スクリーニング効果と過剰診断と検診の有用さ
用語と概念の整理
スクリーニング、つまり検診*1によって、症状が出現する前に病気を発見する事を、スクリーニング効果と呼ぶ場合があります。
将来、それが原因の症状が出たり、その病気で死亡しないにも拘らず、当該の病気であると診断する事を、過剰診断と言います。今は、症状が出る事を防ぎたいので、症状出現の前に病気を見つけたい、という場合を考えましょう。
これらはどちらも、症状が出る前にその病気であると診断する事という意味では、同じものです。ここは重要。そして違うのは、将来に症状が出るものかどうかである所。
ところで、スクリーニング効果というのは、効果がついているが故に、スクリーニングによって命が助かったとか、スクリーニングによって寿命が延びたという意味での効果とかぶってしまうので、文字通りの症状出現より早く見つけたという意味で、早期発見と表現した方が良い、と私は思います。
過剰診断と妥当診断
ここまでを踏まえると、まず、検診による、症状出現前の発見という意味での早期発見なるものがあり、それが、過剰診断とそうで無いもの、に分かれるという具合です。
ここで、文脈上過剰診断と対になる語が無いと、整理に不便なので、仮に、症状が出るはずのものを診断(発見)する事を、妥当診断とでも呼びましょうか。*2
すると、病気を持っている人に対する検診の結果は、以下のように分けられます。
- 早期発見
- 過剰診断
- 妥当診断
- 見逃し(誤診)
先にも書いたように、過剰診断と妥当診断は、早期発見という意味では同じです。違うのは、発見した病気が、症状が出るはずだったかどうか。
過剰治療と過剰診断
そこを押さえて考えると理解出来ると思いますが、検診による早期発見の後、治療して症状が出なかった場合には、その早期発見が、過剰診断か妥当診断か判らないのです。何故なら、治療してしまった以上、治療しなくても症状が出なかったかを確かめる事が出来ないからです。
ここで、将来に症状が出る前に他の原因で死ぬ人の病気を見つけ、それを治療した場合、その事を過剰治療と呼びます。しなくても良い治療をおこなったという事です。そうすると、過剰治療というのは、過剰診断を前提としたものである、と言えます(過剰診断は過剰治療の必要条件)。
次に、早期発見したが、医師の判断で経過観察を続け、積極的な治療は控えたとしましょう。その結果、発見した病気による症状は出ず、他の原因で亡くなったと想定します。
この場合は、過剰診断です。妥当診断ではありません。これは、治療をおこなわない事によって、過剰診断が判明するケースです。経過観察をして症状が出なかったから過剰診断では無かった、という事では無いのです。
そもそも発見されなければ、その病気に罹っていると気づく事も無く死亡するのですから、早期発見した時点で、それは過剰診断なのです。過剰治療の語も用いれば、過剰治療では無いが過剰診断であるとなります。
当然、検診の対象となるような病気は、命を脅かすもので、発見した場合は、より安全側に立って、手術なりの治療が選択される場合が一般的でしょう。見つけた病気がどのような経過を辿るかが精密には解らないので、発見したからには治療はしておく、というやり方になる訳です。死亡や重篤な症状を防ぐというメリットを重視し、過剰診断の可能性をある程度受容するという論理。
さらには、無治療の後、長期間観察して、他の原因で死亡した事が判らなければなりませんから、厳密に過剰診断が判明するというのは、レアケースであると言えます。
過剰診断の把握
ですから、治療した個別の例が、実際に過剰診断に基づく治療であったかは、同じ人が治療しなかった場合を観察出来ない以上、もう判らないのです。そういう事情があるので、過剰診断というのは、
複数の人を集めて、検診をするグループとしないグループとにクジ引きで分けて結果を比較する
という方法によって、どのくらいの割合で起こり得るのかを把握します。このような方法を、RCT:確率化統制試験(無作為化対照試験)と言います。それによって、検診したグループで発見された数と、検診しないグループで症状の出た数を比較するのです。
妥当と過剰の分かれ道
過剰診断は、症状が出ないものを早期発見する場合、妥当診断は、症状が出るものを早期発見する場合、でした。という事は、それを分ける事に関わる条件というのは、
