとして、要点は、

移動する物体の検出には周辺視がすぐれているため,中心視で注視していることが必ずしも動きの検出にはならないということである。
(1)P82

ここ。中心視の固定を「視支点(visual pivot)」と言う。
武術でも、視界をぼやけさせて対象を凝視しない、という教えがある。それを明確に概念化したものの一つが、「遠山の目付」。要するに、周辺視によって効率良く情報を得る、というのを経験的に勘付き重要概念として用語を作った訳ですな。
んで、それだけでは科学とは言えないので、実証研究。

((2)P167〜)で、剣道経験者を被験者にした研究が紹介されている。対象のカテゴリは(以下リストは(2)P167より)、

  • 範士八段の師範
  • 大学剣道部員の熟達者
  • 一般の大学生の比熟達者

これらの被験者の眼球運動を計測し、「視線配置の推移パターン」を調べたのがその研究。以下に図を引用((2)P168より引用)。※ケータイで撮ってブレていますがご容赦を

結果は、熟達者であるほど、相手の目から視線をはずさない、という結果。非熟達者は、図を見れば明らかな通り、視線があちこちにいっていて安定していない。
更には、師範の眼球運動は、頭部に対しての視線移動角度のバラツキが小さい、つまり、眼球を運動させているのではなく、頭部ごと、あるいは身体全体をもって目付を行っているのだという。師範のインタビューで、「臍下丹田で相手を見る」というのがあったそうだけど、これは大変面白い。臍下丹田は恥骨結合の辺りだから、そこを向けるというのはつまり、身体の「要」である腰を動かさねばならず、それは即ち全身運動を行っているのだと言える。
この研究結果から、師範は、周辺視によって相手の運動の情報を得ていたのだろうと考察されている。非熟達者では、色々な部分を中心視して情報を集めようとし、却って効率が悪くなっている訳だ。認知科学的にはこれは、自動車の運転の熟達などとも関係しているのだろうね。先程出した視支点を効率的に置くことは、ボクシングや空手の研究などでも見出されているそうな。視覚探索において統合的(synthetic)な熟達者と分析的(analytic)な非熟達者。他に、野球やサッカー、ゴルフにおける視覚探索方略の分析も紹介されているが割愛。

もちろん武術においては、目付にも色々な種類がある。それは多分、相手の運動の構造、得物の種類などに特化した目付を見出し概念化したものなのだろうね。だから秘伝として伝承されてきたのだと思われる。柳生流の「二星」とかね。

・・・と、今回はこの辺で。次回は、武術において超重要な概念となるであろう「身体意識」のお話。今回書いた内在フィードバックとも関連するでしょう。「ピノキオの鼻」実験もあるよっ。

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ふー。久々に力を入れて書いたエントリーだから疲れたぜw

今の所、ここを広く喧伝するつもりはないので、日頃お世話になってる皆さんにコールを飛ばして見て頂きませう。
id:complex_catさん
id:Asayさん
id:ch1248さん
ちょっとした贈り物ですw どうぞ見てやって下さい(ペコリ

スポーツ心理学―からだ・運動と心の接点 (心理学の世界 専門編)

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最新スポーツ心理学―その軌跡と展望

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