牽強付会の林衛氏――甲状腺がん検診のメリットデメリットをめぐって

では、ウェルチは実際どのように言っているか、それを、『過剰診断』から拾ってみましょう(P112・113より。強調は引用者)。

 これは、前立腺がんよりさらに分かりやすいストーリーといえる。前立腺がんでは、死亡率はやや上がり、それから少し下がった。前立腺がんスクリーニングは過剰診断を生んだが、死亡率の減少にもある程度は関係しているかも知れない。つまり、前立腺がんスクリーニングには、デメリットもあるが、潜在的なメリットもあるということだ。だが、甲状腺がんのスクリーニングにあるのはデメリットだけだ。過剰診断が多く、死亡率は変わらない。より多くの人が治療に回され、手術で甲状腺を取り除かれている。手術は害をもたらすこともある。首の反回神経を傷つけたり(声がかすれたり、飲み込みが悪くなったりする)、副甲状腺を傷つけたり(カルシウム代謝を妨げる)するかもしれない。さらに、甲状腺を除去すると甲状腺ホルモンを作れなくなるため、それを補うための薬を生涯にわたって飲みつづけなければならなくなる。  要するに、何のメリットもないのだ。

いかがですか?

林衛氏によればメリットとデメリットを比べようと主張しているというウェルチ、は、甲状腺がんのスクリーニングにあるのはデメリットだけと言っているのです。しかも、敢えて、有用さに乏しいと考えられる前立腺がんの検診を引き合いに出しながら、です。そして、要するに、何のメリットもないのだ。と念を押します。メリットとデメリットを比較しようという、一般的に妥当な態度を取っている論者が、何のメリットもないのであるとまで言っているのです。素直に読めば、害と便益を比較すべきだと主張する者が敢えて、何のメリットも無い、と言っているのだから、その意見には相当の重みがある、と考えるはずです。
それなのに、ウェルチの、一般論に関する部分のみを援用して論ずるというのは、牽強付会というものでしょう。しかも、近藤誠氏まで引き合いに出して、ですよ。NATROMさんは、近藤誠氏を批判しています(近藤誠医師の「がん放置療法」を斬る | WEB第三文明)。ひどい印象誘導です。

これが、科学ジャーナリストを標榜し、サイエンスコミュニケーションを強調する(林衛活動リスト)論者の姿勢です。