- 罹る人の残りの寿命
- 罹った病気の症状が出るまでの期間
これらです。この両方が関係し合う事によって、早期発見が妥当か過剰かが決まります。
たとえば、若い人が、10年で症状の出るような病気に罹ったとすれば、それを見つけるのは妥当な可能性が高いでしょうが、同じ病気に、90歳の人が罹った場合にはどうでしょうか。90歳の人が100歳まで生きる可能性は低いので(他の原因で死亡する可能性が高い)、そういう病気を発見してしまうのは過剰診断となる可能性が高い、となります。
この、症状が出るまでの長さというのは、罹る病気にもよるし、いつ罹るかという条件自体がそれに関わってくる場合もあるでしょう。個別の人で色々なケースがあり(バラつく)、集団的に観察して、実態を把握する必要があります。
検診の有用さ
ここまで、早期発見、過剰診断、妥当診断、の話をしてきましたが、これは、検診が有用であるかどうかとは別の話である事を、把握しておきましょう。つまり、次のようです。
いま、症状が出るまでにそこまで時間がかからない、という病気を検診すると考えましょう。
症状が出るまでの期間がそれほど長く無いのですから、生きている内に症状が発現する場合が多い、と言えます。ですから、検診でその病気を上手く発見出来たとすれば、それは多くが、妥当診断である事になります。
しかし、もし、この病気の症状を抑えたり死亡を防いだりするような、有効な治療法がまだ確立していなかったとすればどうでしょう。
この場合、検診は有用で無いと言えます。つまり、もしも、症状が将来出るような病気を早期発見出来た(妥当診断)としても、治療法が無いのだから、早く見つけてもしょうが無いという事なのです。
これは、過剰診断であるかと、検診が有用かは別の問題である、というのを示しています。分けて考えるべき事柄なのです*3。
クリティカルポイント
また、別の場合として、症状が出てからでも間に合うケースもあります。
検診というのは、より早く見つけて治療する事によって、寿命を延ばしたりする事を目的としています。これには、見つけるのが早いほど良いという前提があります。
ところが、病気は必ずしも、症状が出る前に発見しなくてはならないとは限りません。症状が出てから受診して発見し、治療をおこなっても、その後の経過(予後)は変わらない、という場合があるのです。そのような、予後を左右するような時の事を、クリティカルポイント(臨界時点)と言います。がんであれば、治療成績を左右する、転移や浸潤が起こるような点です(実際には点では無いでしょうが、便宜上そのように表現するものと思われます)。つまり、クリティカルポイントが、発見が可能になってから症状が出るまでの期間に存在せず、症状が出た後に存在するのならば、症状が出現して治療しても間に合う、となります。
まとめると、検診の有用さというのは、
- 有効な治療法があるか:無ければ、早く見つけてもしょうが無い
- 検診による発見可能な時期が、ある程度長いか:短ければ、年単位でおこなうような検診では見つけられない
- クリティカルポイントが、発見可能後かつ症状出現前に存在するか:発見可能前にしか無ければ間に合わない。症状出現後にしか存在しなければ、症状出現後でも間に合う
これらの条件によって決まってくると考えられます。
議論を分ける事
過剰診断の議論を見ていると、過剰診断のある無しと、検診をするべきかどうかを、結び付けて話している人も見られます。曰く、過剰診断は少ない、従って、検診を広く継続的におこなうべきだ、のように。
しかるにこれは、別に考えられる事を、ごちゃ混ぜにしてしまっている主張です。何故なら、
- 過剰診断は少ない
- 検診は有用で無い
この2つは両立し得るのですから。要するに、
そもそも検診が有用で無いのなら、過剰診断があっても無くても検診を積極的におこなってはならない
という場合があり得るのです。ここをきちんと把握しておかないと、議論に齟齬をきたす場合があります。
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参考文献:
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